マタンゴ王国の宮廷道化師

 きのこたちの住むマタンゴ王国には、ファニー・ファンガスという名の宮廷道化師がいました。

 宮廷道化師とは、王国に仕えて楽器を演奏したり、ジャグリングや奇術などの芸を披露したり、さまざまな国の物語を語ったりして、城の者を楽しませる職業です。ファニー・ファンガスは城の者から《きのこクン》と呼ばれて可愛がられていました。

 これは、そんなきのこクンのお話です。


「めでたしめでたし」

 きのこクンが物語を語り終えると、ジロール姫は、目をきらきらさせて言いました。

「すてきすてき!ねえ、きのこクン、もっと面白いお話はないの?」

 ジロール姫は早くも次のお話をせがみました。

「今日はここまでです。続きはまた明日」

「ちぇー。……それじゃあ、アコーディオンを教えて!」

 ジロール姫は、幼菌のときから彼にアコーディオンを教わっているのでした。彼は、王国から自由な振る舞いを認められている、数少ない存在でした。


「やれやれ……おてんば姫の相手はたいへんだ」

 彼がその日の仕事を終えて家に帰ると、もうすっかり夜でした。彼はベッドに腰掛けて、部屋に飾ってある、一枚の絵をながめました。

 それは、国の絵かきに書いてもらった、彼の肖像画でした。

 ふと思いついて、彼はその絵を逆さまに飾ってみました。なんとなく、そっちのほうが、かっこいいような気がしたのです。

 そして、彼は眠りにつきました。


 次の日、目を覚ますと、彼はとてもいやな気分でした。

 なぜだかイライラしたり、そうかと思えば落ち込んだり。彼は急に、自分のしていることに疑問を持ち始めたのです。

 その日、彼はお城に行きませんでした。


 次の日も、その次の日も、彼は部屋に閉じこもっていました。


 ――そして。

 ある日、彼はとつぜん家をでました。

 彼の向かった先は、王国のはずれにある崖でした。彼はとうとう、崖から身を投げて死のうと考えたのです。


 一方、お城では一向に顔を見せない彼のことを、ジロール姫がとても心配していました。ジロール姫はとうとう、彼の家に使いを出しました。


 使いの者が彼の家に行くと、そこに彼の姿はありませんでした。

 あきらめて帰ろうとしたとき、ふと、壁に飾ってある、あの絵が気になりました。使いの者は、その絵を逆さまに飾り直して帰って行きました。


 ここは、王国の外れの崖の上。

 きのこクンは今まさに、崖から身を投げようとしていました。彼の頭には、お城の人々や、ジロール姫の顔が浮かんでいました。


――そのとき


 さっきまで、あれほど曇っていたこころが急に晴れ渡り、なんともすがすがしい気持ちになりました。彼は急に、自分のしようとしていたことがばかばかしくなりました。

 そして、彼は家に帰っていきました。


「…というお話です」

 彼が話を終えると、ジロール姫は目をきらきらさせていました。

「わあ!面白いお話!」

 今日もまた、彼はジロール姫の相手をしていました。

「じゃあ次はジャグリングをして見せて!」

 ジロール姫はせがみました。

 彼はジャグリングの道具を取り出しながら、

「やれやれ…おてんば姫の相手はたいへんだ」

 とつぶやきました。

「なにか言った?」

 ジロール姫がたずねると、

「いいえ、なにも」

 そう言って、彼はジャグリングをはじめました。

 その顔は、とても嬉しそうでした。

(おしまい)

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