4章 異世界滞在4日目

32話 悪夢からの目覚め

「ヒロくん、起きて下さい朝です」


「…………ん?」


 昨夜の事があったので十分に疲れが取れなく、まだ凄く眠い。しかしぼくは閉じている重い瞼を開け、何度か瞬きをしてなんとか眠気に耐えた。


「ルミナさん、おはようございます」


 目をこすりながら小さな声で言った。あんな事があった後に大きな声でどんと挨拶する元気なんてなかった。


「え、ヒロくん大丈夫ですか? 目の下にくまが出来てますよ。相当お疲れのようですね……」


「いや、別に疲れているという訳ではないです。ただの寝不足ですよ。……さあ、今日も任務頑張りますか!」


 ぼくはこの通り元気だぞ、と言わんばかりに腕を大きく回して元気さをアピールした。この時と同時に気づいた事が右腕がいつもと同様に自由に動かせるという事だった。やはりあの薬草の効果はすごかった。


「……見え透いた嘘をつかないで下さいよ」


「え?」


 ルミナさんは急に冷たい顔でぼくを見てきた。


「昨夜またアレガミが襲ってきたみたいじゃないですか。私も昨日は自宅で眠っていたのでアレガミの気に気づかずヒロくんを援護出来なかったのは私の不注意だったからかもしれませんが、それでもアレガミに襲われた事を隠して無理に元気を見せつけるのは良くないと思います」


 さすがルミナさんだ。昨夜の事件の事はもう耳に入ってきているようだ。出来れば、あまりルミナさんに気を遣われたくなかったのだが、彼女の言っていることも一理あるので反論は出来ない。


「すみませんでした。次からは絶対に隠し事は一切しません。なので、今回の件については許して下さい」


「……ええ!?」


「え? 何を驚いているんです? ……何かぼく、変なことでも言いました……?」


「い、いえっ、別に変なことを言った訳ではないんですけど、正直ここまで謝られるとは思ってなかったので逆にこちらの方が申し訳ない気がして……」


「いやいやいや! どうしてそうなるんですか……ぼくが謝らなければならない場面で謝って、それで申し訳ない気持ちになるのはおかしいですよ」


 なんというか、ここまでの謙虚の持ち主を見たのは初めてだ。いや、もしかしたらこの世界ではこれくらいが普通なのかもしれない。……例外の方もちょくちょくいるが。

 

「とっ、とりあえず、私はヒロくんを起こしに来ただけなのでこれで失礼します! では、十二時十分に待ってます。今は十一時五十分ですので!」


 ルミナさんは慌てた様子で部屋をそそくさと出ていった。なんか顔が赤かった。熱でもあるんだろうか? もしその状態でぼくを起こしに来たとなるとさっき注意していた事と矛盾するのでは? 無理してぼくを起こしに来ているじゃないか。……それよりも、十二時十分ってなんだろう。そんな微妙な時間帯に一体何が……。


「…………あ! ……そっかぁ~」


 思わず声を漏らしてしまう。そういえば昨日話があると言って受託室階段前で待ち合わせの約束したのを完全に忘れていた。しかもこんな時間帯にしたのは先に約束したルヴィーさんとの時間をずらすためにやったんだった。今日こそ少しは休めると思っていたのに少々残念な気持ちになった。

 しかし、こんな美女二人にわざわざ二人きりで話だなんて相当重要な話かもしれない。ここは男として、音を上げる訳にはいけない。疲れがなんだ、眠気がなんだ、そんな事よりも優先すべき事だろう。


「よっしゃーーー!!! 行くぞぉぉーー!!」


 ぼくは一度手をパンッと叩き、気合いを入れてベッドから立ち上がった。ふと隣にあるオケージョナルテーブルを見ると、その上には今ぼくの着ているものと全く同じパーカーとジーパンがキレイに畳まれていた。多分、着替え用の予備の一着だろう。学校の制服と同じだ。毎日同じ制服を着る訳にはいかないので予め二着購入するのと一緒だろう。


 ぼくはその洋服をありがたく頂き、早速それに着替えた。もちろん、雨魔水晶も忘れずに取った。着替え前の洋服は現時点ではどうすれば良いのか分からないのでそのまま畳んでテーブルの上に置いた。


「……あれ? なんかこの服いい匂いするな……。気のせいか」


 さっき着ていた洋服を初めて着た時とは全く異なる匂いがした。なんというか、女の子らしい、どこかで嗅いだことのある匂い。それがどこで嗅いだのかは思い出せない。


「まあいいか。それよりも早く行かないとな」


 ルミナさんがここにいた時間は十二時になる十分前。それからあれこれ話やらなんやらしていたからもう既に五分くらいは経過しているだろう。急がなければ。もし遅れてルヴィーさんを怒らせたらまたとんでもない事になるかもしれないし。


 軽い寝癖を手でパッパッと直して寝室から出る。その先にはいつもと変わらない廊下があって理由もなくホッとした。ぼくは待ち合わせ場所に向かって歩きながら色んな事を思い出した。

 時の流れは早いもので、この世界に召喚されてもう四日が経つ。この四日間で、ぼくが地球にいた時よりも労働をしているという妙な確信があった。ぼくの一日の生活は起床、登校、帰宅、就寝の繰り返し。特にどこかに出かけたり、友達と絡むなんて事はなかった。だから、この世界での生活はとても充実しているように思える。しかも雨魔水晶というチートな通信手段があるため、未来希の声はいつでも聴けるから不満はない。だが今はそれをやっている暇はない。未来希と通信するのは、基本戦闘任務の場合のみ。ラミレイさんの言い方からして協力というのは戦闘中に未来希からアドバイスかなんかをもらうという事だと推測できた。


 廊下の角を曲がると、奥に城の入口が見えた。それより少し手前に待ち合わせ場所の受託室への階段があるが、ここからだと死角になっていて見えない。そして、その階段の前には白いワンピースを着た目立つ赤髪のロングヘアの少女が立っていた。髪を結んでいなかったので一瞬それが誰か分からなかったが、すぐにルヴィーさんだと分かった。やはり女の子は髪型や服装が変わると雰囲気がまるで違うものになって不思議だ。


 まだ正午にはなってないのに待ち合わせ場所でスタンバイしてるところは、ルヴィーさんは意外としっかりしているのだと思った。いつもは怒ってばかりで自己中心的。ぼくが一番関わりたくない系統の人だったが、この場面を見るとそうでもない気がしてきた。


 長く女の子を立たせておく訳にはいかないので、ぼくは小走りで彼女の方へ向かった。

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