先生

若狭屋 真夏(九代目)

踊り子

私がこの舞台に立ったのは半年前だった。私の源氏名は「つぼみ」。東京の小さなストリップ劇場の踊り子だ。源氏名を考えてくれたのが「先生」だった。

「先生」の名前は知らない。みんな先生の事は「先生」とよぶ。だから私も先生と呼んだ。

いつもおいしいお菓子を山ほど差し入れてくれる人だ。

「先生」と座長が私を連れて先生に初めて会ったのは舞台に立つ少し前だった。

「今度デビューする新人ですがね、先生この子の源氏名を付けてくれませんかね?」

「ほう」先生はメガネを通して私を見ると名刺の裏に「つぼみ」と書いた。

「これでどうだい?大きな花が咲くようにと思って付けたんだが」

座長が名刺に書かれた文字を見て

「へー。いいですね、昔の都都逸にありましたね、たしか。。。。お酒飲む人花よりつぼみ 今日もさけさけ あすもさけってのが。」

「そりゃ、酒飲みの都都逸だよ」先生は大きく笑った。

「いいかい、おまえさんは舞台の上では「つぼみ」って名前になる。大きな花をさかせてくれよ」と先生は私の両肩に手を置いた。私は大きくうなずく。

「それじゃあ、「つぼみ」ちゃんのデビューの前祝いだ。八兵衛に予約を入れといてくれよ」

「へい」と若い男の声が答えた。

「八兵衛」というのはここら辺では有名な寿司屋だ。レビューが終わったら全員でお寿司を食べる。一同歓声がする。


不思議なことに先生はストリップ劇場にいるのに私たちの踊りを見ることはあまりなかった。見たとしても「踊り」の方に夢中で「身体」を見なかった。

いつも楽屋で原稿用紙に向かってうなりながら何かを書いていた。

舞台から降りてくる踊り子たちにやさしい言葉をかけてくれる。

それだけではなく、恋人のDVに悩んでいたりする女の子の相談に乗ってあげたりもする。優しい人だった。

時折、座長が先生に耳打ちをすると「わかったよ」といって書いていた原稿用紙を座長に渡す。そこからみて小説家なのだろうとは想像できたが、座長以外先生のプライベートを詳しく知る人間はいなかった。


そして私が舞台に上がる日が来た。正直「踊り子」とはいってもストリップ劇場は「裸」を目当てに見にくる男性が多い。常連さんやお年寄りが多くて気恥ずかしい感じがしたが、踊り子は「踊るのが仕事なんだ、たとえそれが裸であっても」と先輩に教えられていた。


音楽が流れ「おまたせしました、本日デビューほやほやの「つぼみ」ちゃんです。19歳のぴちぴちボディーをおたのしみください」と座長がアナウンスをする。


そして私は舞台に上がる。何度も練習した通りの踊りをして一枚ずつ服を脱いでいく。

不思議なもので「舞台」に上がるとまるで「別の人間」になったかのような錯覚が起こった。自分が「スター」になった気分が心地よかった。

そして音楽が次第に小さくなっていき私のデビューは終わる。


「はぁ、はぁ」と呼吸が荒くなっていた私に「おつかれさま」といって飲物とコートをかけてくれたのが先生だった。

「ありがとうございます」と私は頭を下げた。

「源氏名を付けてあげた踊り子は君で二人目だから僕もひやひやしたが。実にいい踊りだったよ」と先生は言ってくれた。

「今日は天ぷらでもみんなで食べに行くか」といった。

「きゃー」と黄色い声が楽屋を響いた。




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