13話 まさかの任務

 「あれ」


 受託室には、任務受付係の人と、紙のたくさん貼られているボードを見上げる全身に白い布をまとった人がいるだけだった。

 昨日はあれだけ賑やかだったのが噓みたいに思える。ぼくは任務を確認すべく、ボードに近づいた。


 「おはようございます。ぼくは先日召喚された人間で、ヒロといいます。よろしく」


 白い布を纏った人に挨拶をしてみた。顔は隠れて分からない。


 「…………」


 白い布を纏った人は何も言わず受託室を去っていった。照れ屋なのだろうか。

 ぼくは気にしないでボードを眺めた。相変わらず訳の分からない文字が上から下にズラリと並んでいる。任務の数が多すぎて、他の任務が下に埋まってしまっている物もあった。


 ぼくはそこから自分宛の任務を必死に探した。昨日受けた任務の紙に書かれていた名前の書体は覚えている。

 探す事数分、やっと自分の任務を見つける事が出来た。任務内容を確認しようとしたが、全く読めなかった。任務内容が分からないまま、任務受付係に紙を渡した。


 「はい、承りました……ってあれ?あなた、前回の任務用紙がまだ届いていませんね」


 すっかり忘れていた。ぼくは前ポケットから紙を取り出した。それを見て一瞬ギョッとした。任務用紙は血で汚れて、カピカピになっていた。昨日アレガミに受けた一撃の時に付いたのだろう。ふと、ふくらはぎの方を見ると、布が一直線にスッパリと切れていた。その周りも血でシミが出来ていた。

