FLY OFF

karon

第1話 夏とレオン

「LAともお別れかぁ」

 私と麻美を乗せた飛行機が離陸し、麻美は名残惜し気に呟く。

 同僚で親友の麻美と10日間のLA滞在を終え、日本に帰る日がやってきた。

 人と人との縁を繋ぐ能力者である麻美に、ハリウッド俳優のレオン・ビィンガムと、ありえない不思議な出逢いをさせられ、彼に直接会うためにLAにやってきた。

 一方麻美は自分が能力者であることを、能力者であるマザーに会って確信するという目的で、LAに来ていた。


「いろいろあったけど、来て良かったね。」

「うん…。でもやっぱり観光もしたかったなぁ。買い物も前日にお土産買いに行っただけだもん。マザーに個人授業されて、頭ん中ぎゅうぎゅうだよ。」

 確かに麻美には楽しみの少ない旅だったかもしれない。

 私も前半は精神的にアップダウンが激しくきつかったけど、後半はそれなりに楽しんだ。

「素敵なドレスを買ってもらって、シンデレラ気分味わったじゃない?」

 少しでも麻美のテンションを上げようと、麻美が唯一楽しめたと思う事を言ったのだが、麻美から返ってきた言葉は突飛な宣言だった。

「私、結婚する!」

「えっ⁈」

「あのドレスを、たった一回着ただけでクローゼットの肥やしになんてできない!」

「はいはい、先に相手みつけなきゃね。」

「…。」麻美は意味深な顔つきで私をみる。

 どうやら麻美には彼氏がいたらしい。

「日本に着いたら直ぐに紹介するね。」と言ったきり、どんな人か教えてはくれなかった。

 それでも麻美を支えてくれる人が、いるとわかって嬉しかった。

 能力者の麻美が選んだ人だからきっと素晴らしい人なんだろう。どんな人か早く会ってみたい…。


「夏はまた直ぐにLAに戻るんでしょう。寂しくなるけど、頑張ってね。」

「部長ともちゃんと話してないし、正式な契約もしてないから、まだ数ヶ月先になると思う。」


 帰国する二日前、私はマザーから能力者の為の施設を造る仕事を依頼された。

 マザーは屋敷の図面を広げ、厩に近い場所を指差した。

「ここに施設を建設する予定よ。施設の中には、宿泊場、談話室、図書室、聖堂的な場所も造るわ。その為に設計士、建築家、画家、学者、いろんな人を集めておいたわ。夏にはその全ての指揮を執ってもらいたいの。

 もちろん夏が選んだ家具や敷物何でも揃えて貰って構わない。夏に全て一任するという事よ。まあ、その為には私達の事を勉強して理解してもらう事にはなるけど、あなたなら大丈夫よ。

 それで遅くとも来年の春ぐらいには着工したいから…。」

「ちょっと待って下さい。マザー。

 私はまだお引き受けするとは返事していません。」マザーは私が引き受けたも同然に、話を進めるものだから焦った。

「あら、どうして?」

「会社にも報告していませんし、私なんかよりもっと適任の人がいるはずです。たとえばジュリアとか?」

 そう、私なんかよりジュリアの方が適任だ。

 ジュリアの才能の前にでれば、私など素人同然。

「ああ、会社なら大丈夫。もう依頼を出してケイトが日本に帰ったら、契約する手筈はできてるわよ。

 それにジュリアには夏の片腕になってもらうわ。だけど…もう少し時間がかかるわね。」

「そんな、マザー強引すぎませんか?

 私は今初めて計画の詳しい内容を聞いたんですよ。」了解もなく事を進めるマザーに苛立った。

「夏、よく聞いてちょうだい。

 昨日も言ったように、能力者たちは必ずしも報われているとは言えないのよ。

 寧ろ此処に集まる人は、孤独な人の方が多いはず。

 麻美のように大人になるまで、普通に暮らしているのは稀なケースだわ。

 私達は此処に癒しの場を造るの。安心して自分を見つめ直したり、能力を磨いたり、コントロールする事を覚える。能力者にとって大切な場所になるのよ。」

 マザーの描く能力者の施設を造るのは、ただセンスや技術だけの問題じゃない。

 そんな大仕事を何故私に任せようとするの?

「夏、私はずっと自分が本当は何者なのかわからず不安だった。

 自分は他の人より観察力や感が鋭いだけなのか?それとも特殊なのか?

