第39話 支え剣道者

 後で知ったことだが、下司という若者は

原氏を特訓していたらしい。

基本の出来ていない、おっさんに

自分の弟子を・・という思いであったようだ。


 言われてみれば、地稽古の好きな広志が

基本が今ひとつなのは、自分でも感じていたことで

「当たらずといえども、遠からじ」である。

怒りは、多少収まってきた。

別に身体に危害を加えられたわけでもないし

いつまでも拘るのは、大人にあらず。

そんな心境であった。


 この道場に稽古に来るメンバーの大半は

小学生の時分から剣道をしていると言う。

1時期剣道を離れ、再開したという方も多く

経験は平均25年以上である。

そんな中で、還暦のおっさんが、一人前の顔して

稽古しているのだから、正直面白くないのも

うなづける。


 それと、広志は、若い頃の合気道の習性が抜けずに

足裁きで跳ぶ時が、時たまあった。

入り身で跳んだり、転換で跳んだり

相手の側面に入ろうとする瞬間があり

これは、無意識の動きで広志にもどうにも

ならなかったが、きちんとした足さばきを

するように、注意を受けたのは

結構あったのだ。

 見たところ、メンバーの中に合気道の経験者は居なかった。


すり足、すり足、開き足・・・・。

おとなしく、おとなしく、他の人と違わんように・・・。

広志は、広志でそれなりに気をつかっていたのだ。


 そんな折、森先生から子供剣道の手伝いをしてくれと

いう依頼が来た。

基本を習得するには、少年剣道がいいかも知れない。

火曜日の夜と木曜日の夜が稽古日で

同じ体育館を使う。

とりあえず火曜日の稽古に参加することにした。


 やめそうになりながらも、結局、稽古の増えた夫に

由紀は何も言わなくなった。

夫は夫なりに、戦っていると言うことが

わかり始めたらしい。

そう、広志は、ともすれば、崩れていく自分を

剣道で支えていたのだ・・・。


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