第17話 広志! 氣をつけな いかんぜよ

 何度か稽古中にぶっ倒れそうになりながらも

何とか9月の末になった。

日中の暑さは、かなりのもので、昼間閉め切っている

体育館にはものすごい熱気がたまっている。


先月から鍵を預かっている広志は

6時前には体育館を開けて、たくさんある窓を全開にする。


北側には稲刈りの済んだ田んぼが広がり

夕方の風には、ごくわずかの秋が感じられる。

 高橋先生が入って来られて

「やあ、益田さん、開けてくれたんやなあ。

 だいぶ違うなあ。涼しいぜえ。

 有難いなあ」


 その日の着替えで、袴をつける際に

何故か前で括って、帯の結び目が

後ろ側に来ないようにした。

 今朝方見た夢で何と!幕末の英雄 坂本龍馬が

現れた。

夢の中の物語は忘れたが、しきりに何かを教えてくれる。

何故かわからんままに、稽古が始まり

高橋先生に掛かって行く地稽古となった。


 いつも先生は、軽い動きで、ポンポン、面を或いは

小手を撃って来られて、防戦一方の広志である。

今日も全く歯が立たない。

大人に翻弄される小学生のような気分である。


「面打ちしまい」の言葉で先生の面を打ち始めたが

足が重くて思うように動けず、面もうまく当たらない。


実は、広志は、1日2食というのを3日前からやっていて

エネルギー不足に陥っていたのだ。

夏の疲れと空腹で力が入らない。


何となく面打ちの何本かを繰り返していて

先生に掛かって行った瞬間!

広志はいきなり後ろに弾き飛ばされてしまった!

「うわあーっ」と思わず叫んだような気がしたが

体育館の床にもんどり打って倒れ込んでしまった。

竹刀で打たれた記憶は、全く無い。


いかん!早く起き上がらんと皆に笑われると言う思いが

ものすごく強かった。

面、胴、袴、小手、左手に竹刀 剣道は

着装品がいっぱいである。

その時に思わず「あああっ」と納得した。

これかあ、これやあ

今朝の夢見で龍馬が教えてくれよったんは・・。

「帯を後ろで結ばれんぜ。たんこぶのように

なった結び目で怪我をするぜよ」


今日は、前で結んでいた(ホッ)


 それにしても高橋先生は凄い方だ。

気力不足を戒めてくれたのかどうかは

定かでないが、物凄い圧力であった。

体当たりとも違うのだ。

ぶつかる瞬間に身体が後方に飛んだのだ。

先生は、涼しい表情で面の奥で

少し笑っている。

 氣の威力である。胴のあたりから

先生の氣が噴出して、もろにかぶったらしい。

現実にそういうことがあるのである。

合気道をやっていなくて受身がとれなくて

結び目が、もしも脊椎を直撃していたら

えらいケガをしていたかも知れない。


 高橋先生は背丈は自分と同じくらいだが

一見すると痩せて見える。

ところがどっこい、凄い猛者なのである。

若い頃は、香川県警の機動隊にも所属して

各地の警察署長も歴任されている。

激しいと言われる警察剣道を長年やって来られた

7段者なのだ。

大変な先生が稽古をつけてくれているのだ。

それにしてもケガをしなくて良かった・・・・。


龍馬が見守ってくれている・・・。

還暦剣士で頑張る広志を、土佐の龍馬が

励ましている。

「広志! おまん、ほんまによう頑張るにゃあ

 及ばずながら、剣道やったら、あしも

 ちっくとやったき、教えちゃるぜ」


 勇気凛々の広志である。


 



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