第18革 イスルギとロートシルト

「よぉ、新入り……お前、信子の弟なんだって?」


 通信映像に映る石動いするぎ会長の目は細められ、さながら獲物を前にした狩人のような目だ。

 ワインレッドのレヴォルディオンであるRev1。その右腕には既にツイステッドブレードが握られている。


「……一応そうですが」


 いやそうだけど、通信してきて第一声がそれなの? 

 ていうか会長と話すの初めてじゃない?

 なのに、なんか余り芳しく無い雰囲気になっている気がするのだが……。


「石動会長……まさかこのようなところで――」

「――お前は黙っていろマリエ」


 不穏な空気を感じ取ったのは、どうやら俺だけではなかったらしい。マリエ副会長が石動会長に意見するように口を開いたが、それはすぐに会長によって遮られた。


「……気に入らないんだよな」


 ぽつりと石動いするぎ会長が呟く。

 狩人のような瞳の鋭さに更に磨きがかかった気がする。

 それを見て、俺の背後に座る刀道先輩が息を飲む音がかすかに聞こえた。


 まさかの後輩いびり始まっちゃう!?

 いやいや……いま俺たちが乗ってるのはレヴォルディオンですよ?


「……石動新志いするぎ あらし。さすがに黙っていることは出来ません。

 あちらでは恐らく、協力者と共に遠野総長がこちらを観測していると思って間違いありません。ここにきてむざむざと――」


 会長から発せられる殺伐とした雰囲気。

 それに再度、止めるようにマリエ副会長が割り込んだ。

 副会長は「あちら」と言いながら、Rev1の左側――北東方向へと眼差しを向ける。

 だがしかし、


「――僕は黙っていろと言ったはずだ。

 ……ロートシルトと言えど、本来お前は分家も分家。

 贄として僕にあてがわれたにすぎない小娘風情が……ロートシルトを名乗らせて貰えるだけで有り難いと、僕の後ろでしおらしくしていればいいんだよ」

「……」


 悔しそうに整った顔を歪めて唇を噛むマリエ副会長が、通信映像に映し出される。

 副会長はそれきり押し黙ってしまった。


「……あれが見ていようと構うものか。僕は物足りない演習に華を添えてやろうって言うんだ、面白い余興になるだろうさ」


 石動会長は副会長が見ていた方角を一瞥すると、そう言って忌々しげに目線を戻す。


「さて新入り……僕はお前が気に入らない。本当に気に入らないよお前」


 石動会長が、なおいっそう睨みを効かせて言う。


 あちゃーこりゃ無理だな。会長さんやる気だわ。

 そう思った俺はレヴォルディオンの右腕を少しずつ動かし、右足に備え付けられているブレードを右手に添える。


「なにより模擬戦で僕より上のナンバーを与えられてたのが気に入らない。

 だから――少し遊んでやるよ」


 そう会長が言い切るか言い切らないかの内に、Rev1がスラスターを全開に噴かして突進。俺達へとブレードで斬りかかってくる。

 俺は添えていた右手で逆手にブレードを抜くと、そのままにRev1の刃と交差させた。


 衝撃音と共に、海水面が一号機の突進で生じた風圧で揺れる。


 事前にブレードに右手を添えていなかったら……確実に剣戟を受けきれなかっただろう。

 それに……ブレード同士がぶつかり拮抗しているように見えるが、俺はジリジリとこちら側が押されているのを自覚していた。


『――隊長機仕様のRev1には通信機能を始めとして数々の強化が……』


 逆手で剣戟を受けたせいもあるのかもしれない。

 そう思った俺は必死でRev1のブレードを押し返すと、逆手から順手に持ち替えようと距離を取る。

 しかし、一号機は距離を開けてなどやらぬとばかりに猛追してまた剣戟を放ってくる。


 かろうじて持ち替えることは出来た。それほど時間を与えられなかった為、いまは両手持ちでRev1のブレードを受けている状態だ。

 だがそれでも――押されている。

 隊長機のみ強化されているという機体性能差の現れだろうか。

 明らかに機体出力があちらのほうが上だ。


「おいおい、距離なんて空けるわけないだろ」


 通信をよこした会長の口元がにぃっと歪められる。


「模擬戦での一撃……。あんなの使われたらさすがの僕でも厄介だからな」

「嫌だなぁ、ちょっとブレードを持ち替えようって思っただけですよ。そんなに怖がらないでくださいよ会長」

「ハッ、減らず口を!」


 繰り返される剣戟の応酬。

 しかし俺は為す術もなく、機体性能で勝るRev1からの攻撃に防戦一方だった。

 一撃でも有効打が通ればたぶん機体はただでは済まない。それはシミュレーションで経験して重々承知している。

 一見、突きしか有効でないように見えるブレードの形状であるが、普通に振りぬく斬撃であってもレヴォルディオンの装甲はあたかもバターのように抉られてしまう。


『右肩に損傷! 損傷軽微っ!』


 受けた剣戟が右肩を掠った。真っ白な装甲が削れて宙を舞う。

 攻撃の手を出すことができないでいる俺を、まるで痛ぶるように会長は次々に斬撃を繰り出してくる。


「……どうした弟。さっきから下がる一方だぞ!!」


 パイロットシートから乗り出すような勢いでこちらを煽ってくる石動いするぎ会長。

 嗜虐的に歪む唇が機体性能差による優勢を確信しているように見える。


 どうしたらいい……! 先輩の刀剣変化アビリティを使ったところでここまで接近されていたらどうしようもない。

 そもそも刀に変化させてRev1の斬撃を受けたら……ブレードの耐久性は大丈夫なのか。

 模擬戦の時みたいに一瞬でブレードを硬化させればなんとかなるか!?

