マタンゴ王国物語

ファニー・ファンガス

ジロール姫の憂鬱

 あるところに、マタンゴ王国という、きのこたちの住む王国がありました。

 マタンゴ王国の国王であるヤマドリタケのポルチーニ王とその妃、アミガサタケのモリーユ王妃のあいだには、ジロール姫という、たいへんおてんばなアンズタケのお姫様がいました。

 これはそのジロール姫のお話です。


「ばあや、ばあや、ばあやったら」

 ジロール姫は城中に響かんばかりの大きな声で言いました。

「そんなに大きな声を出さなくっても、ちゃあんと聴こえております」

 ばあやがのそのそとやって来ました。ばあやはジロール姫が幼菌のときから、姫の身の回りのお世話をしているシャグマアミガサタケです。


「私の部屋にまたスッポンタケが生えてるわ!早く引っこ抜いてちょうだい!けがらわしい!」

 ジロール姫はスッポンタケが大っ嫌いでした。スッポンタケを部屋の外へ追いやりながら、ばあやは言いました。

「そんなことより、もう少し部屋をかたづけたらどうですか」

 ため息をつきながら、ばあやは部屋を見回しました。そこには、大量のゲームソフトやアニメのDVD、マンガ、フィギュアなどが散らばっていました。これらはみな、マタンゴ王国の東の海上にあるジポングという島国から持ち込まれたものです。

「だって仕方ないじゃない。お城からはださせてもらえないんだもの。こんなものでひまをつぶすしか……」

 そう言いながら、ジロール姫は中断していたゲームを再開しました。

 ジロール姫がプレイしているのは『ドラネコクエスト4』。大人気ロールプレイングゲームの最新作です。

 ゲームの世界では、アリーニャ姫というおてんばなお姫さまが、お城の脱出を企てているところでした。

(そうだわ……)

 おやおや、ジロール姫がなにか良からぬことを思いついたようです。


「ふふふ……作戦大成功」

 ジロール姫は今、お城の外にいました。

 あれからジロール姫は、毎日少しずつ菌糸を伸ばしては、ロープ状に束ねていきました。そしてとうとう、お城の二階の窓から脱出することに成功したのです。

「さてと……どこへ行こうかしら」

 あたりは夜。城下町には誰ひとりとしていませんでした。王国の入り口に行くと、そこでは門番が居眠りをしていました。

「いまのうちに……」

 とうとうジロール姫は王国の外に出てしまいました。


「……もう大丈夫よね?」

 ジロール姫は、頭にかぶっていた頭巾を取りました。すると、アプリコットの色をした美しいカサがあらわになりました。ジロール姫はこのカサが自慢でした。

 ――そのとき。

「おや、こんなところにアンズタケが」

 何者かの声がしました。木陰から現れたそれは、お腹をすかせた狼でした。狼たちの間では、アンズタケは食用のきのことしてたいへん重宝されているのです。狼はよだれを垂らしながらじりじりと近づいてきます。

 ジロール姫はあまりのことに腰が抜けてしまい、立てなくなってしまいました。

 もはやこれまでか……と思った、そのとき。

「ぷは!もう限界!」

 ジロール姫が肩から下げていたポーチから、スッポンタケが顔を出しました。

 じつは、このスッポンタケ、ジロール姫がお城を脱出しようとしていることにいち早く気が付き、こっそりポーチのなかに隠れてついてきたのです。

「こ、このニオイは!」

 狼は鼻をつまみました。

 スッポンタケの頭にはグレバと呼ばれる部位があり、ここから悪臭を出してハエなどの虫をおびき寄せるのです。

「これはたまらない!」

 狼はジロール姫を狩るのをあきらめて逃げていきました。

「なんだなんだ?」

 スッポンタケはなにが起きたのかわかっていません。そのとなりでは、ジロール姫があまりの恐怖に気をうしなっていました。


「ばあや!ばあや!ばあやったら!」

 ジロール姫は大きな声で言いました。

「そんなに大きな声をださなくても聞こえております」

 あれから異変に気づいた城の者が駆けつけ、ジロール姫はお城に連れ戻されました。こんどは、窓にも頑丈な鍵がかけられました。

「またスッポンタケですか?」

 ばあやがやってきて手早くスッポンタケを引っこ抜こうとしました。

 ――そのとき。

「待って!」

 ジロール姫はばあやを止めました。

「やっぱり引っこ抜くのはかわいそうね」

 ジロール姫は、ふっと笑いました。ばあやはにっこりと微笑んで部屋をでていきました。

 部屋の隅に生えたスッポンタケをながめながら、ジロール姫は言いました。

「でもやっぱり嫌い!!」

(おしまい)

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