タイガーポイズンハニー

私平凡な女子大学生佐藤はなにも、トラはいた。他の人のトラと比べると、少し毛色が薄く黄色っぽいのが特徴である。

そのトラを放課後の部室で顎を撫でなでしていた。今日も演奏の間ずっと静かにしていたね、偉いねよしよし。


眠るトラの頭を撫でる。

反省をする。今日の私のトランペットはどうであったか。

変に目立ってなかったか。あのミスは乗りきられていたか。指揮者のりょー先輩と目があった。りょー先輩は学生指揮者兼部長でもある。どう思われたか。下手くそと思われていないか。このオーケストラ部から不要屑ゴミと思われていな

いか。本当は私のような下手なトランペッターは誰からも誰からも必要とされていないのではないか。

撫でると、トラの頭の毛は固い。固いが優しい。

そんなこと、ぜんぶぜんぶどうだっていい。


撫でる。撫でる、撫で続ける。

楽器とその空洞と限りなく膨張する窒素が詰まった小さな粗末な部屋で、眠るトラを。

ときどき、濡れた鼻にも触れたりする。私のトラ。可愛い。

「はなちゃん」

不意なアルトに顔をあげると同級生の美優の顔。無表情に近く、嘗て染めていた多量の髪は黒に戻り頬へ影をおとす。ほの暗いカラーコンタクトが瞳を深く肥大化させている。

「はなちゃん、私いまだにあの先輩のこと許せないの」

影のように、ぬっと現れた彼女に、トラはいない。赤毛のトラがいたはずだが、以前殺してしまったと声を震わせ教えてくれた。

「先輩・・・ってりょー先輩?」

深淵を2つ潤ませながら、こくこくとわずかに顎を動かす。

「なんで?」

私はトラの耳の後ろの辺りの毛を何とはなしに触る。毛は柔らかくずっと触っていたい繊細な感触。

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