第25革 新たなパートナー / 救世主

「総一、本当に良かったのですか?」


 革命科棟講義室に着くや、俺の姿を見つけたアインがいつものイケメンスマイルで俺に聞いてきた。


「問題ないよ。言ったろ、俺には予定らしき予定なんてものはないんだ。俺の都合なんてそこまで重要じゃないよ。それにせっかく副会長が渡りをつけてくれたんだ、ここで俺が行かないって言うのもなんだか悪いしな」

「そうですか、そういう事なら良かったです。ね、姉上」


 アインは左隣に座るエルフィさんへと話を振るが、エルフィさんは「そうですわね」としか言わなかった。

 むむ、何か怒らせるようなことをしただろうか?

 俺がそんな事を考えていると、


「なんだか素っ気なく思えるかもしれませんが、あれは姉さんの照れ隠しなんです。気にしないでください総一」

「そ、そうなのか。やっぱり急過ぎだから、俺から断ったほうが良かったのかもとか少し考えちゃったよ」

「まぁ、今日の実習が終わったら僕たちは総一の為の準備に大忙しでしょうが」


 そう言って、アインが少し悪戯めいた笑みを浮かべる。

 やはり、断るのが正解だった気がしてきた……。



   ∬



 今日は土曜だ。

 合宿以降、土曜日にほとんど座学はなく、今日は革命科棟での実習しかカリキュラムされていない。荷物を革命科棟講義室に置いた俺達は、着替えを済ませると地下5Fの実習場へと向かった。


「やっときましたね~」


 実習場へ着くとすぐに、気の抜けるような声が俺を出迎えた。


宇野女うのめさん」

「覚えていてくれたんですね~、そうです、宇野女シアさんですよ~」


 ゆっくりとした動作でえっへんと胸を張る宇野女さん。今日も以前と同じくエンジ色のツナギを着込んでいる。ぼさぼさの髪の毛も変わらない。


 俺が宇野女さんと話し始めると、アインとエルフィさんは「それでは僕たちはこれで」と言って、別のシミュレーターへと向かっていく。

 気を使ってくれたのだろうか、シミュレーターは隣にもあるのだが。


「宇野女さんがこちらに居るなんて珍しいですね」

「ん~そうかもしれませんね~。わたしはもっぱら実機の整備作業をしていますからね~。と言っても、このシミュレーターも親機は実機となんら変わらないんですよ~。この下のフロアに親機があって、そこに接続された子機がシミュレーターとなっていてですね――」


 宇野女さんがゆっくりとした口調で、この実習場のシミュレーターの構造について説明していたその時、


「――宇野女さん、脱線しています」


 八枷がやってきて、そう言ってふるふると首を振った。そう言っている八枷の頭には、真っ赤なヘアバンドが鎮座していた。髪はいつものハーフアップとは違い、よりしっかりと小奇麗にまとめられている。そして何よりも、八枷はいつも着ている白衣を着ていなかった。八枷が着ているのは、俺たちと同じ学園支給のジャージだ。


 とにかく、場違いに見えた。

 無理をして兄姉の服を着た童女そのものである。


「お~ハカセちゃん! ハカセちゃんがウチの学校のジャージを着てる~!」

「驚くところはそこですか……ちょ、やめてください宇野女さん」


 八枷を見つけた宇野女さんは、すぐさま八枷を抱きかかえるようにすると頬ずりをして八枷を愛で始めた。


「やめないと、本当に怒りますよ。わたしの一存で、宇野女さんを整備部から飛ばすことなんて簡単なんですから」


 八枷がそう言うと、宇野女さんはしゅんとして「信子には好きにさせるのに~」と悔しそうに言って、八枷をおろした。


「別に、信子だから許しているわけではありません。信子はあれです。わたしが嫌がったところでやめるとは思えませんし、何より信子の機構における権限は、わたしと同位に迫る勢いですからね。明確にわたしの影響下にある宇野女さんとは場合が異なります」


 呆れるような遠い目で八枷は言う。


「と、わたしも脱線してしまいました……。ですが宇野女さんも悪いのですよ」


 八枷が自らの失態に驚愕の表情を浮かべていた時、ちょうどそこへ刀道先輩がやってきた。


「総一くん、おまたせ!」

「い、いえ、俺もさっき来たところなので……」


 まるで駅前で待ち合わせしていたカップルのようなセリフで先輩に応じる俺。

 なんだか緊張してどもってしまった。AIちゃんにあんな事を言われてから初めての先輩とのやり取りだものな。


「あれ、ハカセちゃん、どうしたのその格好!」


 キラキラとした眼で八枷を見る刀道先輩。しかし宇野女さんのように八枷に手を出すようなことはしない。先輩は彼女らと違って自制の効いた女性なのだ。特にのぶねぇには先輩を見習って欲しいものである。


