六頁目 それはまるで、夢のように。

────────────────


『たまにね、××を見るの。不思議よね』


『目が見えないのに、×を××っている時だけ世界を見ることが出来るの』


『夢はね、とても××いの』


『×××と出会ったときのことを思い出すよ』


『私ね、きっと×××のことが××なんだと思う』


『×××ね、今××を見ているのでしょう』


『それは、ただただ××であってただただ切ないものよ』


『×××は××ね××××じゃないの』


『だから、×××で会おうね。』


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頭のなかに流れてくる、濁っていてとてもどす黒くて、とても苦しそうな声。心なしか、僕自身頭が痛くなってきた。映像が見えなくなってきた。声が聞こえなくなってきた。水の中にいるような、体が重くて、でも軽い感覚。


恐らく、僕の体が既に限界に近いのだろう。むしろよくここまで持ったと自分で自分を褒めてやりたい。でも、まだここで死ぬ訳にはいかない。ちゃんとこの世界の君を見届けてから、それから死にたい。僕が見ることのできなかった君が笑って生きていく未来を、見たいのだ。


もう僕自身の未来を変えるなんて事はとうに諦めていた。むしろ、これでよかったのではないか、そう思えた。考えるだけで精一杯で、目の前の光景がちらついて見える。深夜のテレビのように、砂嵐がチカチカと降り注いでいた。


叶いっこないのは知ってたさ。


また、僕が薫と新しい人生を築いていくなんてことは、流石に都合が良すぎる。もう僕は死ぬんだ。だからせめて、償いだけでもさせてほしかった。


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『クイズ。目が見えない人にも、走馬灯は見えるのでしょうかー!』


「おいおい、流石に不謹慎じゃないか?もっと自分を大切に…」


『いいの!それに、死ぬ前に、見たかった景色を一度でも見ることが出来たら最高じゃない?』


「それもそうだな…。うーん、じゃあ、見える。というか、見えてほしい」


『そうだよね、やっぱりそうだよね。私もそう思う。そうじゃないと、あまりにも不公平だよね。』


「きっと、見えるよ」


『見たいものはたくさんあるよ。両親の顔だってそうだし、あ、君の顔は見たくないかな笑』


「なんでだよ!」


『だって、私好みの顔じゃなかったらいやでしょう?』


「君は、いつも僕のことをコーヒー豆というじゃないか」


『あはは、冗談だよ。今更、顔なんてね。どうせ、今後目が治る保証もないわけだし。』


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また、想い出が流れ込んできた。もうこの世界では見ることが出来ない、僕の頭の中だけで息をする想い出たちだ。断片化した君の記憶がどんどんと体の中を駆け巡る。再び君に触れた細胞の一つ一つがはしゃいでいるかのように、僕の体の重さが抜けていった。視界が晴れてきて、ぼんやりとした君の顔を捉えた。


『ねえ、聞いてるの?!』


「え?あ、あぁ、ごめんごめん、ちょっと、考え事」


『いなくなっちゃったと思ったじゃない。』


「流石に、目が見えない女の子を1人にはしないよ」


『何を考えていたのよ』


「君と、昔走馬灯の話をしたろ。あの時の事を思い出してた。」


『ああ、あのクイズね!そんなこと、よく覚えていたね。』


ああ、君だ。髪が短くて、いつもメガネをしている、ちょっとハスキーボイスで、心配症で、正真正銘、僕の中の君だった。


何故か今、僕は君と普通に会話をすることが出来ている。僕の器を介してではなく、自分の意志で、自分の意図したことを、声にすることが出来た。


そうか、夢を見ているんだ。


僕はすぐにそう思った。しかし、走馬灯の中で夢を見るというのも、何ともおかしな話だな。もはや、夢でも夢でなくても良かった。何がきっかけであろうと、こうしてまた君と話をすることが出来ている。今は、君との一瞬に全神経を注ぐべきだと思った。君を死の螺旋から開放してやりたかった。


「なぁ、あの走馬灯のクイズさ、」


『どうしたの?』


「前に出してくれた走馬灯のクイズ、俺も出していいか?」


『かまわないけど…突然どうして?』


「細かいことは気にしなくてもいいんだ。じゃあ、行くよ」


──君は、光を見るために、走馬灯を見るために、自ら命を捨てられる?


『バカじゃないの?笑 そんな事出来るはずがないじゃない』


『そもそも、走馬灯なんて、本当に見られるかもわからないし。』


ここまでは、一緒だ。君は僕の問いに対して、笑顔でそう答えていた。でも、でも君は…。どうにかして薫を改心させなければならなかった。


薫は、ああ言っているが、死ぬ気なんだ。でなければ、あんなクイズを出したりするはずがなかった。そもそも、薫は僕があのクイズを出した二ヶ月後に首を吊って死んだからだ。薫の中で膨れ上がる好奇心は、僕が思っていた以上に大きかったのだ。


僕は、普段当たり前に景色を見ることが出来る。人の顔を見たり、食べ物を見たり、遠くを眺めてノスタルジーに浸ったり。だが、目の見えない薫にとって、それらの普通の行為は、羨望の対象だった。死んだ薫の遺書に書かれていたのは、


”一度でいいから月をみてみたい。”


何ともシンプルな願いだった。


月ってどんな形なんだろう。どんな色なんだろう。黄色?黄色ってどんな色なんだろう。半月?半分ってどんな形なんだろう。満月?丸いってどんな形なんだろう。


生まれてから一度も光を見たことがなかった薫の願いは、好奇心は、僕らが想像もできないくらいに膨れ上がっていたのだろう。走馬灯を見るために自らを殺した薫は、果たしてその好奇心を満たすことが出来たのだろうか。


自分がやろうとしていることは、いかにも独善的で自己中心的で最低な行為だ。ただ、自分の好きな人に生きていてほしい。完全なエゴだ。


でも、それでも僕は薫と同じ景色を見たかった。


「でも、君は死ぬ気だろう?」


言葉を探した。どの言葉を選べば君が生きている未来に繋がるのか。こうしているうちにも広がり続ける宇宙に舞い落ちる無数の言の葉を一つ一つ繋ぎ合わせるかのように、大切に言葉を紡いだ。


君のことならなんでもわかっているんだぞ。だから、そんな馬鹿な考えはやめろ。そういう思いを込めた一言だった。


『たまにね、夢を見るの。不思議よね』


『目が見えないのに、目を瞑っている時だけ世界を見ることが出来るの』


『夢はね、とても明るいの』


『あなたと出会ったときのことを思い出すよ』


『私ね、きっとあなたのことが好きなんだと思う』


『あなたね、今夢を見ているのでしょう』


『それは、ただの夢であって、それでいてただただ切ないものよ』


『わたしはもうね現実じゃないの』


『だから』


『来世で会おうね。』


シーンが切り替わる。


夕日が嫌に照りつける夏の日だった。


君の涙を拭い去ろうとするかのように、


熱く熱く照りつける太陽の前で、


僕は、再び君の手を離した。

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