27話 雨魔水晶の力

 ルミナさんの階段を下っていく足音が消えるのを待って、ぼくは任務ボードの前へ歩き、自分の名前の書かれた紙を探した。また時間がかかるだろうと思いきや、意外にもすぐ見つける事が出来た。…………とは言っても、初めに見た部分に偶然あっただけだし、運が良かっただけだ。ただでさえ運があまり良くないのにこんなチンケな事に運を消費するなんてもったいなすぎる。


 そう少ししょげながら任務用紙に手を伸ばす。それを手に取ると、受付嬢の元へ向かった。


「毎度毎度すみません…………。これの任務内容を教えてくれませんか?」


 ルミナさんに文字を教えてもらうように頼むのをすっかり忘れてしまっていた。出来れば今日中には勉強したいが。


「いえいえー。そう気にしないで下さいよ! あなた達の任務を陰で支持するのが私の役目ですから!」


 受付嬢は笑顔でそう言うとぼくから用紙を受け取り、それに目を通した。


「…………これは今朝と似たようなような任務ですね。ただのお手伝いです。場所は訓練場で、時間は午前九時ですね」


「なるほど。ありがとうございました」


「ところで、お昼受託した任務用紙はお持ちですか? ルミナさんに教えるの、大変だったでしょう」


 一瞬、受付嬢がクスリと笑ったような気がした。ルミナさんの泳げない事を思い出したのだろう。


「いえ、すぐ慣れてくれてあまり手間はかかりませんでしたよ。これ、任務用紙です」


「本日もお疲れ様です。まだ兵士になりたてなのに一日に二つも任務を済ませるなんて。普通なら任務をやらない日もあるくらいですのに」


「いえいえ。時間があったので先にやるべき事をしただけですよ。あなたこそお疲れ様です」


 任務をやらない日があるなんてそれはただのサボりじゃないか。それよりも、ぼくはいつの間に兵士になったのか。


「今頃気づいたのですが、名前をお教えしてませんでしたね。私、フィルマと申します。改めてよろしくお願いしますね」


「ぼくはヒロです。よろしくお願いします」


 ぼくが名前を教える必要は無かったが、自己紹介をされるとこちらも自己紹介で返さないと相手に悪いような気がする。


「新しい任務、今で判を押しておきましょうか?」


「はい。お願いします」


 フィルマさんは引き出しから判子を取り出すと、任務用紙に強く押し付けた。少し間があって、判子を用紙から離すと、赤い紋章のマークがキレイに写っていた。そしてフィルマさんが笑顔でそれをぼくに差し出すと、ぼくも軽く微笑んで受け取った。


「ぼく、ラミレイさんに呼ばれているのでそろそろ行きますね」


「分かりました。では、また明日」


 フィルマさんが深くお辞儀するのを見ると、ぼくは彼女に背を向けて受託室を後にした。




 長い階段を降りて廊下に出ると、まるで歓迎されているかのように壁にズラッと並べられたランプに明かりが灯り、時間差で天井にさげられた大きなシャンデリアも輝きだした。よく見てみると、このシャンデリアは隅から隅までダイヤモンドでできており、色んな角度に光が屈折して眩しすぎるくらいだ。これだけを作る為に、一体どれ位の費用を費やしたのだろうか。


 そういえばぼくのいつも寝ている寝室にもこれと似たような物が設置されていたはず。…………この城にはどれだけの財産があるんだ。なんだか末恐ろしい。


 「ふあぁぁぁ~…………眠いな」


 いきなり大きなあくびが出てきた。今日は色々と動きすぎた。明日は全身筋肉痛確定だな。

 そんな事を考えながら約束されていたラミレイさんの部屋へ向かう。気のせいだろうが、なんだか足が重い。これも筋肉痛の前兆だろうか。…………とはいっても、別に歩く事自体に支障がある訳ではないので問題は無い。


 廊下を奥へ奥へと進んでいく。この間はずっと無心だったからか、すぐに玉座の間の前に着いた。すると、いつものようにまた自動的に扉が開いていった。三日間もこの世界に滞在していたらなんとなくこの扉の仕組みも分かってきた気がする。今まではただのオシャレだと思っていた扉の模様は実は魔法陣の役割をしていて、扉の前に人が立つと反応して開くという仕組みになっているのだろう。しかしあくまでこれは推測で、実際にこうと断定してはいない。


