投げ込み寺

大昔の話だが身寄りのない「遊女」が亡くなったり、行き倒れが出たりすると、寺に投げ込まれたことから「投げ込み寺」という寺があるということを先生がぽつんといった。

あれはたしかデビューから3か月後の事だった。

いつものように先生のおごりでウナギをごちそうになった後、タクシーで帰った時だ。私と座長と先生は方向が同じだからといって同じタクシーに乗った。

座長と先生は踊りについてこと細かく話し合っていたが、ふとタクシーが「吉原」を通りかかった時先生は手を合わせた。

「どうしたんですか?」と私は聞いた

「いやね。あそこには投げ込み寺があって、そこに祈っていたのさ」

「いつもの癖なんだよ。先生の」と座長が入ってきた。その時に先生から投げ込み寺について教えてもらった。

やがて私のアパートの前に着いた。

「それじゃあ、今日はごちそうさまでした。先生。踊りももっと練習してうまくなりますから。」

「ああ。がんばってね」と先生が言うとタクシーのドアが閉まる。


私がいなくなったタクシーの中で先生がぼそっといった。

「もういかんかもしれないな」

「大丈夫ですか?検査の結果は?」座長は心配そうだった。

「もう。手の施しようがない、そうだ」

「そんな、、、、」

「人間いつか死ぬ、それを嘆いても仕様のない事さ」

そういって先生は吉原の方を眺めていたと座長は言った。

タクシーが着いたのは大学病院だった。


先生はそれからしばらく姿を見せなかった。

もっとも先生は気まぐれだ。一週間に6日来る週もあれば、二か月に1日来る日もある。それを知っているから、だれも何とも言わない。

ただ少し「光がぼんやりとみえる」日がつづいた。


その電話は突然だった。

携帯をとると兄の大きな声が聞こえた。

「早紀、かあちゃんが倒れた。脳梗塞だそうだ。どうも、難しいらしい。一応脳梗塞の手術は終わったが、担当の先生からこっちの病院では難しいから東京の日の出大学病院に入院することになった。」

「じゃあ、かあちゃん、こっちくるの?」

「俺も行く。とりあえず、明日には母ちゃん連れていくから」

「うん」とはこたえてみたものの胸の動揺は抑えられなかった。

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先生 若狭屋 真夏(九代目) @wakasaya

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