タイガーホース・スカートロングス
暗転。
「先輩」
振り向くと、一つ下の後輩の高橋だった。黒渕眼鏡がキラリと光る。
放課後の1年2組の教室はトランペットパートの練習部屋になる。同級生、他の後輩は歯医者や留守番等で次々と休み、この日は偶然高橋と2人だけ。
わーわー運動場の声が、ニーニー平らに教室に響く。
「美少女戦隊モノにおけるミニスカートの長さの話をしましょう」
「うんまぁいいよ」
いつも彼とは薬にはならないが毒になりうるような、こんな下らない話を延々としていた。
「以前先輩は、スカートは膝上5センチ以上と仰いました」
「うんまぁそうだね。そうした方が、ガーターベルトやルーズソックス、ロングブーツなど美少女戦隊モノにはさりげなく欠かせない履き物が映えるからね」
セーラー服で戦う美少女達が脳裏をよぎる。
「それに見えるか見えないか、とかそういうサービスもしやすいよ、高橋は好きじゃないの?」
「好きか嫌いかと言われれば、」
高橋は眼鏡をの中心に中指をかける。
「好きですね」
「やっぱり?」
「ええ、ただ彼女達は日本の人々、いや世界の人々のために悪と戦う身。考慮するとやはり膝より少し上のスカートのデザインが求められるのではないかと」
「ほう、でもそれでは華やかさに欠ける」
「そこを打破さえすればデザインだけで一つの名作が出来るのではないかと思うのです」
「だが待て高橋君。そもそも人間にあらざる力を発揮して戦う彼女達に実践性のある服装など必要なのだろうか」
「あ、ある程度は、彼女達も身体を動かしますし」
「実践性を重視すれば、彼等は魔法少女もののヒロインではなく少女兵士もののヒロインになるのではないか」
「少女兵士もの、そんなものあるんですか」
「まぁないことはない。だから高橋君」
「はい」
「少女兵士モノでラノベを書いて一発どかんと言わせて、その大金全部私にちょうだい」
「ふむ、俺の利益は?」
「売れっ子ライトノベル作家、という、名誉」
「だけですか」
「だけだよ」
「労働は?」
「毎月一冊刊行を3年目指そう。新たな記録へ挑戦だよ」
「それで得たマネーは・・・」
「全部はなちゃん銀行に預けてくれれば大丈夫。利益200倍くらいにして返すさ」
「何年後に」
「300年後くらいかな。仕方ないね。利益増やすにはそれだけ時間が必要だからね」
「なるほど」
「ふむそうと決まれば話は早いよ、じゃあ今すぐ帰ってラノベを書きたまえ」
「いえいっさい俺OKしてないっす」
「そうなっちゃいますー?」
「そうなっちゃいますねー。」
放課後は相変わらずニーニー運動部が練習に励む。太陽はまだ上っている。正午の残滓の白い日差しが、木製の角が丸まったロッカーを照らす。キラキラとロッカーは反射する。
駄弁る横に置かれたトランペットも日差しをキラキラと吸収する。
暗転。
部活終了後の1年2組は、吹奏楽部1年生の溜まり場になる。
その日たまたま理系の教科書とノートを忘れて、私は部室から2年の教室へ取りに行く。
その際は1年の廊下を通りすぎなくてはならない。
すっかり薄暗くなり、蒼い黒が窓に貼り付く。白々しい蛍光灯の下、硬い廊下を私は一人タシタシ歩く。
1年4組。通りすぎる。2組に1年生がわらわらいるのを感じる。高橋もいるようだ。
3組。ヒソヒソした声のトーンと時々上がる歓声のような笑い声から、それが誰かの陰口であることを知る。
2組。声がはっきりと聞き取れる。
「相変わらずはな先輩楽器下手だよね」
「先輩じゃなかったら私転部薦めてるわ」
はっきり聞こえる、悪口。
落ち着いて。
私は歩のスピードを緩めない。
「よく高橋はあんなドヘタクソの下でやってけるよな」
「うんまぁパート練習は先輩ぶられると気まずいから」
タシタシ歩く。
一番惨めなのは、気づかれたとき。
「お互いにね」
「うわ先輩なのに先輩ぶる、とか言っちゃうねー」
「まぁ実際そうだしね」
「人はいいんだけどねー」
「トランペット持たせると合奏破壊の大悪党」
「ジキルとハイド的な?」
「うけるー!!」
アハハハハ、歓声・・・が遠ざかる。
歩け歩け歩け。
タシタシ、たにしたにし。たにしたにし。たにし。田西。
必死に自分を誤魔化し2年の教室へ向かう。
暗転。
教科書は、あった。
ただ私の机の上に、全長50センチメートルほどのビチビチと生死を騒ぐ魚がいた。
放って、その日は急いで帰った。
後日時々後輩に「ハイド先輩」と呼ばれた。
「何ー?そのかっこいい名前」
心がガリガリになるのを隠し、身を乗り出す。
トランペットの音色ようにまっすぐ私は生きられない。はらり、はらりとトランペットから真っ赤な何かの花弁が、落下する。
ぼんやりと毎年戦隊少女作品が更新される度に、この日のことを思い出す。
暗転。暗転。暗転、ぐるぐるぐー。
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