14話 いざ、人生初の子守!
二人の眠っている乳幼児を目の前にして佇むぼく。いつ起きて泣き始めるのかと考えると頭が熱くなってくる。しかし、先程ガルートさんがあんなに大きな音をたててドアを叩いて起きなかったから、相当寝つきが良いと思われる。
する事が無かったので、ぼくは部屋の閉め切られて汚れた空気を入れ換えするため、寝ている赤ちゃんの横の窓を開けた。
その瞬間、冷たい風が吹き込んできた。さっきは微風も無かったのに。この世界の気候がまるで分からない。
赤ちゃんが小さいくしゃみをした。ぼくはそれにビックリして反射的に窓を閉め切った。閉める際に大きな音が鳴ったので、これはまずい、と思いながら赤ちゃんの方に視線を移した。
「……嘘だろ」
二人の赤ちゃんは寝たままぱっちりと目を開けていた。すると、ほぼ同時に二人が体を起こし、ぼくの方を見るなりキャハハと高い声で笑った。
「は、はははは……」
ぼくも笑って返した。起きてしまったが、泣いていないのが幸いだ。と、思って少し安心していると、いきなり二人の笑顔が崩れ、涙目になってきた。
「え、ちょっと、嘘でしょ……?」
不幸なことに、予想は当たってしまった。二人は声をあげて泣き始めた。
「でえええ!?ちょっと待って!泣いてはいけない!!」
言葉の通じない子供に一生懸命アピールするが、もちろん伝わる訳もなく、無駄にアピールする体力を使っただけだった。
とりあえず先程ゼノさんに言われた通りにまずは抱っこをする事にした。ひとりの赤ちゃんにゆっくりと手を伸ばし、両脇を両手で支えて持ち上げた。いや、どう考えてもこれは猫を抱っこする時の持ち方に等しい。人間ではキツイだろう。そう思い、赤ちゃんを床に降ろそうとすると、ちっこい足の蹴りを顔面に食らわせてきた。
「痛て!暴れないでー!」
ぼくはそのまま床へ降ろした。その時、奥の部屋からやかんの沸いたような音がした。
ダッシュしてその部屋を見に行くと、キッチンだった。コンロの方を見るとやはりこの音の正体はやかんの音だった。火が付けっぱなしで、蓋の周りから水が垂れてきてしまっている。
コンロに近づき、ツマミを回した。火が止まって、安心してため息をついた。ゼノさん、コンロの火くらい消してから出かけて欲しかった。放っておいたら最悪の場合火事になっていたかもしれないのに。
また赤ちゃんの泣き声が聞こえる。ぼくはまたダッシュして元いた部屋に戻った。そしてそのままの勢いで赤ちゃんを抱き上げた。それが怖かったのかもっと大きな声で泣き出した。
「ごめんごめん!泣かないで!」
ぼくは最終手段、ミルクの入った哺乳瓶を手に取った。全部で三本用意してあった。これが全て無くなるとぼくは泣き地獄行きという事か。
小さい口に哺乳瓶の先を当てる。すると赤ちゃんは自分からかぶりつき、ミルクを飲み始めると泣き止んだ。しかしまだ安心はしていられない。あと一人残っている。
その子の方へ歩み寄り、哺乳瓶をあと一本掴んでそれを差し出した。また飲み始める。
体勢がキツい。片方の腕で一人抱きながら指で哺乳瓶を支え、もう片方は哺乳瓶を掴んで口の前で固定している。飲み終わるまでこの体勢がもつはずがない。しかし、根性だけで乗り越えてみせる。
キツさで腕が痙攣し始めた頃、哺乳瓶が空になった。すると、抱いていない方の赤ちゃんがぼくから哺乳瓶を取り上げ、投げ始めた。それは天井近くまで飛んだ。なんて肩の力が強いんだ。
ぼくは抱いていた赤ちゃんを床に寝かし、空中を舞っている哺乳瓶に手を伸ばしたが、僅かに届かず飾ってあった花瓶に直撃し、花瓶は床に落ちて割れてしまった。
「ええええ!?何て事するんだよー!」
