33話 労働の始まり
「ルヴィーさん、こんにちは」
「お、ヒロ! ちゃんと来てくれたか! お前の事だからアタシの頼み事なんて聞かないでばっくれるかと思ってたけどな」
姿が違ってもやはりルヴィーさんはルヴィーさんだ。次々と凍てつく言葉を放ってくる。
「はは……それよりもすみません、待たせてしまったみたいですね」
「…………いやいや、心配すんなよ! アタシだって今来たばっかりだし……」
赤髪の少女は少し間をおいてそう言った。今来た、というのは嘘だと分かっているのに。相手に配慮するルヴィーさんはなんだか珍しい。何か、いい事でもあったのかな?
「そうですか! それなら良かったです!」
ぼくは偽りの笑顔を作り、ルヴィーさんの話に合わせる事にした。折角気を遣ってくれているのにツッコミをするのはさすがにKY過ぎる。
「ところで、こうやって待ち合わせまでしてぼくに何の用なんでしょう?」
「用事っていっても単なる頼み事なんだけどな、それで、わざわざ呼び出したのは……その……たまにはお前ともゆっくり話してみようかと思ってなんだけど…………迷惑か?」
「いえいえ! そんな迷惑だなんてとんでもない!! ぼくも、ちょうどルヴィーさんと話がしたかったっていうか……」
予想外のルヴィーさんの可愛さに動揺して少し言葉がおかしくなった。この言い方だと何か勘違いされるかもしれない……。
「おお、そうか! アタシ達って結構気が合うんだな! この為に昨日のうちに近くの喫茶店に予約を入れておいたんだ」
ルヴィーさんが鈍感で良かった。
「ええ? 予約までしてくれたんですか?」
「人気がある店だからなかなか予約が取れないんだけどな、今日は運がいい事に客が空いてるらしいからもう迷わず予約してきたぜ! ほら、さっさと行くぞ!」
そう言うとルヴィーさんはぼくの手を引いて城の外へと向かった。……今とは関係ない話だが、喫茶店というワードを聞くとぼくが未来希に紹介したあの喫茶店の事を思い出す。確かあの喫茶店の名前は『白奏の森』だっけ。こういうややカッコいい名前の喫茶店は珍しい感じだけど、中は至って普通の喫茶店。
しかし、店名はともかくなんといってもあそこのショートケーキは絶品だ。喫茶店ながら、コーヒーと合うように材料も工夫してあって、コーヒーと一緒に食べることでまた違った味わいを楽しめる。もちろん、そのまま食べても美味しい。
「どうしたんだよヒロ。なんだかやけに静かだな。気分でも悪いのか?」
ルヴィーさんのその一言で我に返った。少し思い出を奥まで思い出しすぎたみたいだ。彼女の気を落とさせる訳にもいかないから、ここは適当に言って誤魔化そう。
「いえ、全然体調は万全ですよ! ちょっと、走りながらだと喋りにくいっていうか……」
「ははは、そうか! それはすまなかったな!」
そう言いつつも走り続けたままだ。手も繋いだままだ。これはぼくにとって結構恥ずかしいのだが、ルヴィーさんは何とも思ってないのか。こうも軽々と、……異性の手を繋いで……。
「あらあら、いいわね若いって」「俺もまた青春したいもんだ」
にぎやかな街の所々からそんな声が聞こえてきた。みんなの視線がぼくの精神を刺激してくる。これ以上この状態で街を歩くのは限界が見えてきた。ここはもうやや強引でもいいから、引き離さなくては……。
「あの、ルヴィーさん! ちょっと手を繋ぎながら街を歩くのはヤバいような気が……」
「はぁ~? なんでアタシがヒロの手を繋がなくちゃならな……………………えええええええええええええええええええええええええええええ!!??」
ルヴィーさんはいきなり叫び出して繋いでいたぼくの手を振り払ったかと思うと思いっきり平手打ちをかましてきた。
「ぐはっ……!?」
「ななななな、……なんでアンタ私の手を握ってるの!? おお、女の子の手をそう容易く握るなんてどうかしてるぞ!!」
「……ど、どうしてぼくが殴られなくちゃならないんだ……」
どう考えても理不尽すぎる。まさか自分から繋ぎにきたとは気づいていなくて、あろうことかそれをぼくのせいにしてしかもビンタまでしてくるなんて……。
「ハアハア…………あ! すまん! つい反射的に殴っちまった!! 許してくれ!」
「あ……あはは……大丈夫です」
ぼく達はそのまま何事もなかったかのようにまた歩みを進めた。……ルヴィーさんは気づいていない。この場所がかつてない程の冷たい空気が流れている事を。
――――――――
「ほら、着いたぞ!」
あれから大体五分弱歩くとようやく目的地に着いた。
「ここですか……なんだかとても新しいですね。木造にしては傷や目立つような汚れもないですし」
「ここ、先月開店したばっかりなんだよ! ケーキが美味しいって評判なんだよな。一度食べに来てみたかったんだよ。喫茶店の名前も、『白奏の森』でイカしてるしな!」
なんという一致。ケーキが評判という事や店名までもが『白奏の森』と一緒だ。これはますます思い出が浮かび上がってくる。
「じゃ、早速入るぞ」
ルヴィーさんが扉を開けると、城の浴場の杉の匂いと同じような匂いが鼻を衝いた。それに混じり、ほのかなコーヒー豆の香りも漂ってくる。
「いらっしゃいませ。ご予約は済ませてありますか?」
「はい。一昨日に二人予約したルヴィーです」
「ルヴィー様、お待ちしておりました。どうぞ、好きな席にお座り下さい」
「ありがとうございます。……ほら、さっさとする!」
ルヴィーさんにつつかれながら店内を進む。それにしてもルヴィーさんが敬語使うのはなんだか新鮮味がある。少し失礼な言い方になるが、いつも暴言ばかり吐いているから女子力がほぼ感じられなかった。が、この容姿プラス敬語ときたらもうそれだけでぼくにとってのルヴィーさんの印象がガラッと変わった。……まあ、すぐにいつもの話し方に戻ってしまったが。
「どこに座る? ヒロが決めていいよ」
「ぼくがですか? 分かりました」
まさかこんなチャンスが到来するとは。ぼくは真っ先に入り口とは正反対の一番隅のテーブル席を選んだ。
「ここにしましょう。ぼく、隅っこ好きなんですよ」
「ふ~ん。なんだか子供みたいだな」
「ぼくはまだ社会人でもありません」
ぼくが椅子に腰を下ろすとルヴィーさんも後に続いてぼくの目の前の椅子に座った。このテーブルと椅子は、店内の杉の色よりも明るい色をしている。匂いも違うし、多分これは白樺だろう。この内装を設計した人のセンスを感じた。
「では、ぼくはちょっとお手洗いに行ってきます…………ちなみに、大きい方なので少々時間かかります」
「ばか! そんなこといちいち言わなくてもいい!! 早く行ってこい!」
ぼくは立ち上がると、トイレに行くと見せかけて、喫茶店を出た。この隅の席からは死角になっていてぼくがこの店から出るのはルヴィーさんには見えないはず。
…………さて、ここからがこのデート(?)の本番だ!
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