 その疑問は心に硬い塊を、抱えて生きているようなものだった。

 誰にも聞くことができなかったから。

 杏さんと出会って此処に導かれ、初めて疑問を口にすることができた。

 自分が知らなかったことを、マザーは教えてくれた。

 此処には私みたいな人が集まる場所なの。

 もう一人で悩まなくていいんだって、仲間がいるんだって、自分だけが特別じゃないと思える場所。

 それは夏にしか造れないよ。夏に造って欲しい。」麻美は私に懇願した。

「マザーはどうして私を選んだんですか?能力者の友人だからですか?」私は率直に聞いた。

「能力者の友人なら、私達の事を理解しやすいでしょうね。けれど夏を選んだ理由はそうじゃない。夏は本当に愛される事が身についているからよ。愛されることを知っている人は、他人を慈しみ思い遣ることができる。夏の手がけた仕事には、それがよく表れているわ。この施設は愛される場所でなくてはならないの。

 それは夏にしか造れない。」

 マザーの言ってくれた事は理解できた。

 けれど今まで大きな仕事の経験など積んでいない私には荷が重い。

 そんな気持ちを察するようにマザーが言う。

「大丈夫よ。ジュリアがしっかりサポートしてくれる。なにも怖がらなくていいのよ。

 夏はジュリアと組んで仕事してみたいでしょ?」

 ジュリアと…。それは確かに魅力的だ。ジュリアが応じてくれればの話だが…。

 私は少し考えさせて欲しいと告げ、マザーの屋敷をでた。

 不安を抱える私とは逆に、マザーは余裕の表情で私を見送った。


 ライアンの家に戻り、私はライアン達にマザーからの依頼について相談した。

 ジュリアのことは、まだ伏せておくようにマザーに言われていたので、私のことだけ話した。

 全員一致で依頼を受けるべきだと言う。

 特に彼(レオン)は、私がLAに住む事になると喜んだ。これは想定内の反応。

 ライアンとジュリアは、マザーから能力者について詳しく教えられ、マザーが私を選んだのなら間違いないと、マザーに対して全般の信頼を持っているようだった。

「とはいえ夏の不安もわからなくはないよ。」

 ライアンが私を慰めるように言った。

「そうね、夏には専門外の事もあるものね。だけど私で力になれる事も多いと思うわ。アドバイスが必要なら何でも相談してくれていいのよ。」ジュリアが前向きな言葉を言ってくれた事で、少し気持ちが揺らいだ。ジュリアと一緒に仕事が出来れば、私は何か自分に足りないものを得られ、いいスキルが身につくと思う。

「そうさ、ジュリアを頼ればいい。心強いだろ?」ライアンがジュリアの言葉に後押しする。

「それは凄く心強いし、嬉しい。けど…。」

「けど?なに?」

「今さっき聞いたばかりだから、まだ頭の中を整理出来ないの。もう少し考えたい。」

 本当ならここで、彼が何を考える必要があるんだ!とかなんとか言ってきそうなものなのに、何も言わなかったのが妙に引っかかった。


「サマー、ドライブにでも行かないか?」と彼が誘ってきた。

 夕食も済ませたし、夜のLAを楽しんでくるといいとライアン夫婦にも勧められ、気分転換にちょうどいいかもしれないと、ドライブに連れて行ってもらうことにした。

 出がけに「俺たちの大切なサマーに妙な気起こすなよ!」と彼はライアンにしっかり釘を刺された。


 どこへ行くとも告げず、彼は黙って運転していた。

 やがて車は丘を目指して登り始め、彼の家に行くのだろうかと思った。

 けれど彼は自分の家を通り過ぎ、さらに上を目指し、マザーの屋敷の外門をくぐり、マザーの邸に通じる道には入らず、奥へと進んだ。

 温室や使用人達の住まいを通り越し、さらに奥へと進む。

 そして何もない開けた草原のような場所に辿り着いた。車のヘッドライトに照らされて、右手の離れた場所に厩が見えた。

「さあ、着いた。降りてみよう。」

 車から降り緩やかな斜面を並んで歩く。しばらく行くと宝箱をひっくり返したように煌めくLAの街が、一望出来る場所にたどりついた。肌寒さを感じて両腕をクロスして肩を抱く私に、彼がコートを羽織らせ、そのまま後ろから腰に両腕を回した。

