重き荷
あるところにサライという名の少女がいました。
サライはいつも、その小さな身体に不釣合いなほど大きな荷物を背負っていました。
その中身は、アコーディオンでした。サライは行く先々の街でアコーディオンを弾いては、日銭を稼いで旅をしているのです。
ある日、サライは海辺の街にたどり着きました。
「ああ、くたびれた」
サライは荷物を下ろしました。
「それにしても、アコーディオンってどうしてこんなに重いのかしら」
サライはひとりでぶつぶつとつぶやきました。
しかし、それはお腹が空いていただけのこと。
食事をすませたサライは、もうニコニコ笑顔になって、さっそく街角でアコーディオンを弾き始めました。
しかし、今日はいつもと勝手が違いました。いくらアコーディオンを弾いても、誰一人として立ち止まってくれないのです。
結局、その日の収入はゼロでした。
来る日も来る日も、サライは街角でアコーディオンを弾き続けました。しかし、やはり誰ひとりとしてサライの演奏に耳を傾ける者はいませんでした。
ある日などは酒場をたずねて流しの真似事をしましたが、酔客に「うるさい!」と怒鳴られ、頭から酒をあびせられてしまいました。
やがて、街についたときに持っていたお金も底をつきました。
サライがアコーディオンを背負って宿に帰る道をとぼとぼと歩いていると、質屋の看板が目にとまりました。質屋のショーウィンドウには、時計や骨董品にまじって、トランペットやバイオリンが並んでいました。
気がつくとサライは質屋に足を踏み入れていました。
「ほんとうにいいのかね?」
店のおじいさんがたずねました。
「ええ、私にはもう必要のないものですから」
こうして、サライはアコーディオンと引き換えに幾ばくかのお金を手にしました。
「これだけあればしばらくはだいじょうぶね……」
サライはお札の束を数えながらニンマリとしました。その様子を、店の錆び猫が見ていました。
「なによう。自分のものをどうしようと勝手でしょ!」
サライが足を鳴らすと猫はおどろいて店の奥に逃げて行きました。
その日、サライはいつもよりちょっとだけいい宿に泊まりました。
部屋のベッドに腰を落ち着けると同時に、はげしい雨が降り出しました。
「ああ、良かった。昨日のおんぼろ宿じゃ、きっと雨漏りがしていたでしょうね」
サライは窓から外のようすを眺めました。
ふと、サライが窓の隅に目をやると、そこには大きな殻を背負ったカタツムリが這っていました。
「あらあら、あなたもたいへんね」
サライは他人事のように言うと、カーテンを締め、大好きなくまのぬいぐるみと一緒にふかふかのベッドに倒れ込み、そのまま朝まで眠りました。
翌朝。すっかり雨は止んで雲一つない快晴でした。
サライは思い立って海岸に行ってみました。いつもは重たい荷物を背負っていたのでわざわざそんなところへは行かないのですが、今日は違います。
「ああ、やっぱりアコーディオンがないと楽ね」
サライは潮風を胸いっぱいに吸い込み、砂浜に座りました。
そこへ、大きな甲羅を背負ったタイマイがのっしのっしと歩いてきました。そのタイマイが目の前を通り過ぎようとした時、
「ずいぶん重たそうなものを背負っているのね」
サライは馬鹿にしたように言いました。タイマイはぴたりと歩みを止めました。
「そんなもの、ここへ置いて行ったらどう?」
サライは砂浜をぽんぽんと叩いて言いました。タイマイは目だけサライの方を見て言いました。
「置いて行くったって、これは私の身体の一部だ。脱ぐことはできない」
「あら、そうなの」
サライはつまらなそうに言いました。
「だいいち、私はこの甲羅にいつも助けてもらっているのだ。その甲羅を置いていくなんて、愚かな真似ができるか。それに……」
「それに?」
「重いのがあたりまえだと思えば、なに、たいして重いことはない」
そう言い放つと、タイマイはまたのっしのっしと歩いて何処かへ行ってしまいました。
その姿を見ながら、サライは自分のしたあやまちに気付きました。
(自分はなんてことをしてしまったのだろう!)
サライはいそいで昨日の質屋に行きました。
「おや、君は昨日の……」
おじいさんが言い終わらないうちに、
「お金はお返しします、私のアコーディオンを返してください!」
サライは言いました。
「もう、必要ないんじゃなかったのかね」
おじいさんはたずねました。
「あのアコーディオンは私の一部なんです。それを質に入れるなんて、どうかしていました」
サライはカバンからお札の束を取り出しました。しかし、それは昨日よりも少なくなっていました。なぜなら昨日、宿に泊まるのに使ってしまったからです。
「おや、少し足りないようだね。これではアコーディオンを返すことはできないねえ」
おじいさんは店の奥に引っ込んでいきました。
サライは後悔の念に耐えきれず、うつむいて唇を噛みました。
――しばしの時間がすぎ、サライが諦めて店を出ようとしたとき。
「ひいひい、こりゃ重たい」
おじいさんが店の奥から戻ってきました。その腕にはアコーディオンが抱えられていました。
「どうして……」
「さあ、たりないお金の分、たっぷりと弾いてもらおうか」
おじいさんはにっこりと笑いました。
「はい!」
サライはいそいでアコーディオンを抱え、背中のバンドをカチリと留めました。
そこへ、どこからともなく店の錆び猫がやってきて売り物の椅子の上にちょこんと座りました。
サライは、おじいさんと錆び猫のために心をこめてアコーディオンを弾きました。
(おしまい)
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