四頁目 僕ってこんなにバカだっけ。

思いもよらないアクシデントに正直舞い上がっていた。自ら死ぬことを選んだのに、その際に見せられた走馬灯に生かされている。活力がみなぎってくるのがわかった。余命宣告されてからも、生きることに対して貪欲になれなかった僕が、やっと自分に正直になれた瞬間だった。


ああ、生きたかったんだ。


心の底からそう強く思えた。死ぬ数分手前でやっと気づくのもどうしようもなく遅いと思うのだが、第2の人生を掴むために、新しい金子 悟としての人生を歩んでいくために、今までに無いくらい必死に頭を回転させた。


まだシーンは切り替わっていない。カミヤ ユウキとの関係は、僕にとってこれほどまでに大切なものだったのか。時間はまだまだあるように思えた。おそらく次だ。次のシーンで、僕は僕にとって一番大切だった人に出会える。


『ちょい、寒ぃな。』


「そりゃ、もう夜だからな。」


僕は、中学三年生の頃の僕の中にいた。かつての親友カミヤ ユウキと一緒に海に来ていた。


ここでまた一つ、新たな発見があった。今まで過去の自分の心の中に住み着いているだけの存在だったが、今は寒さを感じた。夜の浜辺は寒かった。僕はそれすらに感動を覚えた。今までただ見るだけの存在であった僕が、器を通して相手に語りかけることが出来、その上、五感まで敏感になっているように思えた。


恐らく、そろそろあのシーンがやってくる。僕がユウキと一緒に過ごしてきた中でも、最も印象に残っているあのシーンが。


『そういやぁよ』


「おう」


来た!ついに来た。僕はここをはっきりと覚えている。なぜなら、僕の人生において一番大切になるであろう存在の事を、ユウキから告げられるあの瞬間だからだ。


『あー、ちょいタンマ。また今度話すわ。』


「なんだよ、気になるじゃないか」


『あはは、ごめんって。今日はもう遅いからよ、この事はゆっくり話したいんだ。』


「わかったよ、今度、絶対だぞ」


わけがわからなかった。全くわけがわからなかった。確かに、ここだった。確かにここでユウキからあの人のことを紹介してもらうはずだった。あの人がどんな人なのか、どういう状態の人なのか、ここで全て聞くはずだった。


間違いない。絶対にこの日だった。そもそもユウキと今後二人きりで海に行くことなんか、僕の記憶の中には無かったからだ。


二人きりでゆっくり泳いで、たくさん喋って、そして帰る頃にあの出来事はあった。間違いなく覚えている。なのに、どうして。


僕は困惑していた。頭は悪くない方だった。今までずっと成績はトップ周辺を走っていたし、特別大きな失敗をした覚えもない。あの事を除いてだ。なのに、今回に限っては全く頭が回らない。


僕の記憶違いだと信じたかったが、それはできなかった。記憶というのは、何かと何かが結びついているものだ。昔よく聞いていた音楽を聴けば、当時その音楽を聞いていた時の光景や匂いがハッキリと思い出せるあの現象だ。


今回、結びついていたのは海だった。今後ユウキと海に行った記憶は無かった。だから、ユウキからあの人の話を聞くのは絶対にこの場所だったんだ。


僕ってこんなにバカだっけ。自分が嫌になった。目の前で起きたことに対して何一つ打開策が見当たらない。苦しい、苦しい。考えても考えても答えが出てこない、まるで手足を縛られた状態で深い水の中に沈められてしまったような感覚だった。


この時の僕はまだわかっていなかったんだ。僕の本体である、あの病室においてきた体が限界を迎えていること。そして、過去に干渉すれば、少なかれ未来が変わってしまうこと。


何もわかっていなかった。僕は、僕の中でもがいている僕を見ていた。

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