愛しのハパンシラッカ

 ここは、きのこたちの住むマタンゴ王国。この国の王様、ヤマドリタケのポルチーニ王とその妃、アミガサタケのモリーユ王妃のあいだには、ジロール姫という、アンズタケのお姫様がいました。


 ある日、ジロール姫は、召使いたちがおしゃべりしているのを立ち聞きしました。

 そのなかに《ハパンシラッカ》という、聞きなれないことばがあり、ジロール姫は、一体それがなんなのか気になってしかたがありませんでした。来る日も来る日もハパンシラッカのことを考えて、眠れない日もありました。

 ある日、とうとうジロール姫は、あのときの召使いを呼び出して、ハパンシラッカのことを聞き出しました。しかし、実際のところ、「なにかの缶詰」である、ということ以外は、彼らにもわからないのでした。

 それからというもの、ジロール姫のハパンシラッカに対する思いは、ますます大きくなりました。

 いったいどんな色で、どんな形で、どんな味をしているのか……。ジロール姫は、とうとう熱をだして寝込んでしまいました。

 ひどく心配したポルチーニ王がわけを聞きましたが、なんだか要領を得ません。まさか、一国の姫である自分が、たかが缶詰のことで熱を出したなどと、恥ずかしくて言うことができなかったのです。


 そんなある日、王国の宮廷道化師であるファニー・ファンガスが、ジロール姫のお見舞いに来ました。ジロール姫は、彼にハパンシラッカのことを話しました。なぜだか彼には、なんでも話すことができたのです。

 彼は、ジロール姫に必ずハパンシラッカを見つけてくると約束し、ハパンシラッカを探す旅に出ました。


 数日後。

 彼は、マタンゴ王国から少し離れた猫の国、マタタビ王国にいました。彼はここで、のら猫たちに聞き取り調査をしていました。

 そして、ハパンシラッカというのは、「なにかの魚の缶詰」であるということを突き止めました。

 一方、こちらはマタンゴ王国。

 ジロール姫の熱はますますひどくなっていました。ポルチーニ王がようすを見に行くと、なにやらうわごとのように、ハパンシラッカということばを繰り返しています。

 ハパンシラッカとは一体なんなのか。まさか、姫が思いをよせる男の名前ではないか。

 そういえば最近、宮廷道化師ファニー・ファンガスの姿がみえません。きっと、彼が、かわいいジロール姫になにか悪さをしたにちがいない。

 そう考えたポルチーニ王は、王国じゅうに、彼を指名手配しました。


 そんなことはつゆほども知らないファニー・ファンガス。彼はとうとう、ハパンシラッカを手に入れました。

 この缶詰さえ持っていけば、またジロール姫の笑顔が見られると、いそいで帰路につきました。

 しかし、王国に帰り着くやいなや、彼は王国の門番に取り押さえられ、オシオキ部屋に入れられてしまいました。

 なにが起きたのかわからない彼。

 とにもかくにも、この缶詰をジロール姫にわたして欲しいと、見張り番に缶詰を託しました。

 オシオキ部屋の彼が、マタタビ王国のネコジャラシを使ったコチョコチョの刑を受けているそのころ、ジロール姫の部屋では、いよいよ熱がひどくなった姫のまわりにたくさんの召使いがあつまっていました。

 そこへ、見張り番がハパンシラッカを持ってあらわれました。ジロール姫は、その缶詰を見たとたん、それまでのことがうそのように元気になりました。

 ジロール姫は、ベッドから跳ね起き、わくわくしながら缶詰を開けました。その瞬間、ものすごいニオイが部屋に充満しました。

 ――ハパンシラッカとは、にしんを塩漬けにして発酵させたもの。そして、そのニオイは……強烈。

 そのニオイを嗅いだとたん、ジロール姫は、また熱をだして寝込んでしまいました。

(おしまい)

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