「今日のところは用意が間に合わなかったので仕方なく既製品を使ったのです。多少動き難いですが問題はないでしょう」


 先輩の問いに淡々と答える八枷。

 そして、八枷は刀道先輩を一瞥して目を伏せると、言った。


「総一さん。今後あなたのパートナーはわたしが務めることになります」


 その場の時が止まった。少なくとも俺にはそう思えた。


「そ、そうそう~。それでわたしが呼ばれたってわけなんだよ~。総一くんとハカセちゃんには特別なシミュレーター訓練をやってもらうことになっててね~。それには実機を使うことになってね~。そこでほら、整備部きってのエース、宇野女シアちゃんの登場~ってわけで~」


 宇野女さんがいつもより少し早いペースで喋り続ける。


「どういう、ことですか?」


 刀道先輩が真剣な眼差しで八枷を見つめる。


「そのままです。たった今を以て、総一さんのリーヴァーがわたしに変更という事ですよ」

「あの、そうじゃなくてっ。どうして急にそんな事になったのかって」

「それはね~、ほら上の事情があってね~、作戦的にね~。あ~ここから先は言っちゃダメだったんだった~どうしよう~」


 八枷は淡々としていて、宇野女さんが一人、狼狽えながら頭を抱えている。


 俺は、ただただ困惑していた。


 そこへ、救いの手が差し伸べられる。


「愛紗、あんたのせいじゃない。作戦上、ハカセちゃんの方が都合が良かったってだけよ」


 俺達の元へやってきたのぶねぇが、そう言って刀道先輩の頭にぽんと手を置いた。


「のぶねぇ……」


 一言だけのぶねぇの名を呼んだ刀道先輩は、顔を隠すようにしてのぶねぇの胸に顔を埋めた。


「ばっか、泣かないのこんな事で。あんたのせいじゃないって言ってるでしょ」

「でも、でもぉ……」

「ほら総一、シア、さっさと行きなさい。ハカセちゃんも」


 のぶねぇが、この場はわたしが受け持つとばかりに、パタパタと手の平を泳がせる。

 なので、言われるがままに、俺達は訓練場を後にした。



   ∬



 その後、レヴォルディオン実機の格納庫エリアへと移動した俺たち3人は、気落ちした空気のまま淡々と作業をこなしていった。

 俺と八枷の為の実機調整作業、刀道先輩とやっていたのとあまり変わらないミッション型シミュレーター訓練。八枷のリーヴァー能力を明かされることもなく、ただひたすら標準武装のブレードとライフルのみでの訓練だった。


「今日はこれくらいにしとこっか~」


 宇野女さんの一声で、俺達の作業は終わりを迎えた。


「ハカセちゃん、総一くん、お疲れ様~」

「ども、お疲れ様です」

「――お疲れ様でした」


 未だに、俺たち3人はあの時の空気感を引きずったままだった。

 すると突然、宇野女さんが床にがっくりと崩れ落ちた。


「うぅ~、あの時何もできなかったよ~。これでもわたし、天閃学園の生徒だったときは、救世主~なんて呼ばれたりしてたんだよ~。なのに、あの気まず~い空気で何もできなかったよ~こんなんで本当に救世主を名乗っていいんだろうか~」


 絶望に打ちひしがれるようにして頭を抱える宇野女さん。


 宇野女さんが救世主? どういう事だろうか。

 あの、ほんわか~とした存在感で数々の修羅場を諌めてきたとか?

 けれど、そんなシーンは全く想像できない。


 ならば、宇野女さんが学生時代のときは、実は物凄い能力を持ったリーヴァーだったとか?

 んーでも、革命力が高いと生徒会入りしてたはずだよね?

 宇野女さんが生徒会に入っていたという話は、今のところ聞いた覚えはない。

 それに彼女が生徒会にいるという状況もしっくりこない。

 まぁ、それを言ったら俺もなんだが。


「あんたが救世主って呼ばれてたのは、その名前のせいでしょうが」


 宇野女さんについて思いを巡らせていると、のぶねぇの声が格納庫に響いた。

 のぶねぇが格納庫の鉄床をカツカツと鳴らしながら、俺たちの元へとやってきた。


「名前のせいってどういう事?」

「わたしとシアは学園の同期なんだけど、その頃から言われてた笑い話よ」


 俺が尋ねると、床に伏した宇野女さんを見ながらのぶねぇが言う。


宇野女うのめシア、ウノメシア。要するに、宇野さんの救世主メシア! ってね。

 シア、あんたは所詮、全国のの救世主なのよ。そのあんたが、宇野さんの関わらないところで、どうこうできるわけないじゃない」

「そうだった~わたし宇野さん限定だった~! ごめんね総一くん、ハカセちゃん~!」


 気怠そうに言うのぶねぇと、再び頭を抱えて唸る宇野女さん。


 その様子に思わず噴き出して笑ってしまった。

 八枷も笑いを堪えているようで、なんとも言えない複雑な表情になっている。


「そもそも、ただの言葉遊びではないですか、全く。救世主を名乗るのもおこがましいです」


 八枷がそう言って、ようやく流れていた気まずい空気が消えたように思えた。

 たぶんきっと、この瞬間だけは宇野女さんは俺たちにとっての救世主になれたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る