第24革 加賀軍曹

 爺ちゃんの背後にある時計を見れば、そろそろ朝食を摂って家を出なければ学園に間に合わない時間だ。

 俺が時計を見たのが分かったようで、爺ちゃんは「遅刻しないようにな」と俺に一言だけ言った。なので、俺と八枷は二人で朝食を食べようと居間に向かう。


「なぁハカセ、あの馬鹿でかい声の人ってさ、やっぱり自衛軍の兵隊さんなわけ? 確か前にうちに来た時、爺ちゃんに軍曹って呼ばれてたよな」


 爺ちゃんの書斎を出てすぐ、八枷に尋ねた。


「えぇ、わたしもあまり詳しいわけではありませんが。彼が自分で名乗る分には『自衛陸軍、軍曹』だったと記憶しています」

年齢としは?」

「たしか信子と同じ19歳ですね。名前も教えましょうか?」


 至れり尽くせりである、八枷の問いに俺は首を縦に振った。


「彼の名前は《加賀かが利家としいえ》です。家康さんの士官学校時代の教え子だそうですよ。普通の学校では校長を慕う生徒は余りいないと思いますが、どういうわけか彼は家康さんにとても懐いているようです」


 へぇ、前田利家から名前を取ったのかな。まぁ名字が名字だし、そう考えるのが妥当だろう。


 ハカセに軍曹について聞いている内に、居間へと到着した。さっさとメシを食って学園へ向かわなければ……。


「ですから! 今回は少将閣下にお話があってですね!」


 すぐそこの庭の軒先でのぶねぇと言い争っている。その上、馬鹿でかい声だから嫌でも話の内容が聞こえてくる。


「どーせまた、『信子さんを僕に下さい!』とか言い出すんでしょ。この前言ったじゃない、わたしには総一っていう決まった人がいるって、いい加減諦めなさいよね!」

「それはそれ、もちろん信子さんを俺の嫁に頂けるのであれば願ったり叶ったりではありますが……! 今回は本当にそうではなく、家康閣下にお伝えしたい事があってですね!!」


 八枷と一緒に婆ちゃんに用意して貰った朝食に手を付け始める。すると、ちょうど爺ちゃんも居間へとやってきた。俺たちと共に食べるのかと思いきや、信子たちのいる庭の軒先へと向かっていく。


「どうした、軍曹」

「少将閣下!」

「ちょ、お爺ちゃん!?」


 のぶねぇは爺ちゃんが来ないものだと思っていたらしく、かなり驚いている。

 まぁあんな話の後では、自分の教え子に会うのは気が引けるだろうしな。のぶねぇにしては相手を思いやった判断だったと思う。

 とはいえ、あの声のデカさでは筒抜けだ。

 爺ちゃんが出てこざるを得なくなるのも分かる。


 爺ちゃんが窓を開いて廊下から声をかけると、加賀軍曹は背筋を正してこじんまりとした敬礼をして喋り始めた。


「加賀利家軍曹! 本日を以て特区松本駐屯地付きの任を解かれ、新たな地にて任務を与えられる事となりました! ゆえに、家康少将閣下にしばしの別れのご挨拶に伺った次第であります!」

「なに……?」


 爺ちゃんは軍曹の言葉を聞いて不可解そうな顔をしている。


「それで、どこ行くんだ」

「ハッ! 軍規に関わるためお答えできません! 申し訳ございません少将閣下!」

「ふん、それでいい。ワシがそう教えたからな。

 だが、ワシになんの情報も来ていない配置換えとなると、動かしたのは千石か有馬ってとこだろう、どうだ……?」

「ハッ! お答えできません!」


 爺ちゃんの質問に、加賀軍曹は敬礼したまま頑なに答えようとしなかった。

 既に自衛軍を退いた爺ちゃんを今でも『少将閣下』と呼んでいる辺り、相当な恩義を感じているように思う。けれど、それでも答えない姿勢からは素直に誠実さが感じられた。

 凄く真面目な兵隊さんなんだろう。


「もういい、分かった。軍曹、気をつけろよ」

「ハッ! それでは本日はこれにて失礼します、閣下!」

「おう」


 軍曹は今度は足を鳴らして敬礼。そして、のぶねぇへと再度向き直った。


「少しの間のお別れになります信子さん! ですが、俺は諦めたつもりはありません!」

「いや、諦めなさいよ……」


 のぶねぇは前髪を掻き上げると、額に手を当てて呆れている。

 爺ちゃんは後は任せたとばかりに、俺たちのいる居間へと来て腰を下ろした。


「諦めません! ですから、待っていて下さい! 必ず帰ってきます! そのときには必ず――」

「――だー、もういいから! つーか待たないし! わたしにはあんたなんて関係ないし! 勝手にしなさいよね!!」


 のぶねぇが業を煮やしたのか、諦めたのか、軍曹と対峙するのをやめる。そして軒先から窓を開いて家に上がるときっちり鍵をかけ、「ご飯!」と婆ちゃんに大きな声で言った。


「待っていて下さい、信子さん! 必ず戻ってきます! それでは御機嫌よう!」


 誰もいなくなった庭先で一人そう宣言すると、加賀軍曹は去っていった。


「お前たちと敵対しないといいがな……」


 爺ちゃんが婆ちゃんの運んできた味噌汁を啜って、ぽつりとそう呟く。

 それに婆ちゃんがからかうような声色で反応する。


「あら、信子がすぐ軍曹と結婚しちゃえばいいじゃないの。あなたの時みたいに、結婚したばかりだと自衛軍でも転勤キャンセル効くんじゃなかったかしら?」

「はぁ!? 冗談でもそういう事言わないでよね、お婆ちゃん!」


 のぶねぇは婆ちゃんを据わった目で睨みつけると、当てつけのように盛大に音を立てて味噌汁を啜る。それでも江子婆ちゃんは、「あら、いい男じゃないの」と引き下がらなかった。



   ∬



 朝食を終え、家を出る準備の為に自室に戻ると、ガジェットの通知ランプが点灯していた。

 それを見て、制服に着替えながら「起動」とボイスコマンドを送る。それから部屋に置いてある無線接続のスピーカーの電源を投入。


「AIちゃん、通知内容読み上げてくれるかな」


 俺がそう言うと、さきほど電源を入れたスピーカーからAIちゃんの音声が出力される。


『おはようございますっ、総一さん! 通知はアインさんからです。あ~あ~、昨日約束した件ですよこれ!』


 そうAIちゃんが言うと、アインからのメッセージが読み上げられた。


『おはようございます総一。昨晩の件ですが、急かとは思いますが、明日、寮の方へと来ていただくことになりそうです。

 来週でも良かったのですが、姉さんが早いほうが良いと言って譲らなかったもので……。本当は1週間前には来客届けを提出することになっているのですが、今回は特別にと副会長の口添えがあって寮長から許可がでたようです。総一、本当に急ですから断ってもいいですよ』


 AIちゃんがアインの口調を再現しながら読み上げるので笑ってしまった。

 声色はAIちゃんのままで口調だけアインにするものだから、とても面白かったのだ。


「オーケー、あした、日曜にうかがうって、そう、返しておいて」


 俺が笑いながら命じると、「了解ですっ」とAIちゃんが元気良く応えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る