 玉座の間は、何故かとても冷えきっていた。外はあんなに暑いのにどうしてだろうか。ぼくは少し身震いしながら、今朝行ったラミレイさんの部屋への道順を思い出しながら歩みを進めた。


「ラミレイさーん」


 部屋の扉を開けて呼びかけたが、返事は返ってこない。


「…………あれ? いないのかな」


 何かあったのかな。そう思いながら部屋に足を踏み入れると、すぐにその心配をする必要はないと分かった。ラミレイさんはテーブルに倒れ込むようにして眠っていた。


「なんだ。寝てただけか…………」


「…………んん、……………………あ、ヒロさん。おはようございます」


 ラミレイさんが体を起こして目をこすりながら言う。…………これが、女帝様の寝起きか。なんとも美しや。


「まだ朝じゃないですよ」


 ぼくが小さなツッコミをいれると、彼女は微笑みを浮かべた。その顔を見ると、何故だか少し嬉しくなった。


「すみません。私からお呼びしたのに眠ってしまって」


「いえいえ、そんなとんでもない! ラミレイさんは色々と忙しくてお疲れでしょう。それなのに仕事の時間を裂いてぼくに雨魔水晶の使い方を教えてくださるなんて申し訳ない限りですよ!」


「ふふ、今日はあまり仕事がありませんでしたので逆に暇だったくらいですよ。…………では、早速本題に移りましょうか。雨魔水晶は持ってます?」


「はい。もちろんです」


 ぼくは胸ポケットから青い宝石を取り出し、ラミレイさんによく見えるように手のひらの上に乗せた。相変わらず純粋な透き通った青い光を放っている。


「では、いまからヒロくんの気を、雨魔水晶を通じて地球の人一人と連結させます」


「えっと、ぼくは何をしたら良いのでしょう?」


「まずは軽く目を閉じ、あなたのいた世界で最も信頼できる人を心に強く思い浮かべて下さい」


 一番信頼出来る人…………。普通なら親にするのが妥当だろうが、ぼくの場合そうではない。母さんは今から四年前に浮気が発覚して父さんと離婚してから家事などの事を一切しなくなった。ぼくが学校を休んでいる間も、一度も口を聞いてくれなかった。だから、母さんはダメだ。父さんも信頼は出来ない。…………となると、やはりぼくが信頼できる人は一人しかいない。


「…………思い浮かべました」


「そうしたら、雨魔水晶を手で思いっきり握って下さい。思い浮かべた人は、そのまま思い続けて下さい」


 ぼくは雨魔水晶が手にくい込んで痛くなる程強く握った。ラミレイさんの冷たい手が、ぼくの握り拳を包んだ。するとなにやら呪文のようなものを小声で唱えた。小さすぎて、何を言っているのかははっきりとは分からなかった。


 途端、雨魔水晶が手の中でこれまでに無いくらいの輝きを放ちだした。目をつぶっているが、指の隙間から漏れてくるその光は瞼の裏からでも分かるくらいだった。


「まだですよ。目は開けないで下さい」


 ラミレイさんがそう言ったと同時に、手の中で何かが砕けた感触がした。ぼくは反射的に目を開けた。


「…………成功です。これで連結が完了しました」


 手を開くと、輝きは元に戻っており、先程よりも雨魔水晶が一回り小さくなっていた。錯覚ではない。


「雨魔水晶の欠片を、あなたの思い浮かべた人の元へ送りました。これでいつでも話す事が出来ます」


「話す…………? 地球の人と話が出来るんですか!?」


「はい。そのための連結ですから」


 これは、ますますあの人にして良かったと思う。今すぐにでも話したい。


「雨魔水晶に触れている間、会話をする事が出来ます。一度試してみてはどうですか?」


「分かりました」


 ぼくは手のひらに乗っている青い宝石へ話しかけてみた。


『…………み、未来希?』


『……………………え? ひーくん…………?』

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