ぼくは両手で頭をかかえた。この惨事を招いた張本人はきゃたきゃたと笑っている。そっちは単に遊びでやった事かもしれないが、こっちからすれば弁償ものだ。どうしてくれるんだ。
「あらら……大変そうですね」
「え?」
窓からルミナさんが覗いていた。窓淵に頬杖をついている。
「えっと、どうしているんですか?」
「今日は任務が無かったんです。久々の休みなので、ちょっと様子を見に来ました」
確かに、いつもの任務をいている時の服装とは違う。白いシャツにショートパンツを履いている。休みの日はルミナさんこんな軽装をするのか。
「わざわざありがとうございます。なんか、凄く恥ずかしいです」
「ふふ、そうですか?こうおっちょこちょいなヒロくんは私は好きですよ」
その優しすぎるコメントに体が硬直する。
「……ん?どうしたんですか?」
「あ、いえ。何でもありません、あでっ」
頭に哺乳瓶が当たった。もう一人の方が投げたようだ。
「じゃあ私はこれで」
ルミナさんは手を振ってこの場を去っていった。出来ればこの任務が終わるまでいておいてほしかったが、休みでもルミナさんはやる事があるのだろう。
「お疲れ」
ゼノさんが帰ってきた。もう一時間経ったのだろうか?まだ三十分も経っていないような気がするが……。
「あ、あは。お帰りなさい」
「買い物が予定より早く終わったんでね。って、顔近くない?」
そりゃあ、こんな荒れた部屋を見せる訳には……。ゼノさんはぼくの手に触れた。
「いやいや、別にいいんだよ。もしかしたら壊すかもしれないとは思っていたから」
「……え?なんの事?」何故バレているのだろう?とりあえずとぼけてみた。
「いや、隠さなくてもいいよ。僕は人の過去を読み取れる。いわばサイコメトラーなんだよ」
なんて事だ。よりによってゼノさんがサイコメトラーだとは。ぼくは観念してゼノさんに深く頭を下げて謝罪した。しかしゼノさんはクスリと笑った。
「だから気にしないでいいよ。それよりも、任務ご苦労様。これ報酬」
そう言ってゼノさんは封筒をぼくに差し出してきた。ぼくはそれを受け取り、中身を取りだした。銀色のメダルが三枚入っていた。
「……お金?」
「そうだよ。もしかして、この世界のお金については分からないの?」
「ガルートさんとかが使っていたからお金だとは分かったけど……特にお金についての説明はされてないよ」
「銅貨と銀貨と金貨の三種類だよ。単位は銅貨がB、銀貨がS、金貨がGになってるよ。今僕が渡したのは銀貨が三枚だから3Sという事」
「なるほど、ありがとうございました」
「じゃあ、また機会があったら任務申告するから、その時はまたよろしく」
ぼくはゼノさんの家から出た。ただ子供の面倒をみてただけなのに結構疲れてしまった。でも、手のひらにる三枚の銀貨を見ていると、少し嬉しい気持ちがこみ上げてくる。
高校になってバイトをしていなかったので、自分でお金を稼ぐという事が無かったからだろう。やはり地球と一緒でこの世界も任務をこなしてお金を貰って生活しているのかと、親近感を感じた。
「うう、お腹空いたな。折角だし、早速銀貨使ってみよ」
ぼくは近くの食堂らしき場所に入った。
「へい、らっしゃい」
ビンゴだ。中はたくさんのテーブルと椅子が並べられており、向こう側に見える調理室からはいい香りがする。
「お、ヒロ!お前も飯か?こっちこいよ」
聞き覚えのある声がして、振り向くとガルートさんが少し奥の席で手招きしていた。ぼくはそれにつられるようにガルートさんの元に足を進めた。
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