34話 ダブルデート
街ゆく人々の間を縫うようにして全速力で来た道を引き返す。少し息が切れてきた。走りながらふと、後ろを振り向くとまだ喫茶店が見える。日頃ダラダラしている罰がここで下されたか……。
一分ほど走り続けると、ようやく城の階段前までやって来れた。もう既に息は切れ、額からは汗が滲み出てきている。そんな状態でもぼくは休まずに階段を二段飛びで駆け登った。階段は直線の道に比べ、大きく体力を消耗する。一体この差はどこから生まれてくるのか。
階段を登りきり、そのままの勢いで金色のアーチをくぐると、すぐそこに見慣れた水色のロングヘアの女の子が立っていた。その姿を見て何故か安心したぼくは膝に手をついて激しく息をした。
「ひゃ!? ヒロくん!? どうしてそんなに息が切れてるんですか? しかも、どうして外から……」
「ゼェゼェ……い、いやあ、……ゼェ、少し……先に済ませておきたかった……用事が、あったので…………ゼェゼェ、走って往復してきました……」
「そ、そうですか……では、少し休みますか」
「いえ、大丈夫です……。ゼェゼェ……いきましょう」
「ええ!?」
ぼくは最後に一息だけ思いっきり深呼吸すると困惑しているルミナさんの顔と向き合った。
「それで、ぼくに何の用でしょう?」
「えと、ちょっと頼み事がありまして、喫茶店で雑談もふまえながらお話しようかと……」
「……え? それって、もしかして『白奏の森』っていう喫茶店では……?」
「よくご存じですね! そうですよ! どうして知ってるんですか?」
……一番最悪な事が起こってしまった。まさか行き先が同じ場所だなんて……。これはプラン変更でいくしかない。念のためルヴィーさんとの席を死角の隅にしておいて良かった。
「前通りかかった時に見つけて行ってみたいと思ってたんですよ! では、早速行きましょうか」
とりあえずその場しのぎで適当な事を言ってルミナさんの疑惑を晴らす事にした。ここからは本当の賭け。喫茶店でもしどちらかに見つかってしまうと『将来絶対浮気とかするだろうな』なんて思われるかもしれない。そうなった場合、その後がもう気まずい。ここはどうしてもこの賭けに勝たなければならない。
「はい! 行きましょう!」
ルミナさんが喜びの笑顔を見せた。その微笑ましい顔を見ているとなんだか疲れが吹っ飛んでしまいそうなくらい和まされる。
――――――――
再び喫茶店に到着。ここに来るまでに、五分程かかったので早くルヴィーさんの所に戻らないと怪しまれるかもしれない。
「いらっしゃいませ。ご予約は済ませていますか?」
「はい。一昨日二人で予約したルミナです」
「ルミナ様、お待ちしておりました。どうぞ、好きな席にお座り下さい」
さっきと同じようなセリフが飛び交う。
「ヒロくん、どこに座りますか?」
チャンス、再び到来。選ぶ席はもちろん入り口のすぐ横の席。この席が空いていた事が、不幸中の幸いだ。
「そこでいいですか?」
「もちろん、いいですよ」
ルミナさんが椅子に座ると、ぼくも彼女の正面に座った。
「……ふぅ」
この場所に座っておけば、移動しない限りルヴィーさんには見つからないはず。この喫茶店は四角いドーナツのような構造をしていて、驚くべきことにぼくのお気に入りのあの喫茶店と全く同じなのだ。あの喫茶店を知り尽くしているぼくならば、ここで二人に見つからないようにする事は容易いはず。
ぼくがこの二つの席を選んだ理由としては、店の構造が四角形であれば、隅に対称的に座ればお互いの姿は見えない。すなわち、一定時間経つごとにこことルヴィーさんのいる席をトイレを上手く利用して行き来すればバレずにすむ。ここのトイレの場所は、店の中心部、先程のドーナツで例えれば穴の空いている所にある。しかも扉は二つあり、こちら側とルヴィーさん側を繋いでくれている。だから移動したい時にはここを使えばいい。…………我ながら完璧な作戦だ。
「それでヒロくん、早速要件を話しますけど……」
「ごめん、ちょっと話の前にトイレ行ってきていいかな?」
「あ、どうぞどうぞ! ごゆっくり」
「ありがとうございます。……ちなみに、大きい方なので少々時間がかかります」
「もう! そんな事いちいち言わなくてもいいですよ!!」
またこの言葉を使ってしまった。いくらなんでもデリカシーが無さすぎる。
「ハハ……そうですよね……」
ぼくはそう言って立ち上がるとトイレへ向かった。今のところは、ルミナさんにはバレていないだろう。しかし問題なのがルヴィーさんの方だ。もうかれこれ十分程待たせてしまっている。これはさすがに怪しまれても仕方ない。
トイレの中は、壁際にズラッと個室が四つずつ並んでいて、真ん中に直線の通路があった。どうやら男女混合のようだ。……いやいや、今はそんな内装の事なんて考えている場合じゃない。これ以上待たせてしまうとルヴィー様がお怒りになってしまう。
急いで反対側の扉に向かうとぶち破るくらいの勢いで扉を開けると、ドバァン!! という大きな音が鳴り響いた。そんなに強く開けたはずではなかったのに。
「ふぇぇぇ!? な、なんだ!? ……ってヒロかよ! ビックリさせるなよ! ケツ打ったじゃねーか!!」
トイレから出た瞬間にそんな声が聞こえた。その声のした方を見ると、椅子から転げ落ちた涙目のルヴィーんがいた。
「ああ!! すみません! 長らく待たせてしまうといけないと思って、急いで来たんですが……」
ぼくはせめてもの償いをするために尻もちをついているルヴィーさんに手を伸ばした。
「え、い……いいよ! 自分で起き上がれるから!」
「いや、もう握っちゃってるじゃないですか……」
「あ……」
少し間があって、ルヴィーさんはそっぽを向いて赤面した。どうしたんだろう……。今日のルヴィーさん、少しおかしい……。
「…………起こして」
「え? は、はい!」
握った手を引っ張ると、その勢いでルヴィーさんは体を起こした。
「ったく……アタシ、こう見えも結構ビビリ症だからあまり驚かさないでくれよ……」
「す、すみません!!」
これは間違いなく墓穴を掘った。急がないといけないという意志が逆に不幸を呼んでしまった。……どっちみち怒られちゃうな。
「もういいよ。それよりも、さっさと話しようぜ」
「……あれ? ……えと、分かりました」
ルヴィーさん特製のグーパンチが飛んでくるかと思っていたが、意外な事に怒ってすらもいない。ホントに、今日はなんだかいつもと違うな。
改めて椅子に座り直すと、ルヴィーさんが話し始めた。
「用件というのはちょっと、ヒロに頼みたい事があるんだ」
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