第28革 寮への招待 3
とんでもない秘密を聞かされたあと、俺はアインの部屋を出た。
部屋を出る直前にエルフィさんに呼び止められて、
『総一さんには全てを包み隠さずお話しておきたかったのです。その、あの……お、お友達には隠し事はしないのが日本人でしょう!? あ、わたくしは……その、お友達で終わるつもりは……あの……その……』
もじもじと赤面したエルフィさんから暴露の理由を聞かされた。
俺はあえてそれに触れる事無く、この奇妙なサプライズパーティーに招待して貰った事、そして真実を打ち明けてくれた事の感謝を伝えた。
――うん、別に間違ってないしそう思っているならそれで良いと思う。
正直で素直なのは美徳だ。
特に訂正する理由はないんじゃないかな。きっとない。
エルフィさんの背後で苦笑いを浮かべるアインから、いずれ真実が告げられることを密かに祈ろう。
∬
7階のアインの部屋からロビーエリアへと戻ると、共用エリアのカフェテリアからは学生達の喧騒がロビーにまで伝わってきていた。
「さて、と」
俺は鞄から眼鏡型ガジェットを取り出して装着。
それから新たに加わっていた連絡先へとコールした。
しかし応答がない。もう切ろうかなと思い始めた頃、ようやく応答が入る。
「……お待たせ、しました」
息を切らしているかのような話し方でマリエ副会長がコールに出た。
なにかやっていたのだろうか?
「あ、どうもマリエ副会長。織田総一です。いまアイン達との用事を終えたところなんですが、えっと、どうすればいいのかなと、お忙しいようなら少し時間を潰してまたかけ直します」
「……いえ、意外と早かったのですね……でしたら――」
急にノイズのような音が混じってマリエ副会長との会話が途切れる。
「あれ? もしもし? 副会長……?」
新型ガジェットに変えてから、こんな風に電波が乱れた事は一度も無かったんだけどな。
「――ごめんなさい、変な音が入ってしまったかしら。そうね……総一くん、さきほど訪れたわたしの部屋は覚えている?」
「あ、はい。女子寮10階の東の角部屋……ですよね? 覚えてます」
「記憶力と観察力も優秀なのですね。では、お部屋に来て貰えるかしら? そうね……ガジェットで鍵を送りますから、先にお部屋に入って待っていてください」
「え!? 副会長の部屋に……ですか!?」
「えぇ、ちょっと間に合いそうにないで――ら――ごめんなさい、いいかしら?」
再びザーザーとノイズ音が混じって会話が一時途切れる。
「――分かりました!」
「では、そのように――」
マリエ副会長がそれだけ言うと、再びノイズが混じって通話が終わった。
女性の部屋に一人で入ってもいいのだろうか……?
いや、でも本人が良いって言ってるんだからいいんだよな!
しかも本人不在の部屋に入ってもいいのだろうか!?
いいんです! だって副会長が許可してるんだから!!
視界の隅に新規通知が表示され、確認すると暗号鍵が送られてきていた。
たぶんこれを使う事で副会長のお部屋を解錠することができるのだ。
それを確認した俺は更にテンションが上がる。
『総一さん、えっちです……』
心拍数の上昇を察知したのか、脳波の状態を検知したのか、突然AIちゃんによって小さな音声出力がなされる。
「イヤいや、別になにもしないよ? しませんヨ?」
『……はぁ』
AIちゃんは何も言わずに大きなため息だけ漏らすと、その後なにを言っても返事をしなくなってしまった。それでいいのかコンシェルジュ人工知能!
ノイズの件を一応聞こうと思ったんだけどなぁ、ガジェットの故障かもしれない。
ともあれ、マリエ副会長の部屋へと向かおう。
俺は朝来た時と同様、ロビー右手にある女子寮へと続くエレベーターに乗り込んだ。
∬
朝とは違い、同乗する生徒がいなかったからか、エレベーターはすぐに10階へと到着。
けれど降りる時、入れ違いにエレベーターへ乗っていく女生徒からは怪訝な視線をぶつけられた。
石動会長はワンフロア貸し切りとか聞いた気がするけど、マリエ副会長はそうではないらしい。びくびくと緊張していたから不審者のように見えたかも知れないが、きちんと副会長の許可は取ってあるし、ちゃんと訪問する理由だってある! 大丈夫、だいじょーぶ!
