29話 恐怖の夜

「……やっぱり来たか」


 ぼくは窓の方を振り向かず、そのままの状態で言った。顔を見ずとも、それがもう誰かは分かっているからだ。


「ほほぉ? 窓を開けてくれていたなんて随分と気が利くんだねぇ~……ヒヒヒ」


「お前は破壊してまで入ってきそうだから。建物を壊させるくらいなら素直に招待した方がいいだろ?」


「ヒヒ……人間にここまで親切にされるなんて初めてだなぁ。感謝するぜ」


「それはどうも」


 ぼくはベッドから起き上がると、窓の方を向いた。そこには、窓淵に立っているスタイリッシュな姿をしたアレガミがいた。満月を背景に、いい絵になっている。もしこのアレガミが人間で、地球にいたとすれば俳優などで活躍して大ブレイクを果たせるのは間違いないだろう。敵をそこまで褒め称えるのはおかしいと思うが。


「オレがここにまた来た理由は、言わずとも分かってるよな?」


「もちろん」


「じゃあ、早速返事を聞かせてもらおうか。また昨日みたいにここの衛兵が来たら困るんでね」


 ……ここで「魔王討伐に協力する」と答えたら、この後の魔王討伐が少し楽になるかもしれない。だがもし、協力すると嘘をつき、アレガミがここにスパイに来たとすればどうだ? 楽になるどころか逆にこちらの情報が漏れて戦いが不利になる。

 そして、「協力しない」と答えたら、間違いなくぼくは殺される。でも、これに気づいてすぐに誰かが駆けつけてくれるかもしれない。どちらにしろ、リスクは充分にある。しかしここは今朝ルミナさんの言っていた通り、断る。


「……ごめんだけど、ぼく達はお前には協力出来ない」


「断る理由は?」


 アレガミの声色が変わった。その声からは、軽い殺気が感じられた。ぼくは恐怖で涙が出そうになったが、なんとか堪えた。


「それは、お前の事を信用出来ないからだ。昨日の街を破壊した時もそうだけど、お前は敵なんだ。そんな奴が急にこっち側に寝返って協力しようだなんて、話が良すぎるんじゃないか。とてもって訳じゃないけど、ぼくはお前の事を信じられない」


「信頼性……ねぇ。確かにオレにはそれが足りないかもしれねぇが、後々後悔する事になるぜ」


「後悔なんかするもんか。お前なんかいなくたって、ぼく達だけでZを倒してみせる!」


 その瞬間、アレガミが物凄いスピードでぼくの目の前まで飛んできた。


「……撤回はなしか?」


 アレガミは先程とはまた違う低く掠れた声でぼくの耳元に囁いてくる。ぼくの額に、冷や汗が流れた。


「…………なしだ」


 そう言い終わる前に、アレガミはぼくの首を手で鷲掴みにした。もう片方の手には、真っ赤に染まった鎌が握られている。その光景からは、もう殺気しか感じられなくなった。さっきまで呑気に話していたのが、まるで嘘のように……。


「ぐっ……かはっ」


 締め付けが予想以上に強くて声が出せない。なんとか呼吸は出来るが、それでも多少苦しい。どうにか抵抗しようと、ぼくの首を締め付けている腕を両手で掴んで引き離そうとした。しかし、非力なぼくでは力及ばず、呼吸の速さが増していくだけだった。


「……安心しろ、すぐには殺さねぇ。ジワジワ痛めつけてから殺してやる」


 途端、視界が回り、背中から痛みが走った。どうやら思いっきり地面に叩きつけられたようだ。だが、なんとなく予測できていた事なので、地面に衝突する瞬間に受け身をとる事ができてダメージが半減した。


「おい、流石にこんなもんでくたばらねぇよなぁ? もっと楽しませてくれよ!!」


 アレガミはそう叫ぶと真紅の鎌をぼくの左足の太股に振り下ろした。鎌の刃の部分が見えなくなる程深くぼくの肉を貫いた。一瞬、何も感じなかった。しかしその直後、激痛と共に吐き気と目眩が同時に襲ってきた。


「あ…………ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


「ヒヒヒ……いいじゃないか。その悲痛の叫び! もっと聞かせてくれよ!!!」


 あまりの痛さに涙さえも出てこない。出てくるのは叫び声だけ。必死に耐えようとして歯を噛み締めたが、アレガミはそれを察して思いもよらぬ行動にでた。なんと、突き刺した鎌を引き抜いたのだ。鎌のガサツいた刃が肉の部分を擦って突き刺した時とはまた違う痛みが襲ってきた。


「がっ…………あっぐ………………」


 叫ぶのはなんとか耐えれた。正確に言えば、もう意識が朦朧としていて叫ぶ力さえもほぼ残っていなかった。早く、誰か来てくれ。


「あっれぇぇ~? 抜く時はもっと痛いはずだけどなぁー? お前、見た目と違って結構根性あるな。……じゃあ、次は腕の骨でも折ってやるか」


「…………!!」


 アレガミの白い手がぼくの右腕を掴み、どんどん力を強めていく。血が止まるくらいに強く、そして手首から先が全く動かなくなるくらいに強く。


「ありがたく思えよ。わざわざ利き手じゃない右腕を選んでやったんだ。こんなに優しいカミは他にはいないぞ。じゃあ、いくぞ」


 ゴリッという鈍い音が辺りに響き渡った。アレガミが腕から手を離すと、その握られていた場所に関節が一つ増えていた。自分の腕じゃないみたいだった。


「があああっ!!…………くっ……くそ!!」


 ぼくは仰向けになり、折れた右腕を引きずりながら左腕で地面を這って部屋の扉を目指した。


「あひゃひゃひゃひゃひゃ! いいじゃないかその逃げる姿!」


 そんなアレガミの声を無視して扉に向かって一目散に突き進む。……もう少し、もう少しで……。ベッドからこの扉までこんなに時間がかかった事はない。それくらいこの重症で這うのが困難だった。しかし、もうすぐドアノブに手が届く。ここに来るまで追撃をしてこなかったからもしかして見逃がしてくれるのか……?


「おっと、どこにいくんだよ!」


 頭の上を何かが掠ったと思うと、ぼくの伸ばした手の横の壁が砕けて木片が飛び散った。ぼくは反射的に手を引っ込めた。おそるおそるアレガミの方を見ると、鎌を振り終えたような体勢をしていたので真空波を放ってきたのが分かる。やはり、逃がす気は全くないようだ。


「……さて、そろそろ本気で殺るとするか」


「……!!」


 風を切る音が聞こえた。

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