 何故か逃れられなかった。私に逃れる気がなかったから…。


「ナツ…。」


 彼が初めて私の名前を口にする。最初に教えた時は『ナッツ』としか発音できず、面倒だから『サマー』と呼ぶようになったのに。

 いきなりこんなシチュエーションで名前を呼ばれ胸が高鳴る。きっと彼の腕には私の鼓動が伝わっているはず。もう寒さも感じないぐらい熱い。

「ちゃんと名前が呼べるように練習したんだ。改めて名前を呼ぶと照れるもんだね。

 サマーという呼び方は、俺にとっては特別だ。

 世界中で君をサマーと呼ぶのは、俺だけだろ?」

「ええ。」

「けれど君に俺の事を、ライアンと呼ばれたくはない。

 もうライアンではないから…。

 呼び方が変わったからって、君への気持ちが変わるわけじゃない。

 だけど俺はそそっかしくて、人の気持ちも考えずに行動するクセがある。

 ナツとこうして出逢えたことで浮かれてた。きっとナツも俺と同じ気持ちだと、ナツの気持ちも確かめもせず先走り過ぎてたと思う。

 ナツは軽率な女じゃないし、俺もナツとそんな付き合いをしたいとは思っていない。

 俺には悪い噂もあるけど、ナツが見て感じたままの俺を受け入れて欲しいんだ。」

 彼の掠れた声が耳元で響いて、私の胸を苦しくさせる。

 いつまでも頑なに彼の気持ちを受け入れられずにいるくせに、彼にこうして側にいられることが心地いいと感じているからだ。

「わかってる。」とだけこたえた。

「ナツ、俺は役者としての才能がある。それは自分が認めたことじゃない。周りの人間や、世間が認めたことだ。

 高校を卒業して目的もないまま大学に行って、役者のオーディションがあったから、軽いバイト感覚で受けたんだ。

 もちろん見事に落とされたんだが、その時同じオーディションを受けてたライアンに声をかけられた。『俺がお前を一流の役者にしてやる』って。変な奴だろ?初対面で挨拶もなしでさ。でも暇つぶしにはなるかなぁって付き合ったんだ。ライアンは滅茶苦茶厳しかったけど、初めて踏み込んだ役者の世界が楽しかった。

 余談だけど、ライアンには才能を見抜く才能みたいなものがあって、ジュリアもその一人だよ。

 ジュリアに勉強させる為に、俺の家の内装やらせたりしてさ。俺は酷い目にあったけど…。」

 私たちは黒板みたいなテレビを思い出して笑った。

「そのうちラッキーにも映画の出演が決まって、ドラマとかもやって、気がついたらちょっとばかし有名になってた。

 そうしたら、いろんな人間が近づいてきたよ。

 名前を売りたいがために俺と付き合いたがる女や、遠い遠い親戚。挨拶しただけで親友になってる奴もいたな…。」そこで彼は苦笑した。

「もともと人付き合いが得意とは言えない俺は、余計に他人と距離をあけるようになった。寧ろどうでもよかったんだ。売名行為でも聞いた事もない親戚でも顔も覚えてない親友でもさ。なんとでも言ってろって感じだった。

 役者としての才能だって、現場に行けばスタッフが役に合うように髪型や衣装なんかで、それなりに作り上げてくれる。俺は台本を読んで脚本家と監督のイメージを掴んで演じているだけ。それが才能と言えるのかわからない。

 ただ器用なだけかもしれない。

 もしも、ここに君が俺の為に部屋を造ってくれるとしたら、どんな部屋を用意してくれるんだろう?」

 私は目を閉じ、彼のいる部屋をイメージした。

 そして彼がどんな人で、どんな思いでいるのかを感じていた。

「貴方に広い部屋は必要ないのね。小さな部屋に必要最低限の物だけ。小さな小窓。その窓から射す光は眩しいくらいで、外がよく見渡せる。ベットの色は…。そう黒に近い蒼。壁紙には温かみのある素材で無地のオフホワイト。」

