第70話 感謝と涙

 その1ヶ月後、地元のFMラジオ局のオンエアー室に

広志は居た。


今回の事故と、剣道の話を、聞かれるままに話した。


ラジオを通じて、自分を助けてくれた多くの方々に

心からのお礼を述べた。


 仲間の血が、今の自分の身体に流れている。

お陰さまで生きさせていただいた。


 話しながら何度も、むせた。

泣いてはいけないと思うほど

嗚咽が洩れた。

もう65歳にもなったのに、恥ずかしかった。

・・・まだ自分の中に、こんなにぎょうさんの涙が残ってたんや・・。



 それが、リスナーの共感を呼び

後日、広志の元に、たくさんの葉書や

手紙が届いた。

中には、小学1年生剣士の、たどたどしく

愛らしい葉書もあった。


 孤独で寒々としていた広志の心に明るさが戻った。


自分は、一人では無いと言う確信と、何とも言えない安心感が持てた。


生きていて良かったと心から思った。


 剣道を続けて来て本当に良かったと思った。

心から、親や家族や剣道の先生、仲間に

感謝した。


 

もうまもなく立春である。

寒いけれども、春は、近い。


 部屋の中で、短い竹刀を握り

素振りが出来るまで、回復してきた。


腕は、ずいぶんと細くなってしまったが

小さい声で

「面!」「面!」「面!」とつぶやいた。


 広志は、竹刀を振れる幸せを噛みしめた。

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