第27革 寮への招待 2
アインとエルフィさんに案内され、俺は7階にあるアインの部屋の前にたどり着いた。
アインがドアノブに触れてロック解除し、部屋の中へと入っていく。エルフィさんもそれに続き、俺も「お邪魔しまーす」と声を上げ、久々の友人の部屋への訪問に少し緊張しながら、ドアノブを手に取ろうとするが――、
「ストップですわ、総一さん!」
ドアの隙間から顔だけ覗かせたエルフィさんに呼び止められた。
「少ししたらお呼びしますから、総一さんは呼ばれたら入ってきてください!」
エルフィさんは投げやりに言うと、パタンとドアを閉じた。
しかし、中からは二人の会話が小さく聞こえる。
「本当にやるのですか? 姉上」
「せっかく準備したのですから、やらない手はありませんわ! その……総一さんは、わたくし達にとって初めてのお友達なのですから、礼儀を尽くして全力で当たるのこそ重要だと思うのです!」
「はぁ、まぁ姉上の気持ちが分からないわけではありませんが……」
「全くもう、今更何を言うのですか。後が控えているのですから、こんなところで立ち止まっている場合ではありませんわ! 持ちましたわね? では行きますわよ……総一さん! 入ってきてください!」
エルフィさんの大きな声が聞こえ、ドアが少しだけ開かれる。
丸聞こえだったんだが……一体何を準備しているやら……。
俺は左手で後頭部をぽりぽりと掻いてから、少しだけ開かれたドアを大きく開いた。
パァーン、パァーン。
二度炸裂音が響き、俺の頭の上に細い丸まった紙テープが降り注ぐ。
火薬の匂いが鼻孔に届き、視界には「歓迎! 織田総一」と書かれデコレートされたコルクボードを抱えているアインと、クラッカーを握るエルフィさんの姿が映った。
「歓迎しますわ、総一さん!」
「良く来てくれました、総一!」
エルフィさんとアインの声が、ワンルームであるアインの部屋に、そして俺が立つ男子寮7階の廊下に響く。
少しして、何事かと聞きつけたらしき隣人の男子生徒幾人かが、ドアを開けて廊下に顔を出し、アインの部屋の前で立ち尽くしている俺を見ていた。
この光景は一体何だろうか。
サプライズパーティー? だが、友人として訪れただけで特に祝うようなことはない。
「お、おう。お邪魔します」
動揺しながら応えて、とにかくアインの部屋の中にささっと入ってドアを閉めた。
∬
部屋の中に入った後、俺は二人に歓待された。
小さなテーブルと共に用意されていた料理や飲み物、極めつけには何故かあるホールケーキを食した。
いちごのショートであるケーキの飾りには、コルクボード同様に歓迎の旨がチョコレートソースで書かれたクッキープレートがあって、ケーキを食べ終わった後に配分されたクッキーをばりぼりと噛み砕く。
飲み物で噛み砕いたクッキーを流し込み、一息付いたところで、切り出すことにした。
「えーっとさ、歓迎されてるのは有難いんだけど――」
俺がそれだけ言ったところで、アインはすぐに苦笑いを浮かべる。
しかし、エルフィさんは心底不思議そうな顔で俺を見ていた。
「――このサプライズパーティーは、一体?」
一体、何なのか。
たかだか友達を部屋に招待したところで、サプライズパーティーをするだなんて風習は、少なくとも俺は聞いたことがない。今日はクリスマスでも誕生会でもないのだ。
〝総一さんを天閃学園寮に、友人として招待いたしますわっ!!〟
そう言っていたエルフィさんは記憶に新しいが、まさかこんな謎のサプライズパーティーを企画されているとは夢にも思っていなかった。
せいぜい一緒にゲームしたり、革命科について談笑したりと、その程度の事だと思っていたのだ。
俺が決意して切り出した質問に、
「一体って、総一さんの歓迎会ですわ! お友達を招待したときは、日本ではこのようにするのが礼儀ではありませんか!」