 新調のズボンだったはずなのに、すごく申し訳ない。


 「えと、これです。汚れてしまっていてすみません……」


 「大丈夫ですよ。こういうのはよくある事ですから」


 よくある、という事が逆に怖い。ここの兵士達は、一体どんな修羅場をくぐり抜けてきたのだろう。


 「はい、どうぞ」


 係の人は用紙に判を押してぼくに渡した。


 「ありがとうございます」


 ぼくは任務用紙を前ポケットに入れ、受託室を出た…………が、文字が読めないので任務場所がどこか分からない。また、ルミナさんを探す事にした。


 昨日と同じように城内を走り回る。近くの曲がり角を曲がると、何か硬いものにぶち当たった。そのままぼくは跳ね返され、尻もちをついた。


 「いででで……何?」


 「よう、ヒロ。曲がり角を曲がる時はちゃんと注意しないとダメじゃないか」


 「あ、すみませんでした」


 硬いものの正体はガルートさんだった。相変わらず銀色の鎧を着ている。ぼくは立ち上がった。


 「丁度良かったです。これ、何て書いてあるんですか?」任務用紙をガルートさんに見せた。


 「そうか、お前は字が読めないんだったな!…………おお、良かったな。まともな任務だ」


 「どんな任務ですか?」


 「『子供の面倒見』だ」


 「……は?」


 あまりにまとも過ぎる任務にビックリした。てっきり、任務のジャンルは戦闘だけかと思っていた。


 「依頼人はゼノか。丁度いいな!俺もゼノに用があったんだ!ついでにまた担いで連れてってやるよ」


 またあの地獄のような空気抵抗を受けるのか。しかし、場所が分からない為、同行させてもらうしかない。

 ゼノという人は確か、ぼくがラミレイさんに初めて会ったときに聞いた名前だ。思ってみれば、一度も対面した事はない。


 「よ、宜しくお願いします……」


 「よし、じゃあ早速行くか!」


 「え、ぼくはまだ任務開始まで時間があるんですが……」


 「気にしない、気にしない。それまでゼノとおしゃべりでもしてろよ!」


 ガルートさんはドスの利いた声で笑いながらぼくをヒョイと持ち上げ、そのまま疾走した。


 「あやややややや」


 わざとではなく、本当にこんな声が出てしまう。

 あっという間に城外へ抜けた。こんな重そうな鎧を着て、よくこんな速く走れるものだ。


 「おっと」


 ガルートさんがいきなり足を止めた。


 「ふぇ……?どうしたんですか」


 「お前、朝ごはんは食べたか?」


 「いえ、まだですけど……」


 「それは大変だ!今すぐ買ってきてやる!その辺の売店にナーハススティックがあるはずだ」


 ガルートさん、健康的。いつも寝坊して朝ごはん食べずに学校へ行くぼくとは大違いだ。


 「ちょっとここで待ってろ」


 ぼくを地面に下ろした。担がれて移動していたからか長時間自転車に乗った後歩くと自分の足で歩いているように感じない時のような感覚が発生した。

 ガルートさんは十秒程度で戻ってきた。


 「ほら、これを食べろ」


 そう言って差し出した物は銀紙で包まれた長方体の物体だった。


 「あの、これ何ですか?」


 「これはナーハススティックって言って、簡単に摂取出来る栄養補給食だ」


 「そうですか。では、いただきます」


 ぼくはナーハススティックを受け取り、銀紙を丁寧に破いた。すると、ペールオレンジの本体が露わになった。銀紙をポケットに押し込むと、ナーハススティックにかぶりついた。少々苦い。どこかで食べたことのある味だった。


 「……えっとこれ、チールの実が入ってます?」


 「おお、よく分かったな。チールの実は脳を活性化させる成分を含んでいるんだ。ナーハススティックには他にもいろいろ栄養成分が入っていて、朝ごはんにはうってつけの食べ物って訳さ」


 異世界にもこんな便利な食べ物があるのか。何本かストックしておきたい。

 そのままもぐもぐ食べ続ける。チールの実を単品で食べている時より旨みが加わって美味しいが、ものすごくパサパサしていてせてしまった。


 「おいおい、ゆっくり食べろよ」


 ガルートさんはぼくが食べ終わるまで待っててくれた。


 「ごちそうさまでした。ありがとうございます」


 「よし、じゃあ出発するぞ!」


 またぼくを担いで走り出した。


 数分経つと、ガルートさんが少しカッコつけ気味にブレーキをかけ始めた。


 「ほら、着いたぞ」


 着いた先は、ごく普通の民家だった。壁の塗装は少し剥がれ、ガタがきている。一体、築何年なのだろうか。


 「おーい!ゼノ!いるか?」


 ドアをドンドンと叩き始めた。その度にドアから木屑がポロポロ落ちている。老朽化の進んでいる家のドアを躊躇なく雑に叩くなんて、鬼だ。

 すると、中から人が出てきた。


 「止めてくれ。ドアが壊れる。君は加減を知らないのか?」


 まさに、ぼくが思っている事と同じ発言だ。


 「おお、すまん」


 「で、なんか用?」


 「俺はラミレイ様に頼まれて書物を持ってきたんだ。で、本命はこっち。ヒロが、お前の任務受けに来たんだとよ」


 「ありがとう」男の人はガルートさんから書物を受け取った。


 「あの、ガルートさん、この方がゼノさんですか?」小さめの声で言った。


 「そうだ。サイレンと同じで主に魔法を使う戦闘スタイルをしている。じゃ、用は済んだから俺は帰るぜ」


 「ご苦労様」


 遠ざかっていくガルートさんにゼノさんは手を振って見送った。やがてガルートさんが見えなくなると、ゼノさんはこちらを向いた。


 「よろしく。僕はゼノ。君は任務を受けるのが早いね。信頼が持てるよ」


 「はい、お褒めの言葉、ありがたいです」


 「敬語は無しでいいよ。僕はまだ十五だし、年下に敬語使うのって気が引けない?」


 「そうですね。分かりました」


 と、言ってるそばから敬語になっている。


 「僕は今買い物に行きたいんだけど、一昨日いとこから赤ちゃん預かっちゃってさ、明日まで面倒見ないといけなくなったんだよ。だから、僕が買い物から戻ってくるまで、見ててくれないかな?」


 「了解」


 「一時間くらいで戻ってくるから。泣いた時はとりあえず抱っこ。それで泣きやまなかったらお腹が空いてると思うからテーブルに置いてあるミルクをあげて。じゃ」


 ゼノさんはぼくを残して出かけた。

 正直、子供の面倒を見た経験が無い。とりあえず言われた通りにしておけば何とかなるだろう。今の所二人の赤ちゃんは気持ち良さそうに眠っている。出来れば、このまま起きずに時が過ぎてほしい。そう信じてる。

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