星のお医者さん

 きのこたちの住むマタンゴ王国のはるか上空。ふわふわと漂う雲よりも、もっともっと上。そこにはキラキラ王国という、星の国がありました。この世で役目を終えた生命はみんな、この王国に行くのです。

 ここではみんな、星の姿をしています。

 そこに、ドクター・シリウスという、星のお医者さんがいました。彼は、王国に来るまでの長い旅の途中で傷ついた星たちを治療して、ふたたび輝けるようにする仕事をしています。

 今日もまたドクター・シリウスの診療所に、患者さんがやってきました。


「次の方、どうぞ」

 診療室の扉を開けて、傷だらけの星が入ってきました。

「君は、何の星なのかな」

「猫です。人間のご主人様に飼われていた、黒猫の星です」

 ドクター・シリウスは、カルテに「黒猫(飼い猫)」と書き入れました。

「どうしてそんなに傷だらけなんだい」

「私は、生きているあいだ、とてもとてもかわいがってもらいました。そして、先日、天寿をまっとうしたのです」

「いいことじゃないか」

「はい……ですが、ここに来る途中、トゥインクル・トゥインクル・トレインの窓から下界を見下ろしたら……」

 トゥインクル・トゥインクル・トレインは、キラキラ王国行きの列車の名前です

「そしたら、ご主人様が、僕のお墓の前で泣いているんです。ご飯も食べずに、毎日毎日……。それを見ていたら、いつのまにか、こんなに傷だらけになっていたんです」

「なるほどね……」

 これには、さすがのドクター・シリウスも困ってしまいました。キラキラ王国に来た患者さんであれば治すことができるのですが、地上にいる患者さんはどうすることもできません。

 しばらく考えて、ドクター・シリウスは黒猫に聞きました。

「君には、思い残したことは何もないのかな」

 さっきの話だけでは、こんなに傷だらけになるのはおかしいと思ったからです。

「そう言われると……」

 やっぱり何かあるんだ、とドクター・シリウスは思いました。

「ご主人様に飼われているあいだに私がしたことといえば、毎日近所をお散歩したり、こたつで居眠りしたり……そんなことばかり。何一つとしてご主人様の役に立つことができませんでした。それが心残りで……」

「そうかそうか」

 ドクター・シリウスは、なにか納得したようでした。

「君のご主人様のお仕事はなにかな」

「童話作家です」

「ということは、いつもお家にいるんだね」

「はい」

 ドクター・シリウスは、机にカルテを置くと、黒猫の星の目をまっすぐに見ていいました。

「いいかい。作家さんというのは、とっても孤独な仕事なんだ。ときには何日間も部屋から一歩も出ず、誰とも会わずに仕事をしなくちゃいけない」

 黒猫の星は小さくうなずきました。

「そんなとき、きみがそばにいてくれることが、どんなに支えになっていたと思う?」

 黒猫の星が、少しだけ明るくなりました。

「きみが、おいしそうにご飯を食べている姿、気持ちよさそうに居眠りしている姿。そんなものに、どれだけ救われていたと思う?」

 黒猫の星が、さらに明るくなりました。

「きみは、飼い猫としての役割を、ちゃんと果たしていたんだよ」

 黒猫の星が、パーッと輝きました。

「そうだったのですね!ありがとうございます。おかげで元気が出ました」

 黒猫の星は、うれしそうに診療所を出ていきました。

「やれやれ……」


 そのころ。

地上は夜。黒猫の飼い主の童話作家は、今日も、黒猫のお墓の前で泣いていました。

 そのときふと夜空を見上げると、そこにひときわ輝く星を見つけました。なぜだかわからないけれど、彼には、それが黒猫だとわかりました。彼は涙をぬぐい、仕事部屋に戻りました。そして、猛烈な勢いで、一つのお話を書き終えました。

 タイトルは『星のお医者さん』。傷ついた星を治す、お医者さんのお話。

(おしまい)

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