第71話 地域の変貌

  「益田さん、大変じゃったねえ。よう頑張った」

道場に出れるようになった広志に、先生方が声を掛けてくれた。


輸血に駆けつけてくれた若い衆が、満面の笑顔で

「良かった、良かったぜ。ほんまに一時は、どうなることかと

心配したぜえ」


 以前のような激しい稽古は出来なくなったが

それでも、道場の稽古は格別であった。


 森先生が傍に来て

「子供達も心配してる。いっぺん火曜日の晩に

 出て来まい」と言ってくれた。


 火曜日の夜は、道場に10人以上の豆剣士と

ご父兄が待っていてくれた。


 皆、広志の回復を祝ってくれて

「増田さん、体調を見ながら、少年剣道にも出て来て

 いろいろ教えてあげて」

お母さん方にも声を掛けられた。


 数日後、広志は、森先生に相談して

1級、初段の審査を受ける申請を出した。


 子供達を指導する上では

公式の資格も必要との認識であった。


「受けまい 受けまい。それを

言おうと思いよったんよ。

丁度良かったわあ」


 広志は、一気に初段を取得し

その1年後に2段となった。


 火曜日の夜は、少年達と共に汗を流した。


 当初、地区大会でいつも最下位であった

チームが、1年ほどで見違えるように

強くなって来た。


 特に、技以外の、作法、礼法の所作が、すごく良く出来ていると

誉められた。


明るい大きな声が出せる選手が増えていた。


 特筆すべきは、卒業生が後輩を指導しに

よく道場に来てくれるようになったことがある。


指導者の卵が、次から次に育って来た。


 広志は、何よりも先に、心のトレーニングに重きを置き

まず心! 次に、心で動く身体を鍛え

最後に技を教え込んだ。


 その為に、呼吸法、瞑想に時間をかけ

落ち着いた心で竹刀を振れるように

全員を丁寧に鍛錬した。


 彼は、一人のけが人も出さず

一人の熱中症患者も出さずに

優秀な成績を残せるチームを作り上げた。


 嫌々、道場に通う子供は居なくなった。

稽古のある火曜日は、学校から急いで帰り

嬉々として剣道の準備をするようになった。


いつしか広志は、火曜日先生と呼ばれるようになった。


 成長した剣士達は、それぞれが、地元の消防団員になり

公務員になり、やさしい介護士になり

地域を元気にした。


 地元の住民達が口を揃えて

「剣道をやっている子供なら間違いはない」と

言い切ってくれるまでになった。


 登校拒否の子供が、自主的に学校に行けるようになったり

いじめっ子が、介護施説のボランティアを買って出たり

地域は大きく変貌した。


 






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