28話 また会える日まで

 それは、紛れもないぼくの幼馴染みの声だった。…………二日間声を聞いてないだけなのに何故か数年も聞いていないように懐かしく感じた。三ヶ月引きこもっていた時は全然そんな事なかったのに。


『ええっと、未来希。久しぶりだね……』


 とりあえず挨拶をしてみた。怒られるということは見え透いているが。


『久しぶりじゃないわよ! あの後ひーくんの姿がどこにもなかったから心配したじゃない! 今どこにいるの? それとこの青い石は何!?』


 やっぱり怒鳴られてしまった。その上激しい質問の猛攻。


『お、おい……少し落ち着いてよ……そう急がなくてもちゃんと一から全部説明するからさ』


 ぼくは未来希に異世界に召喚された事やこれから魔王を倒す事、この世界で起こっていることといまから地球に起ころうとしている事などを全て話した。普通ならこんな非現実的な話信じてくれないとは思うが、未来希なら…………。


『うーん。なんとなく状況は分かったよ。つまり、私は地球を救うためにひーくんに協力すればいいって事?』


 やはり信じてくれた。未来希は人の言うことは基本信じてくれる。嘘をつかないし、人が嘘をついていると疑うこともしないとても誠実な人間だ。これほど物分りが良い人は他にいないだろう。


『そういう事。だから、この青い石が未来希とぼくとの通信グッズになるから出来るだけ肌身離さず持っててくれよ』


『分かったわ。それと、最後に一ついいかな? ひーくんは、この魔王との戦いが終わったら、地球に戻って来るんだよね?』


 心臓が、一度だけ息が止まりそうになるくらい強く高鳴った。ぼくにとって、一番聞かれたくない質問だった。しかし、ここはやむを得ん。


『…………も、もちろんだよ! 帰ってくるに決まってるじゃないか!』


『ホントに!? 約束だからね! …………じゃあまた会える日まで待ってるからね』


 未来希がその言葉を言い終わると、雨魔水晶の光が少し弱まり、話しかけても返事が無くなった。


「相手が雨魔水晶を手から離したようですね。会話出来るのは手に触れている時のみです。また話したい時には先程と同じように相手の事を強く想うと地球側の雨魔水晶が光って知らせてくれるはずです。……しかし、よかったんですか?」


「え? 何がですか?」


「ヒロさん、地球に帰ってくるって言ってたじゃないですか。しかし残念な事に魔王を倒してもヒロさんは地球には戻れないんですよ……?」


「……………………え? それ本当ですか……?」


「ごめんなさい! 隠すつもりはなかったんですけど……言うタイミングがなくて……」


 なんてこった。ぼくはてっきりずっと地球に戻れるのかと思っていたのに。という事は、ぼくはもう未来希には会えない……?


「……この事を先に言わなかったのは少々許しがたいですね」


「本当にすみません……これは許されなくて当たり前です。しかし、どうかZだけは倒して下さい!」


「誰もZを倒すのに協力しないとは言ってませんよ。どっちみち戻れないなら、何もしないより協力した方が断然良いじゃないですか。なにより、一番初めに魔王退治を約束しましたからね。ぼくはもう後に戻る気はありませんよ」


「!! ……ありがとうございます!」


 そう。今は地球に戻れないことを悔やんでいる場合じゃない。こうしている間にも地球に被害が出るかもしれない。とにかく今は、一刻も早くZを倒さないといけない。


「ではぼくは部屋にミャイドを待たせているので行きますね」


「はい。今日はゆっくり休んで下さい。ではおやすみなさい」


 ラミレイさんは申し訳なさそうな顔を無理矢理笑顔に変えてそう言った。なんだかこっちまで申し訳なくなってくる。ラミレイさんのあの顔はどう考えても反則だろ……。


 ぼくは手に持っていた雨魔水晶を再び胸ポケットへしまうと、ラミレイさんに軽く礼をして部屋を出た。そのまま来た道を戻り、いつもの寝室へと向かった。




 寝室の扉の前に立つと、ある事に気がついた。最初からそうだったのかは分からないが、扉にルミナさんの部屋と同じように『カミカゼ・ヒロ』と刻まれていた。その刻まれた名前を上から少し人差し指でなぞってみると、人差し指に小さな木屑が点々と付いた。この事から、まだ彫って間もない事がわかった。多分ぼくが今日任務に行っている間に専門の人とかが彫ってくれたのだろう。


「……ってか、ここぼくの部屋だったのか」


 この部屋はルミナさんの部屋よりも一回り……いや、二回りくらい広いので、ぼくの部屋の準備ができるまでの仮の部屋かと思ってたが、まさかここが本家だとは思わなかった。毎回何気なく出入りしている部屋だが、今回は謙虚の気持ちを抱きながら入室する事にした。


 部屋の中は、当たり前だがいつもと変わらぬ景色が広がっていた。しかし、ミャイドの姿はどこにも見当たらなかった。


「……あれ? どこ行ったんだろう? 散歩でもしてるのかな…………おーい! ミャイドー!」


 一応名前を呼んでみた。しかし、ミャイドからの返事はなく、発したぼくの声が辺りに無駄に響いただけだった。


「まあ、その内戻ってくるよね」


 ぼくはそろそろ眠ろうと扉の隣にあるスイッチを押して部屋の電気を消した。それでも、窓から射し込んでくるほんの少し欠けた月が部屋を照らしていて充分明るい。部屋の鍵はいつミャイドが戻ってくるか分からないから開けたままにしておこう。次に、扉の前から窓まで移動すると、鍵を外して全開にした。

 それと同時に、室内に肌を刺すような冷たい風が吹き込んできた。カーテンもバサバサとその風に抵抗するようにはためいている。ここの窓を開けたのは、奴が入って来やすいようにだ。本当はこの部屋に入らさせたくもないのだが、仕方がない。例え敵であれ、約束したんだ。『また明日来る』と。


 ぼくは意を決し、ベッドに潜り込んだ。…………来るなら来い。


 しばらく部屋の入口の方を向いて毛布にくるまっていると、目の前に人型の影が現れた。

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