31話 反撃
「あーあ、めんどくせぇな、もう。……仕方ねぇな、さっさと来な」
アレガミは頭を掻きながらミャイドを急かした。
「言われなくても行くニャ!」
ミャイドが地面を蹴ってぼくの隣を通り過ぎると微風が頬を掠めた。物凄い速さだ。瞬きをしている間にミャイドは視界から消えてしまっていた。慌ててミャイドが駆け抜けていった方向を向くと既に二人は激闘を交えていた。
攻撃を繰り出す、攻撃をかわす、攻撃を繰り出す、攻撃をかわすの繰り返しで、どちらも一歩も譲らない。ミャイドの方がアレガミより身長が低く、素早い。一方アレガミはその長身を利用した攻撃のリーチに優れている。
「おっと、なかなかやるじゃねぇか。思ったより楽しめそうだな!」
「遊びでやってる訳じゃニャいぞ!」
そう言い放つと、賭けに出たのかミャイドは身を低くし、足払いの体勢をとった。そして見事賭けに勝つ事が出来た。アレガミは足払いは予想外だったのかそのまま足を蹴られて派手に倒れた。そこに追い討ちをかけるようにアレガミの顔面を右拳で殴った。その衝撃で少し後ろに転がったが、アレガミはそれを活用し、後転して体勢を戻した。
「ぐっ……てめぇ、調子に乗るなよ? マジでぶっ殺してやるからな……」
アレガミは鼻を手で押さえながら言う。その手の隙間からは血がぽたぽたと落ちていて、ミャイドの一撃がかなり効いたと見える。
「その言葉、そっくりそのまま返すニャ! さっきの技が無ければ、もうお
「……ヒャヒャヒャッ!!! あの秘薬を使ったからって勝った気になるじゃねぇよ。確かに今のお前には秘薬の効果でもう音響声は効かないと思うが、格闘だけでも余裕でいけるぜ! さあ、殺ろうぜ!」
アレガミの最後の一言が引き金だったかのように再び激闘が始まった。
それからしばらく拳を交えていたが、心
「……! おっと、ちょっと待て」
「なんニャ、今更命乞いかニャ?」
「俺がそんなクソカッコ悪ぃ事するかよ。あれだよ」
アレガミは全開された窓を指差した。その奥には、いつもと変わらぬ夜空が広がっている。一体これがなんだと言うのだろうか。
「もうすぐで、満月の形が崩れる。俺は名前の通り、月が満月である時間帯にしか姿を現す事が出来ない。本当は月が欠ける前に決着つけたかったが……この勝負、お預けだ☆」
そう言い残すとアレガミは颯爽と窓に向かって駆けていった。ミャイドは彼をすぐさま追っていったが、あと少しという所で逃げられてしまった。
「逃げやがったニャ! なんて卑怯な……」
「ま、まあ何はともあれ災難は去ったから良かったじゃないか……いででで…………」
安心して気を緩めたからか折れた腕の痛みが増してきた。これは冗談抜きでまずい。早く治療しないと……。
「ご主人! 大丈夫かニャ!? ミャーがすぐに誰か呼んで来るから、そのままじっと安静にしてるニャ! 絶対に!」
「お、おう。ありがとう」
ミャイドは強く念を押して言うと廊下に小走りで飛び出していった。……ああいう人を思いやる気持ちと強敵にも怖気ず、立ち向かっていく勇気はとても尊敬できる。そういう完璧な者のご主人様がぼくというのがなんだか申し訳ない気がする。普通なら弱虫でドジ、その上不運の持ち主のぼくが飼われる側で色んな面で特化しているミャイドが飼い主の立場のはずなのに。
「ご主人! 連れてきたニャ!」
「ええ? もう?」
「たまたま近くにいた人を連れてきただけニャんだけど……」
ミャイドの横にいる背の高い人影は、なんとサイレンさんだった。たしかサイレンさんは前にぼくを回復魔法で治療してくれた医療系の人だ。なんと幸運な。
「大丈夫か? ……まったく、どうして君はいつもそう大怪我ばっかりするんだ」
「でも、仕方ないですよ……ぼくがアレガミなんかにかなうわけないですし……」
