30話 救世主

「にゃーーー!!!!!!」


 ぼくの隣からすごいスピードで扉をぶち破って何かが飛び出してきた。それはアレガミの頬を一発殴ると、地面を蹴ってぼくの隣に跳んできた。見ず知らずの獣が入り込んできてしまったのだろうか。だとすると、ぼくはもうダメだ。


「ご主人様!! 大丈夫かニャ!?」


「……え?」


 獣の正体は、ミャイドだった。冷静に考えればさっきの掛け声でもミャイドって分かったはずだが、痛みのせいで思考が回らなくなっていた。しかし、何はともあれ助けは来たんだ。これで少しは安心出来る。


「てめぇ……何者だ?」


「ミャーはミャイド! ご主人様に遣えるミールド族の一人だニャ! よくもご主人を痛めつけて…………許さないニャ!!!」


 あのアレガミに対してここまで強気でいられる彼女の背中はすごくカッコよく見えた。しかも、ぼくを庇って……。初対面の時はただの甘えん坊だと思っていた。だが、その第一印象を覆すように今のミャイドはまるで別人のようだった。


「へぇ……? ミールド族なんて今どき珍しい。少し予想外の助っ人だが、残念ながらこっちにはこういう方法があるんでね」


 途端、アレガミが奇声を発した。あの時の声だ。鼓膜を直接刺激するような痛みに耐えられず、片方だけ耳を塞いだ。


「ギニャ! うぅ~……」


 ミャイドはその場でうずくまってしまった。確かこの声は雨魔水晶輪を身につけていない者が聞くと死ぬとアレガミは言っていた。未だにどうしてぼくにはこれが効かないのか分からないが、苦しんでいるミャイドを見る限りアレガミの言っていた事は本当のようだ。


「やはりお前には効かねぇか。……ふっ、そんな怖い顔すんなよ。なあに、この小娘はまだ殺さねぇよ。さっきも言った通り、俺はじわじわ痛めつけてから殺すのが好きなんでね。だから今の音響声は少し弱めにしておいた。」


 つくづく悪質な奴だ。どうもコイツの考えている事は何も理解できない。理解したくもない。


「けほっ……けほっ……ハアハア…………」


「ほほ~……随分と苦しそうだねぇ? 微弱とはいえ、呼吸困難くらいは起きるからな。なかなか便利な手段だぜ」


 アレガミは不敵な笑みを浮かべながら倒れているミャイドへ近寄ると、すごい勢いで腹部を蹴飛ばした。バスン!! という人を蹴ったとは思えない音が鳴った。ミャイドはまるでアニメのように宙を舞い、数メートル先にドサリと落ちた。そのままお腹を両手でおさえて悶絶し始めた。


「……さて、これで邪魔はしばらく入らない。これでようやく殺せる」


 アレガミが指の骨をバキバキと鳴らしながら近寄ってくる。ぼくはそれを見て血の気が引いた。ぼくはもう、恐怖さえ感じられなくなっていた。


「……お前らは、どうしてぼく達人間を殺そうとする? ぼく達が何をしたっていうんだ?」


 助けが来る時間稼ぎとして、単純な質問を投げつけてみた。……ここでぼくは死ぬ訳にはいかない。さっき未来希とまた再開すると約束したばかりじゃないか。ぼくはなんとしてでも、生きてもう一度元の世界に帰る。自分なりのやり方で、この状況を切り抜けて見せる!


『…………じゃあ、また会える日まで待ってるからね』


 危機的状況に陥ったらこの未来希のこの言葉を思い出して、勇気をもらう。今がその時だ。危うくもう少しで生きる希望を無くすところだった。


「俺達が人間を殺す理由? そんな事聞いてどうするってんだ?」


「へへっ……どうせここで死ぬなら疑問に思ってた事を聞いてスッキリして死にたいんでね。それくらいいいだろ」


「……いいだろう、教えてやる。お前ら人間は昔っから俺達Zザーガ族を嫌ってきた。ただ単に人間とは少し違った遺伝子を持ってるからってな。初めは俺達と人間は仲が良かったんだ。だが、どっかの誰かさんがこのZ族は国を滅ぼす危険があると発表しやがった。それからはブルーレインに行けば今までとは打って変わったように暴言や暴力ばっかよ。それが原因で、俺達のリーダーのZが復讐をする為に俺は手伝ってやってる訳よ」


「どうして、その誰かさんはZ族に危険があると確信出来たんだ? ずっと仲良くやってたんだろ? そして、どうしてお前までZの復讐の手助けをしているんだ?」


「相変わらず小賢しい質問攻めだな。しかもどれも愚問ばっかりだ。さっきも説明した通り、俺達は人間とは違う遺伝子を持ってる。だからZ族は人間よりも治癒能力と俊敏性に優れている。もしそれが悪用されるとなると厄介って話になるからだよ。俺がZに手助けしてんのは同じ種族だからに決まってんだろ? それくらい自分の頭の中で整理しろ」


 まだ色々と聞きたい事……いや、聞き出したい事はあったが、これ以上質問すると何か企んでるのかと疑わしく思われるかもしれない。


「さて、おしゃべりタイムはこの辺で終了だ。そろそろ死んじゃってくれないと困るよ」


 アレガミは鎌を取り出し、ぼくの首に突きつけた。微妙に刃こぼれしたギザギザの感触が伝わってくる。


「最後にお前が一番気になっていそうなその誰かさんの正体を教えてやる。それはこの国の六代目女帝のサヤ・フォールドだ」


 そう言い終えた瞬間、アレガミの後ろで何かが素早く動いた。


「!!」


 アレガミが気づいた時にはもう遅く、ミャイドの渾身の右ハイキックがアレガミのうなじに直撃していた。


「ぐぉぉ…………くそっ、しつこい野郎だぜ! ミールド族だからちょい警戒はしていたが、まさか本当に使ってくるとはな」


「……使う?」


 ミャイドを見ると、先程のアレガミのダメージが全くなかったのようにピンピンしていた。さすがにあれだけ強烈な蹴りを食らってこうも早く復帰できる訳ないのに。


「敵を仕留める時は、ちゃんと相手の先の行動を読んでから臨まないと後から後悔するニャ! ミールド草の薬を飲んだミャーは、さっきみたいに簡単にいくと思うニャよ!」


「あーあ。小娘だからってちょっと甘く見すぎたな。あの薬を使われると少し厄介だが、仕方ねぇな。速攻で片付けるか」


 二人の会話を聞く限り、ミャイドはなんらかの回復薬を飲んだ。それが今後の力にもなる。そういう事でいいだろうか?


「さあ、反撃開始ニャ!」

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