エルフィさんがツインテールを揺らしながら、堂々と大きな胸を張って答える。
だが、隣にいるアインはやはり苦笑いを浮かべたままで、エルフィさんとは態度が明確に異なっていた。
俺は、勿論適当に流すことだって出来る。「そ、そうなんだ~」とかなんとか言って、適当にこの話題を終わらせることだって出来る。
けれど、それは二人に対する裏切りのような気がした。
「ごほん、あー……えっと、そうだな」
咳払いをして、エルフィさんとアインに交互に目を合わせる。
「どうやら、致命的な文化の誤解があるみたいだ……」
「え?」
エルフィさんが驚いたように小さく声を上げて目を見開き、アインはまるで知っていたかのように無言で肩を竦める。
「友達の家や部屋に訪れたからって、こんな歓迎会をするなんて風習は日本にはないぞ。いや、無い事もないんだが、そういうのは他に何か特別なイベントがあるときだけだよ。例えば、誕生会だとか、クリスマスなんかの記念日だとか、そういう」
俺が言い終えると、エルフィさんは戸惑った様子を見せる。
「そ、そんなわけありませんわ! だって、そのように……確かにそのように《アーティー》に習いましたわ……!」
「アーティー?」
エルフィさんから突然出てきたアーティという名前について推し量っていると、決まりが悪そうにアインが笑った。
「姉上、総一の言う通りなんです。
友人を新たに作るのは喜ばしい事ですが、日本にはそんな習慣も風習もないのですよ。僕たちがアーティーに教えられた事が間違っていたのです。
申し訳ありません、僕はそれが間違いだと知っていたのです。
ですが、姉上が余りにも楽しそうに総一を迎える準備をしていたのと、このあと総一に話す予定だった事とを考えた結果……敢えて間違っていることを、姉上に伝えない事にしました」
アインはエルフィさんと向き合って話すと、「本当に申し訳ありませんでした、姉上」と深々と頭を下げて謝る。
「本当に、本当に、アーティーが間違っていたんですのね……?」
話を一通り聞いたエルフィさんは、とても寂しそうな表情をすると確認した。
アインがその問いに「はい……」とゆっくりと頷く。
エルフィさんは「そうでしたのね……」とだけ呟くと俯いてしまった。
「すみません……総一。なんだか雰囲気が悪くなってしまいました。ですが、総一ならきっと、間違っていることを指摘してくれると信じていました」
再び決まりが悪そうに笑うアイン。
その表情からはエルフィさんに似た哀愁が感じられた。
しかし、そんなに無駄に信じられても困るのだが、まぁ……こういうのも悪くない。
「……総一。僕達には、まだ総一に話していないことがあるのです」
ひたむきな眼差しをアインが俺へと向ける。
「どこから話しましょうか。そうですね……総一は、僕と最初に会ったときの事を覚えていますか?」
もちろん覚えている。入学式の日だ。
「カミール先生と一緒に、オーカーに乗った時だろ?」
俺の言葉を聞いて、アインがいつものイケメンスマイルを取り戻す。
「そうです。入学式のあの日、僕らはお互いに自己紹介して、そしてその後、友達になった」
友達になったのは、俺が検査を終えた後だったな。
まだ日にちが経っていないからはっきりと覚えている。
「総一はオーカーの車内で、僕にした質問を覚えていますか?」
「質問……? あーうんまぁ、おぼろげながら覚えてるかな」
たしか、そう。エルフィさんと兄妹なのかを聞いたのだ。
結果としては、
それ以外には、出身に関することや、モテそうで羨ましいとか、モテそうだねとか、モテそうでいいなーとか。大体そんな感じのことを聞いた記憶がある。
「ほら、あれだろ? エルフィさんと身内なのかとか、あと外国人なのーとか」
