三頁目 君を殺した僕を、僕が殺す。
暗い海を漂っていた。水面に落ちる大きな雨粒は小さな波となって何かを伝えようとしていた。
『おぅい、なに、ぼーっとしてんだよ』
「え、あ、ごめんごめん」
僕は海にいた。恐らくこの記憶は、中学三年生の頃のものだった。友人のカミヤ ユウキと海で遊んでいた夏の日だった。僕らは二人きりで海に来ていた。
『しっかしよー、おかしいと思わないか?』
「なにが?」
『いやさ、よく考えてみてよ。今の自分は、一年前の自分を思い出すことが出来るだろう?』
「なに、当たり前のことを言っているんだ」
『ならさ、一年前の自分が、今の自分の事を思い出せないのはおかしくないか?』
「そりゃお前、今の俺達は過去になっちゃいないからだろ」
覚えていた。当時はバカだなあくらいにしか思わなかったこの会話だが、何か僕にとって重要な出来事なのだろうか。思い当たるフシはない。厨二病を患った患者の戯言だろう。
考えてみれば、ユウキはずっと一緒だった。物心がついたときから友達で、親同士も仲が良い。家族ぐるみの付き合いってやつだ。このときは、まだ喧嘩もしたことがなかったな。突拍子もない事を言っては、よく周りを困らせていた。
『しっかし、すっかり暗くなったな』
「そうだね。そろそろ、シャワーを浴びて着替えようか」
浅瀬で仰向けになり、ただ空を見つめながら僕らは何も意味のないことを話していた。難しいことは考えず、ただただ流れに身を任せて時間を過ごした。何もしなくとも自分に刺激を与えてくれる、浅瀬の海の波が好きだった。
着替えようと立ち上がると、隣にいたユウキが口を開いた。
『なあよ、最近見たアニメで面白いシーンがあってさ。』
「どんなの?」
『いや、説明すると難しいんだけど、何ていうかこう、一人の少女がよ、何人もいんだよ。魂だけ移されてさ、体が壊れてもまた別の体が用意されているんだ。』
「お前そりゃ、エヴァだな」
『おーおー、正解。見たのか?あそこのシーンが、なーんか印象的でよ』
このシーンは僕も大好きだった。ユウキに勧められて見始めたアニメなのだが、予想以上に面白かった。しかしなぜだか、大人になった僕は「僕の先を行き自慢気な顔をして語るユウキ」に腹が立った。
意地悪な性格で申し訳ないが、僕は心のなかで悪態をついてみることにした。
「なに、アニメ如きで自慢気になっているんだよ。お前もまだまだ子供だな。いい加減、大人になれよ」
ユウキは呆気にとられていた。突然親友の口から出てきた悪態に驚き、言い返す言葉が無かったのだろう。脳みそがショートしてしまったかのように、口をパクパク動かしていた。
『は?』
はは、ざまあみろ。驚いてやがる。
………は?
ちょっと待て。いま僕はユウキになんて言った?僕は心の中で確かに、ユウキに悪態をついた。なのにどうして、僕があんな発言を?!
ダメだ、焦りすぎてしどろもどろになっている。文章も支離滅裂だ。落ち着いて考えよう。深呼吸だ。
まず話題はアニメの話だった。ユウキが僕に勧めてきたアニメの話をしていた。恐らく当時の僕はウンウンと頷いていただけだろう。ここまでは良かったんだ。
そんな自慢気に語るユウキに何故か僕は腹が立ち、根も葉もない悪態を心のなかでついた。そもそも、何故無性に腹が立ち、悪態をついてしまったのかすらわからない。
すると、当たり前に喋るかのように、僕の器である「中学三年生の自分」が、僕が思っていた悪態を口に出してしまったのだ。
つまり、要約すると
一瞬だけ、僕が僕になった。
魂ともいい難い、何とも不安定な存在である僕が、現実に干渉できた…?
待て、いや違う。当時僕はあのユウキの発言に対してなんて返答した。ああダメだ、思い出せない。恐らくきっとウンウンと頷いていたんだろう。なぜなら、ユウキが語りだすと面倒だからだ。ユウキの語りに対して、適当な相槌をうつのが僕の中での常識となっていたからだ。
どういうことだ。走馬灯を見ている自分が、何故現実に干渉できる?それとも、現実に干渉したところまでが走馬灯なのか?
頭がグチャグチャになりそうだった。
今の僕の器である中学三年生の僕は、自分がユウキに悪態をついたことに気づいていなかった。
ということは一瞬だけ、僕が僕を乗っ取っていたのか?そんなことが出来たら、一大事だぞ。僕が死ぬ運命を変えられるかもしれない。あの時の失敗を、無かったことに出来るかもしれない。
ただそうするためには、あまりにも大きすぎる一つの問題があった。
この走馬灯は、自分の人生において重要なファクターしか見せてくれない。
つまり、限られた想い出の中で、今の未来を変えろということなのか?そういうことなら、もう二回チャンスを無駄にしてることになる。というか、あれ、どうやって僕は僕を乗っ取ったんだ?
”あ!!!”
とりあえず声を発してみた。だが、僕の声はユウキには届かない。相も変わらず、僕の器とユウキは他愛のない話を繰り広げているだけだ。
じゃあさっきのは何だったのだ。あの言葉は、間違いなく自分の心の声だった。中学三年生の僕の中にいる僕が、心のなかで思った紛れもない事実だった。
少しずつではあるが、僕は確実に何かしらの糸を手繰り寄せていた。
どうすれば過去の自分に干渉できるんだ。
想い出を越えるにはどうすればいいんだ。
心のなかで湧き上がったあまりにも大きすぎる期待では、その謎を解き明かすことができなかった。くそ、あの時もっと集中していれば。何か掴めたはずなのに。
しかし、僕は嬉しかったんだ。何にもなかった、人を傷つけるだけで何の意味もなかった人生に、チャンスがやってきたからだ。このチャンスを掴まなければやばい。何故か直感的に、そう強く思った。
そもそも、僕は今走馬灯の中にいる。チャンスを掴めなければ、死ぬのだ。僕は首をつって、息も絶え絶えに、途切れた意識の中をさまよっている。時間もなかった。僕の呼吸が完全に止まるまでに、意識が消滅してしまう前に、僕は僕を支配しなければ無かった。
あの日の自殺も、今の足掻きも、全ては君に繋がっているように思えた。
君を殺した僕を、僕が殺すことを決意した。
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