 いやあの時はすんなりイメージ通りに出来たけど、いま失敗したら……。

 くそっ、全く対抗策が浮かばない!


 俺が必死になって対抗手段を検討していたその時。

 刀道先輩が会長からの通信映像を切った。


「総一くん、わたしに任せてください」


 背部から先輩の緊張した声が聞こえる。


「任せるって、どうするっ、つもりですか刀道先輩!」


 剣戟への対応で手一杯な俺は声を荒げる。


「《システムKATANA》を使います……!」


 何かを決意したかのような、刀道先輩の凛とした声がコクピット内に響く。


「総一くんは最初みたいに少しでいいから距離を取って、それから出来ればわたしの能力アビリティで刀を作って下さい!

 ……あとはわたしがなんとかしてみせます!」


 システム、カタナ? 先輩からそんな事聞いたことないぞ!? ……いや、待てよ。

 そういえば……かなみさんと先輩が模擬戦の時にそんな話をしていたような……。

 いや考えあぐねている猶予はない。

 先輩が自信ありげに任せてくれって言ってるんだから、相棒としては任せるのが筋ってものじゃないか。


「わかりました、やってみますっ! 刀道先輩に託します!」

「……はい! 託しちゃって下さい!!」


 とにかく時間を作る。少しでいい。

 距離を離して先輩のアビリティ刀剣変化で刀を創造するのだ。

 ……やってやる。


 そうしている内にも猛然と迫り来るRev1。

 絶対に距離を空けさせまいと、俺が機体を後方に下げようとする度に、会長は距離を詰めて剣戟を放ってくる。

 きっと会長は依然として、下がり続けるだけの俺達に対してその唇を嗜虐的に歪めているだろう。


 ……だからこそ、俺には勝機があった。


 今までの俺はブレードを切り結んで押され、ただ逃げるだけ。ただ後方に下がるだけ。

 ――だが別に、


 さっきまでと同じように一度剣を受けてブレードを弾いて下がる。

 そこに猟犬のように喰らいつこうと距離を詰める一号機。

 その瞬間――俺はレヴォルディオンのスラスター出力を限界まで引き絞って――機体を前進させた。


 左上段からブレードを打ち下ろしてくるRev1。

 それとまともに切り結ぶつもりは端から無い。

 同様に剣戟を受ける構えをしてブレードを上段に携えるが、ブレード同士が触れ合ったその時。俺は即座に型を変えブレードを左向きに倒す。

 そして水平よりやや斜め下気味にブレードを払った。


 相手がこちらに突進してくるのが分かっているのならば。

 ――同様にこちらも突進して、払い抜ければいい!


 そのまま一号機の右側を払い抜けて、全力で前進を続ける。

 少々の左腕へのダメージは覚悟の上だった。

 だが偶然にも、受け流すかのような格好でRev1の剣戟の軌道を変える事ができた。


 俺は切り抜けた勢いのままスラスターを全開にしてRev1の背後方向へと向かう。

 目を閉じて創造する――刀を。

 見えているわけではないが、愛紗真打が機体の手に握られていることだろう。

 そして、俺は声を上げた。


「後はお願いします、刀道先輩!」


 会長の顔が、俺達の背後を捉えて歪むサディスティックな表情が脳裏に浮かぶ。

 きっと背後では壮絶な速度で一号機が近づいてきているはずだ。


「システムKATANAアクティベート!」


 刀道先輩が凛とした声で叫ぶ。


『システムKATANA発動を確認しましたぁ!

 メインコントロールをリーヴァー、刀道愛紗へ移譲!

 オペレート業務はわたしが引き継ぎますっ!』


 先輩のボイスコマンドに反応したのか、AIちゃんが応える。

 俺が目を開くと、全天モニターの視界中央で『システム:KATANA』というポップアップが赤色で大きく表示されていた。


 俺からレヴォルディオンの機体コントロール権限が奪われる。

 加えてピリっとした小さな痛みが背中から全身に走る。


 操縦から開放された俺はシートから乗り出すようにして後方を見る。

 先輩の手がメインパイロットのように操縦桿を握る様子が目に映った。


『アジャスト完了しましたっ! やっちゃいましょうマス……愛紗!』


 AIちゃんのやる気満々といった感じの音声がコクピットに響く。


 ――しかし俺はAIちゃんの台詞を悠長に聞いているどころではなかった。


 後ろを見て、先輩の頭越しに映る全天モニター。

 そこには、舌なめずりをするように大きくブレードを振りかぶったRev1の姿が映っていた。

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