「アレガミだって!? どういう事だ? 僕はアレガミはおろか魔物の気配すら感じなかったぞ? ……まあいい、今はとりあえず怪我の手当てが先決だ。しかし、困ったな」
サイレンさんは困った顔を見せた。
「最近、カミの討伐が上手くいかなくて魂が不足しているんだ。だから、今は雨魔水晶輪の魔力を十分に補助出来ない状況なんだよ。すなわち、魔法で速攻で治療するのは無理なんだ」
「え…………それじゃあ、ぼくはどうすれば……?」
「おい、猫もどき。君らの族には特製の秘薬があるだろ? 持ってないのか?」
猫もどきというのは、ミャイドの事だろう。確かに見た目は猫と人間の融合体みたいだが、さすがにこの呼び方は良くない。
「誰が猫もどきニャ! 馬鹿にするとボコボコにするニャよ!?」
案の定怒ってしまった。
「はいはい、分かったよ。前言撤回するよ。で? あるのかないのか?」
「ニャ……煎じたものはさっきミャーが使っちゃったニャ……ミールド草そのものならあるんニャけど」
「それでいい。渡してくれ」
ミャイドは着ているジャケットの内側に手を入れると、綺麗なラピスラズリのような色の紅葉の形をした葉っぱを取り出し、それをサイレンさんの手の上に置いた。
「でも、それでどうするんだニャ? 確かにミールド草の回復効果は物凄いけれど、そのまま葉っぱのまま飲んでもとても苦いし、煎じた後よりも本来の回復量を発揮出来ないニャ……」
「いいから、黙って見ててくれないか?」
サイレンさんは手の上の青い葉っぱに雨魔水晶輪を付けてある右手を翳した。
「魔法は使えないが、魔力を使えないという訳じゃない。ミールド草の煎じ方は、とうの昔に熟知してある」
指輪が光りだした。すると、まるで手品を見ているかのようにミールド草が変形していった。最終的には手の平の大きさ程のミールド草はグリンピースのように小さく、丸くなった。
「ミールド草を煎じる専用器具じゃないから苦味は全てはこし取れてはいないが、効果は同じのはずだ」
そう言うとぼくに青いグリンピースを差し出した。ぼくはそれを指で軽く摘むと、口の中にポイッと放り投げた。あまりにも小さかったので、噛む前に喉の奥への入っていってしまった。
「どうだ? 実用性のある薬とはいえ、飲み込んだ瞬間に痛みがひいていっただろ?」
「……本当だ……すごい」
ふと、右腕に視線を移すと、折れていたはずなのにほぼ元通りになっていた。もしこの草が地球に存在していたならば、すごい医療の進歩を果たせていただろう。
「しかしまあ、君は結構アレガミに
「え? どういう事ですか?」
「君の右腕だよ。食堂で見たんだけどね、君は左利きだろう? しかも、その骨の折れ方。前に違うアレガミに骨を折られた人達はみんな治療の難しい複雑骨折だった。だが、君はどうだ? 複雑骨折でもなければ、粉砕骨折でもない。随分と優しいアレガミだな」
「…………」
サイレンさんの言う通り、さっき骨を折られる時にはアレガミは『わざわざ利き手じゃない右腕を選んでやったんだ』と言っていた。何故なんだろう。ただ単にぼくを痛めつけたかったのか、それとも他に明確な目的があったのか……。だめだ。考えるほどややこしくなってくる。
「まあいいさ。じゃあ今日はもう休むといい。いくらミールド草で治療したからといって、動き回るのは良くないからな。明日の朝には完治してるはずだ。……あと最後に、眠っている時に右腕に体重を乗せるんじゃないぞ」
「は、はい。分かりました。色々とありがとうございます」
「ミャーもラミレイ様に用意してもらった部屋に行くニャ。また明日ニャ、ご主人」
二人が部屋部屋から出ていくと、ぼくはもう一度ベッドに寝転び、目を閉じた。
訳の分からない事ばかり起きているが、今一番気になっている事がある。アレガミはどうしてぼくの利き手を知ってる……?
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