窓を開けて 5
職員室に行くと、廊下に腕組みをした仮谷先生が立っていた。
「俺が蓬莱を呼び出した理由、分かるよな」
俺は小さく頷いた。仮谷先生は、1年A組の生徒たちが俺に何をさせようとしているのか感づいてしまったのだ。
「まさかガラスが割れているとはな。愛敬から一応状況は聞いている。俺が帰ってくるまで自習をさせろと言っておいた。それにもう少しすれば窓の補強をしに誰か来てくださるそうだから、向こうは心配いらない」
俺は唾を呑み込む。
「本題に入ろう。蓬莱、実際のところ、目星がついているのか?」
そう来たか。
「ええ。大体は」
「……そうか」
仮谷先生は、困惑したような表情を見せた。しかし、一瞬安堵の表情も見えた。
「聞きたいんですか?」
「犯人を捜して謝罪させるのは筋ではない。本来は自分から謝りに来てほしい。でもこっちとしても割ったのが誰かはあらかた見当がついている。だが、なかなか口を割らない。そこで、窓を割ったのは誰なのかは一生徒であるお前でも分かる、そう見せつけてほしい。客寄せパンダになってしまうっていうのは百も承知だが、話してくれるか?」
仮谷先生は教師だから犯人捜しをしたくないというのは分かっていた。きっと父さんも同じことを言うに違いない。しかし、事情が事情ということだろう。
「俺が研究部だからですか?」
「それもなくはない。でも、蓬莱を信用しているという方が大きいと思う。集会前安河内たちにあれだけ啖呵を切ることのできる正直者はなかなかいない」
頼りないとばかり思っていたが、案外人のことを見ているのかもしれない。
「どこで話しましょうか」
「悪いな。印刷室辺りはどうだ?」
仮谷先生はちらりと俺を見る。俺は軽く頷いた。
これまで担任と2人きりで話すこともなくは無かったが、額から汗が流れてきた。
印刷室の蛍光灯を点けると、仮谷先生は奥に手招きした。ここで話せということらしい。
「まず、犯人から言います。窓ガラスを割ったのは生活委員の野老さんか元吉君です」
仮谷先生は目を見開く。だがすぐに戻って「どうしてそう思った」と聞いた。
「教室でみんなで話していましたが、避難訓練から帰ってくるまで窓ガラスが割れたと気づかれないタイミングは避難訓練でみんなが避難した後です。しかし、窓ガラスが割れたとしても掃除をする時間もボール紙で補強する時間もありません」
「グラウンドに避難するまでにはほとんど時間がかからなかったからな」
「ということは、誰からも窓ガラスが割れたと気づかれないのは、全校集会の移動の後、みんなが散り散りになってしまった時くらいです」
仮谷先生は何も言わない。
「俺はみんながトイレに行ったのだと思いましたが、何人かは違った。そのうちの2人が野老さんを元吉君です。2人は体育館に着くなり一目散に列を抜けた。おかしいと思わなければならなかったんです。男女ペアが一緒にトイレに行くなんておかしいですから」
「じゃあ2人は何のために列を抜け出した?」
俺は仮谷先生を睨んだ。
「雑巾を取りに行くためです、避難訓練で使う。仮谷先生、『朝の会終了後、生活委員は岩井先生のところへ雑巾を取りに来ること』という連絡があったんですよね?」
「……ああ。忘れていた」
「元はと言えば、仮谷先生が朝の会での連絡を忘れていたからこうなったんですよ!」
朝の会の連絡をおざなりにし用意の時間すら与えてくれなかったから、2人は何もできなかった。移動の時に昇降口に敷かれた雑巾を見て、焦って雑巾を用意しに行ったのだろう。おそらく篤志や章は、朝の会で言われてすぐ取りに来れば忘れることは無いはずなのになぜできなかったのだろう、と思っていたはずだ。
「それで?」
「先生が何も連絡をしなかったから岩井先生から雑巾を受け取ることは知らない2人は、おそらく自分たちの雑巾を敷いておこうと考えたはずです。2人は雑巾を取りに行くためにA組に戻りました。そして、焦っていたせいもあってか開かない窓に力を入れすぎたせいか、窓ガラスが割れてしまいました」
「だから窓ガラスを割ったのは野老か元吉のどちらか、だと」
「はい」
「2人はすぐに戻ってきたぞ」
「貫地谷君たちが後始末をしたからです」
仮谷先生は顔をしかめた。
「貫地谷君、古滝さん、番場さんは野老さんと親ちゃ――元吉君が体育館から出ていくのを見て気付いたのでしょう。貫地谷君たちは2人の後を追った。そしてあの有り様を見た。そして、『片付けは自分たちがやっておくから雑巾を敷いて体育館に戻って』とでも言ったんじゃないですか」
「どうしてそこまでする?」
「野老さんと元吉君が片づけをすれば2人が体育館に戻るのが遅くなります。それだと2人が疑われてしまう。もしかしたら生活委員の責任だと思ったのかもしれません。とにかく、野老さんと元吉君を帰して、貫地谷君たち3人が片づけをした。だから3人は集会の途中で体育館に入ろうとした。それを引き留めたのが仮谷先生、ですよね」
「遅れてくれば理由くらい聞かなければならない。トイレに行っていたというのも不自然すぎるから知られたくないことでもあるのか、と聞いた。だが3人は何も言わなかった。でも彼らではないのか?」
「おそらく、代表の野老さんと元吉君しか避難訓練の前に雑巾を敷いておくことを知らなかったはずです。貫地谷君、古滝さん、番場さんが事前に聞いていたということもないと思います。雑巾をもらいに行くだけなら3人も行く必要はありません」
多分遅れて雑巾をもらいに行ったのは野老さんと元吉君だ。貫地谷君、古滝さん、番場さん、そして富樫は集会の後、俺たちと一緒に叱られていたから。
「富樫は全く無関係、ということか?」
「無関係だと思います。富樫は安河内たちとずっと一緒にいましたし」
「……だな。じゃああの5人には俺から謝る必要もあるってことか」
仮谷先生はそうつぶやいて出入り口の方に向かった。
「戻るぞ。来てくださった先生に迷惑が掛かる」
そう言って仮谷先生は扉を開けた。俺たちは教室に戻る。
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