なんとか冷静さを取り戻した頃には、角部屋である副会長の部屋の前へと着いていた。
まずは訪問を知らせるっぽいボタンを押してみる。
しばらく待つが副会長からの応答はない。
入ってろって言われたんだし、なにか用事で部屋にいないのかもしれない。
言われた通り、部屋の中に入って待とう。
えっと……貰った暗号鍵を使って開けるんだよな? どういうシステムなんだろう?
ガジェットで来た通知を再度開いて確認してみるが特に指示も説明もない。
「おーい、AIちゃん~これどうすればいいの?」
質問してみたが答えはない。AIちゃんはご機嫌斜めのようだ。
仕方ない。
俺は朝の記憶を頼りに、たぶん指紋認証を行っているであろうドアノブへと触れてみる。
予想は的中していたようで、ガジェットを装着したままの視界に連携中を示す表示がポップアップする。そして聞いたことのある電子音と共にドアのロックが解除された。
唾を飲み込んで喉を鳴らしてから、ドアを開けた。
ふわりとブドウの香りが飛び込んできた。
かと思えば、墨汁のような臭いが葡萄の香りを邪魔するようにして一瞬鼻を突く。
しかし、すぐに墨汁の臭いは消え、薄らとした葡萄の香りだけが残った。
――初めて嗅ぐ女の人の部屋のか、を、り。
なんか俺ただの変態みたいじゃん、やめやめ。
「お邪魔しま~す」
そう小さな声で告げると、マリエ・ロートシルト副会長の部屋へと入った。
アインの部屋と違い、部屋の中はかなり広い。
角部屋だからだろうか? 学生寮とは思えないほどに広々としていて、ちょっとしたマンションの一室のように思えた。窓も二箇所あり採光も申し分ない。
南向きの窓の先にはしっかりした広いベランダもある。
キッチンスペースこそないようだが、右側には浴室かあるいは脱衣室かへ繋がるらしき扉。そしてトイレを示す表示のある扉があった。
バストイレ別、広々とした一室に南向き東の角部屋で広いベランダ付き。
学生寮としては文句なしの一室だ。
アインの部屋との差はいったいどういう理由だろう。最上階だからか、それとも角部屋だからなのか。
東側の窓の下にはベッドが、そして部屋の中央にはなぜかフローリングの上に畳が敷かれていて、その畳の真ん中に木製のちゃぶ台が鎮座していた。
広い部屋なのだが、その大部分をこの畳敷きのスペースが占有している。
日本人でもマンションではあまりやらないであろう家具配置に驚きつつも、俺の視線はちゃぶ台の上に置かれていた1枚の紙に向けられていた。
〝飲み物を用意してあります、少しだけ待っていてください〟
流麗な達筆でそのように書かれた書道用紙。
部屋に入った時に一瞬鼻を突いた墨汁の香りはこれから発せられていたようだ。
用紙の隣には紅茶ポットと未使用らしきカップが置かれている。
靴を脱いで畳に上がり、ポットの蓋を開けると、葡萄の香りが部屋中に広がった。
どうやらもう一つの香りの元はこの葡萄紅茶らしい。
女の人の部屋の臭いはこういうものなのかと思っていた自分が少し恥ずかしかった。
先ほどアインとエルフィさんにたらふく飲み食いさせられたこともあって、せっかくの葡萄紅茶に手を付ける気にならなかった俺は、バッグを置くと大きく伸びをして畳に寝転がった。
用意されていた座布団を丸めて枕にすると、急激に眠気が襲ってくる。
突拍子もない話を二人から聞いて脳が疲れているのかもしれない。
俺は薄れゆく意識の中、眼鏡型ガジェットを外すと、ちゃぶ台に置いた。
「いや、初めての女の人の部屋で速攻昼寝って……んでも待ってろって言われてるんだし、別に、少しなら寝てたって、いい、よ……な。ちょっと……だ……け」
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