あとモテそうだね、とかだ。だが二度は言うまい。
「そうです。僕はそれに当たり障りのない答えをしました。
ですが、その中で僕は総一に話さなかったことがある。
他にも、総一は不思議に思った事があったはずです。けれど僕のことを気遣ってか、根掘り葉掘り聞くような事はしませんでした」
つまり、モテそうだって事か。
別にそんなことは気にしなくて良いのになぁ。
アインはつくづく律儀な奴である。
「僕は総一に、姉上と目の色が違うことについて具体的には話さなかった。そして総一もおかしいと思っていたでしょうが、“父と母が外国人なのに、僕らがれっきとした日本人である”という点に関して、追求してくることはなかったのです。それこそが、今日、総一を招待してお話したいことに繋がっているのです」
うん、全然違ったね、当たり前だね。
あーそういえばそんな質問もしたなぁ。でもそこまで気に留めてなかったよ。
言われてみればおかしいのだが、なぜ俺はあの時に気付かなかったのだろうか。
「その事か……つまり、“両親が外国人なのに、その子供が日本人であるわけがない”って事だろ?」
「その通りです。やはりお気付きでしたか、さすがは総一ですね」
うん、ごめんね、全然気付いてなかった。今言われて気付いたのだ。
たぶん、あの時の俺は、ひょっこりと講師という立場で数年ぶりに現れた信子との事を考えるのに精一杯で、そこまで会話の細部にまで注意が行き届いていなかった。
「日本国籍は血統主義で決まる。ですから、両親が外国人である僕らは、日本国籍を取得できるわけがない」
そう、日本国籍を取得するには、基本的には両親のどちらかが日本人である必要がある。だが彼らは両親が外国人なのだ。この基本的な条項には当てはまらない。
無論、日本人になれないわけではないが、帰化できるのはまだもう少し大人になってからの話だろう。
「だけどアインはあの時、『れっきとした日本人だ』って言ったよな。あれは嘘だったってことか?」
俺がそう質問すると、俯いていたエルフィさんが顔を上げた。
「アインは、弟は嘘などついていませんわ。わたし達は確かに生まれてすぐに日本国籍を取得しています。同時に、アメリカ国籍も取得しているのですわ」
「ちょっと待って。えーっと、両親共に外国人なんだよな?」
二人が頷く。
「で、遺伝的な親も、その外国人の親御さんなんだよな?」
またも二人は頷いて、彼らが生まれる前に死んだ日本人の父親が、二人の生物学的な父であるという線も消えた。
「じゃあ、残る1個も……二人には当てはまらないよなぁ」
両親共に外国人であると言っているのだから、両親不明なわけでも国籍がないというわけでもないだろう。この線も消える。
「ごめん、俺が知っている限りの条件じゃ、二人が日本人であるわけがないんだけど、一体どういうことなんだ?」
俺は頭を掻きむしりながら白旗を挙げる。
「わたし達の言う“両親”と、日本の国籍法における血統主義の“生物学的な両親”との間に違いがあるのですわ」
「うん……? えーっと……二人の生物学的両親のどちらかが、日本人ってことか?」
だが、それはおかしい。
だって、二人はどう見たって白人だ。
最初に会ったときは、特徴的な髪の色からハーフやクォーターと俺は思っていた。
でも日々を過ごす内に、顔の造形を眺めれば眺めるほどに理解する。
二人の身体的特徴には、日本人的な面影なんてものはこれっぽっちも存在しない。
日本人らしい側面があるとすれば、いまこうして日本語を流暢に扱っている点と、二人が持つ精神性のみだ。外見上では、日本人らしさなどかけらも見つからない。
二人に比較するなら、マリエ副会長の方がずっと日本人らしい面影を残していると思う。
ならば残る可能性は……そうか!
