15話 修羅場と化した食堂

「ガルートさんも昼食ですか?」


 そう言ってガルートさんの隣の椅子に座る。お城の大広間の椅子と同じで、ゴツゴツしている。


「も、という事はお前も昼食だな?だが、ここはそうのんびり飯が食えるような場所じゃないぞ」


「え?どういう事です?」


「確かに、ここは普通の食堂ではあるが、いつの間にか暇人のたまり場になってて騒がしいんだよな……」


 室内の奥の方を見ると泥酔した輩達がテーブルの上に乗って変な踊りをしたり、酒の一気飲みしたりと本当に騒がしかった。

 健康的に、酒の一気飲みはガチの方で良くないと思う。注意したいという気持ちがあったが、あんな集団に割り込む勇気なんて微塵も無かった。


「全く……俺はここの常連なんだが、ああいうのは本当に呆れるよ……俺も騒いだりするけどあんなにまでは流石に出来ないな」


「どうして彼らはこんな真っ昼間からお酒を飲んで騒いでるんですか?あんな事をする暇があったら任務でもしたらいいのに……」


「あいつらに任務なんてねえよ。任務を受けれるのはラミレイ様に遣えている者だけだからな。言わば無種族だろう」


「無種族?」


「誰にも遣われてない人間のことさ。ちなみにお前はラミレイ様に遣われているから無種族じゃないからな」


 なるほど。つまりはニートという事らしい。しかし、収入が無いのにあの酒を飲むお金はどこから湧いてくるのだろうか。


「ま、それはおいといて、何か注文しろよ。お前の初めての一人任務成功記念だから俺が奢ってやるよ」


「ありがとうございます。少し記念の名前が長い気がしますが……」


「ハッハッハ!!まあ気にすんな」


 ガルートさんは何やらご機嫌のようだ。何かいい事でもあったのだろうか?


「あの、何か注文しろと言われても、ぼくこの世界の料理は知らないですよ。何か、オススメはありますか?」


「おう!とびっきり美味いものがあるぞ! おーい、店長!あれ一つ!」


「わかりました」


 ガルートさんがここの常連というのは確かに本当のようだ。あれというだけで何を作れば良いのかここの店長は把握している。さて、どんな料理が出てくるのか楽しみだ。


 そうワクワクして料理を待っていると、入口の扉が開く音がした。そこからルヴィーさんがひょこっと現れた。


「おお、ガルート、やっぱりいたのか。……って、ヒロてめぇ!昨日の一件は忘れてないだろうな? ああ?」


「ええええ!?すみません!本当にあれは不可抗力で下心なんて全くなかったんです!ただ男湯と間違えて……」


「あ、なんだ、そうだったのか」


「……え?」


 ルヴィーさんの強烈なグーパンチがとんでくると覚悟していたが、何故か納得したような顔をしている。


「間違えは誰にだってあるさ!だけど、アタシの裸、今すぐ記憶から抹消しろ」


「そんな無茶な!」


 と、言いつつも記憶から彼女の裸体を消し去ろうとするが、そう思えば思う程どんとん溢れ出てきて、顔が熱くなる。


「すみません!無理です!」


 そう言った瞬間にまた扉が開いた。今度は誰だろう。


「やれやれ。ルヴィー。そう慌てて来なくても、料理は逃げないぞ。おや、ヒロさんもいましたか」


 サイレンさんだ。どうやら二人も昼食目当てらしい。


「そうだった!サイレン! 早く注文しよーぜ。店長!いつもの二つ!」


「あいよ」


「まったく……女として恥ずかしくないのか」


 サイレンさんが紫色の髪を指で掻きながら言う。ガルートさんも呆れたような顔をしている。


「隣座るぜ!」


 ルヴィーさんがどっこいしょとばかりにガルートさんの隣の席に座った。ルヴィーさんは性格がもうちょっと女性寄りなら地球では超人気アイドルになれそうなくらい可愛いのに、もったいない。

 サイレンさんはぼくの隣に座った。


「ヒロさん、ちょっといいですか?」サイレンさんに呼ばれる。


「はい、何でしょう?」


「あなたから雨魔水晶の気が感じ取れるんだが、雨魔水晶輪でも預かったのか?」


「いえ、預かってませんけど……多分これじゃないですか?」


 ぼくは胸ポケットから青い水晶を取り出した。


「……え? まさか、それは雨魔水晶の本体……?」


「そうらしいですよ」


「なるほど。雨魔水晶を授かる程、お前はこの世界では貴重な存在という訳か」


 ぼくは雨魔水晶を再び胸ポケットにしまった。ルヴィーさんが飛びついてくるかと思っていたがガルートさんとの話に夢中になって気づいてないようだった。


「使い方は、もう分かるのか?」


「いえ、今夜教えてくださるそうです」


 サイレンさんは人差し指でメガネをチョンと押し、「そうか」と小さな声で言った。


「へい!待たせたね!」


 そんな大きな声が聞こえたと思うと、目の前に丼ぶりが置かれた。

 それは、とてもきつねうどんに似ていた。よくダシのとれていそうなスープに少し太めの麺。その上に薄揚げのような物が二枚とネギがのっている。


「美味しそうですね!」


「だろ?食べてみろよ!」ガルートさんがフォークを差し出す。


 ぼくはそれを受け取り、丼ぶりの中に入れ麺をすくい上げた。それだけで香ばしい匂いがする。そのまま口へ運んでいき、すする。


「はは、面白い食べ方だな」


「日本ではこれが普通なんですよ」


 美味い。もっちりとしていて、噛みごたえがある。味はやはりきつねうどんに近かったが、いつもたべているものとは少しだけ違う感じがした。


 もう一口食べようとすると、なんだか奥の方がさらに騒がしくなった。


「ん?」


 何だろうと思い、そこに目を移した。


「なんだてめぇ! やんのか?」


 ケンカだ。なんとも恐ろしい。こんな予想だにしない事を起こすからぼくは酔っ払いは嫌いだ。


「まーた始めやがった。今日こそガツンと一発いってくるかな」


 ガルートさんは立ち上がって酔っ払いのケンカに割り込んでいった。


「おい、もう少し静かにしろ。他の客に迷惑だろが」


「あーん? なんだよ兄ちゃん、アンタには関係ないだろ」


「話聞いてるか、お前」


「うるせぇ!」


 そう言って酔っ払いはガルートさんの腕を殴った。どうしてこう、異世界の人はケンカっぱやいのだろうか。昨日のルミナさんとルヴィーさんの件といい……あれはぼくのせいだけど。


「ありゃりゃ。やっちゃったなー」ルヴィーさんが言う。


 ガルートさんはテーブルを持ち上げ、床に叩きつけて威嚇した。


「それだけでビビるかよ!」


 乱闘が始まってしまった。巨体のガルートさんに大勢の人がたかる。しかしガルートさんはそれをもろともせず振り払っていく。


「ヒロ、店出てた方がいいよ」


「え?どうし――」


 そう言いかけた瞬間、ぼくの顔スレスレに酒瓶が飛んできた。


「こういう事。アタシ達は防御魔法で守れるけど、ヒロは魔法使えないし」


「分かりました。とりあえず外に出ておきます」


 ぼくはまた瓶が飛んでこないかと警戒しながら食堂から出て、壁にもたれて騒動が治まるのを待った。

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