スターライトシーソーシーソー
「トランペット練習してる?」
冷静な言葉を放つ先輩の表情は、優しい。
「あー、はい」
視線を反らす。遠い山陰の稜線が見える。
いつもの先輩の言葉が不意に、距離を遠ざける気がする。
「練習は練習でもうまくなんないと練習ではないからね」
頬笑む先輩のトロンボーンは、芯があって且つとても華やかな大きい音をしていて聞き手の心を震わせた。
だから高校の吹奏楽部の、部長だったし学生指揮者だったし、金管セクションリーダー人の輪の真ん中にいる人だった。
当時トランペットの中でもとびきり下手だった私の面倒も、よく見てくれた。
楽器が違っても、息の入れ方だったり呼吸法だったり音のイメージだったり様々に学ぶべきことがあった。
「楽器の才能がない人にも、音楽楽しむ権利はあると思いますか?」
テスト週間で2人しかいない夕陽の音楽室、個人レッスンの終わりに、ふと聞いた。
「その人が上手下手気にしないくらい、音を奏でることを好きだったら、権利の有無なんて問題ないと思うよ」
ふ、と先輩と目が合う。
「その点佐藤は、真摯に音楽に向き合って向上心があって良い音楽家だよ。だから俺もこうやって、見てるんだし」
そう笑った先輩を好きになるのに時間はかからなかった。
誤算は、当時の私が先輩のことを「好き」と自覚していなかったことだ。
ギーーイッ。シーソーの音に現実に戻り
「あっ」
軽く尻餅をつく。
上を向くと満点の星空を背景に、りょー先輩。軽い絶景。
「とーじ、」
おもむろに聞こえた声が自分のものと気づくのは2秒後。
「私先輩のことなんとなく気になっていたんです」
気づけば、目で追っていた。
部活の時とかそれ以外の昼休みとか授業の時とか無意識に先輩のことを考えている。
上学年の廊下を歩くときは、変に胸がドキドキした。先輩とすれ違うかもしれない、目が合うかもしれない、声かけられるかもしれない。
ささいなことにさざめく感情が、「好き」だとは思わなかった。乙女めいた心は自分には無いと信じこんでいた。
「今思えば、私先輩のことを好きだったんです。とっても、とても。」
だからそれを恋、と気づいたのは先輩が同級生のフルートの先輩と付き合った、という噂を聞いた後だった。
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