「もしかして……二人は〝生物学上の両親の受精卵を移植された、日本人代理母から生まれた〟って事かな?」
これならば二人の言い分は全て成立する。
出産場所が米国内であったならば、出生地主義を採用するアメリカで国籍を取得することも可能だ。日本で出生届を提出後に代理母が二人の親権を放棄したならば、その親権を日本人でないアイン達の生物学上の両親に移すこともたぶん可能だろう。
そして、あの引っかかりも解決は可能だ。
俺が出した答えにアインが頷く。
そして、二人はより神妙な面持ちとなって真相を語り出した。
「その通りです。僕らは第二東京にある米国大使館の地下研究所において、日本人代理母の子宮から生まれました。そしてこれが総一が昔した『眼の色が違う』という質問の答えにも繋がるのです。
僕と姉上は“それぞれ異なる日本人代理母の腹から3ヶ月差で生まれた”、“生物学上の父親を同じくし、生物学上の母が異なる”姉弟なのですよ。だから、僕と姉上は目の色が異なるというわけです」
やはりそうか、違う母体であったなら僅か3ヶ月差生まれの姉弟というのも可能になる。
「わたくし達姉弟は生まれてすぐに旧首都東京にある地下研究所へと移され、そこで黎明期の子育て兼初等教育人工知能の《アーティー》によって、ほぼ生きた人間の手間をかける事なく、アメリカ国籍を持つ〝日本人として〟育てられたのですわ……」
二人から語られた衝撃の出生の秘密に、しばらく俺の頭は完全に黙していた。
その間にも驚くべき事情が二人によって語られていく。
「《
「わたくし達は旧首都の研究所で中等部2年までの年齢を過ごし、そしてプロジェクトの概要を知らされると共に、アメリカ人スパイとして教育研究特区信州へ、天閃学園中等部へと送り込まれたのですわ」
だめだ、もう話が突飛すぎてついていけなくなりつつある。
「ちょっと待てよ、じゃあ何か? 二人はアメリカのスパイだってわけか?!
なら、なんで俺にこんな事話すんだよ……?」
二人の真剣な表情からは嘘を吐いている様子など全く感じられない。
長いとは言えない二人との友人関係だが、俺はそれだけは確かに感じ取っていた。
彼らは真実を述べている。
だが、なぜそれを俺に話すのか?
その真意は皆目見当が付かない。
「僕らは米国のスパイとしてこの学園に送り込まれました。ですが
アインの表情が一瞬だけ曇る。
「……奇しくもプロジェクトは大成功を収めていたのですわ。
アーティによる日本人としての子育てと教育が功を奏したのでしょう。わたくし達は立派に〝日本人として〟育った。見てくれは総一さんたちとは違うかも知れませんが、わたくし達姉弟は自分たちのアイデンティティを〝日本人である事〟だと明確に判断していますもの!
その、多少の齟齬はあるかもしれませんけれど……」
エルフィさんが少しだけ寂しげな表情を見せる。
「えぇ、姉さんと僕は日本人です。しかし、アメリカのスパイとして送り込まれた事もまた、覆しようもない事実でした。けれど、僕らは日本人としてありたかった、日本人であると信じていた……」
「ですからわたくし達は、総長に直談判したのです」
二人はそう言ってから顔を見合わせると、小さな笑みを浮かべる。
「驚くべき事に、遠野総長は僕らがアメリカのスパイだと言う事を既にご存知でした。今となってみればそれが特区の技術力の為せる技であると十分理解していますが、当時は本当に驚きましたよ」
「本当に! こちらは心臓が止まる思いでお話ししたというのに、全ての事態を把握なさっていたのですから、わたくし達はまるで道化師でしたわ!」
「そして総長は僕らに一つだけ問いました、『この国を、世界を変革する覚悟はあるか?』と」
遠野総長の低音が聞こえてくるかのように、その光景がありありと脳裏に浮かぶ。
入学式の日にもそんな事を言っていたな。
「わたくし達は『はい!』と即答しましたわ」
「それからは怒濤の展開でした。総長室を出て1時間も経たない内に、僕らのスパイとしての秘密連絡手段を通して命令が届いたのです。
それには任務が終了する事とスパイとしての役目が終わること、そして最後の命令として『遠野恭一郎の指揮下に入れ』と記されていました」
「そうして……わたくし達は晴れて、正真正銘の日本人になったのですわ!」
エルフィさんが高らかに宣言する。
二人は先ほどと同様に顔を見合わせると、今度は満面の笑みを俺に向けた。
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