 何もない真っ暗な草原にイメージした彼の部屋が、くっきりと浮かび上がる。

「ありがとうナツ。俺をわかってくれて。」

 彼がウエストに回した腕に力を入れ、私の肩に顔を埋める。

「ナツになら、マザーの仕事ができるよ。ちゃんとやれる。」

 私は黙って頷いた。


 彼はどれだけ私の予想を裏切っているか、わかっていないだろう。

 いつもは自分の都合ばかり言って私を困らせるのに、こんなにも容易く私の心を解してしまう。彼は私自身より私を理解してるのかもしれない。

「レオン、ありがとう。」私は初めて彼の名前を口にした。

「やっと名前呼んでくれた。」

 そう言って私の体の向きを変え、嬉しそうに瞳を輝かせた。

 見つめていると吸い込まれてしまいそうなほど美しい。目をそらせない。

 彼がさっきより力強く抱きしめる。

 鼓動が強く速くなる。今口を開けば心臓が飛び出してしまいそうだ。

「体が冷えてしまったね。戻ろう、ライアンたちも心配する。」

「ライアンとの約束守ってくれるの?」

 ああ、私ったらなんてこと口走って…。

「約束破って欲しい?」

 ひどく艶かしい視線が私に纏わり付いてくる。

「確かライアンは妙な気を起こすなって言っただけだ。早く帰らせろとは言ってない。」

 ああ、もう雰囲気に流されてしまった。

 何もこたえられずにいると、彼は優しく私の額に口づけ

「本当に風邪をひいてしまいそうだ。さあ戻ろう。」

 と、いつもの彼に戻る。

 私の手を繋ぎ車へと向かう彼の手を強く引き寄せ、唇に軽く短いキスをしてクスっと笑った。

 彼は一瞬目を瞬き驚きの表情を見せたが、直ぐにニタリと挑むように笑みを見せ抱き寄せようと手を伸ばす。

 その手をスルリとかわし、車に向かって一目散に逃げる。

「サマー俺からは逃げられないぞ!」

「そうかしら?」

 二人とも白い息を吐き、子供みたいにケラケラと笑い声をあげながら車まで走った。


 LAに来て、いや、彼とあの不思議な出逢いをしてから初めて心から笑っている。


 やっと探していた彼に逢えた気がした。

 彼に逢えて良かったと思えた。


 私が先に車にたどり着き振り返ると、彼がバンっと音を立て、私の肩ごしに車に手を着いく。

 二人とも息が上がりながらも、笑いが止まらなかった。

 彼はふいに真顔になり私に覆い被さるように、顔を近づけてくる。

 私はゆっくり瞼をとじかけた。


 ジャラッジャラッ…。


 とじかけた瞼を開けると、目の前に数本の鍵が付いたキーケースがぶら下げられていた。

 キョトンとする私に彼が言った。

「俺からは逃げられないって言っただろ?車の鍵は俺が持ってるんだから。」

「卑怯者。」

「じゃじゃ馬」

 またケラケラと笑った。


 そっと抱き寄せられて、それに応えるように腕をまわす。

「ずっと逢いたかった。」

「待たせてごめん。」

 彼は私をどれだけドキドキさせるのだろう?

 これから先も私をドキドキさせて、彼でいっぱいにしていくつもりだろうか?

 そんなのダメだ心臓がもたない!



「夏、夏…。」

 麻美に体を揺さぶられ目が覚めた。

「もう直ぐ着陸するよ。起きて。」

「うん。」

「夏、いい夢見てたんでしょう?」

 麻美は問いかけるようにニタリと笑う。

 もしかして麻美は他人の夢まで覗ける能力が身に付いたの?

 レオンとドライブした夜の夢を覗かれたなんて…、やだ恥ずかしい!

 顔がカッと熱くなる。

「夏ったら、本当に隠し事出来ないんだから。寝顔がにやけてたよ。」

「なんだぁ。もうビックリするじゃない。」

「感謝してよね。そんな幸せそうな寝顔出来るようになったんだから。」

 麻美はからかうようにクスクス笑った。

「別にレオンの夢見てたんちゃうよ。」

「夏は嘘つく時、関西弁になるんよね〜。私レオンのことやなんてうてないのに。」

「もう、からかわないでよ!さあ降りる準備しよう。」


 飛行機の窓から見慣れた大阪の街並みが見える。

 日本に帰って来たんだ。

 LAを飛び立つ時は名残惜しい気持ちもあったけれど、見慣れた日本の景色を見ると、やはりホッとする。

 たった10日間留守にしただけなのに、ひどく懐かしい。


『ただいまー。』

 心の中でつぶやいた。

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