第19革 システムKATANA / アンティークサブマリン


「先輩、後ろっ!!」

『愛紗、背後ですっ!』


 俺とAIちゃんの警告が同時にコクピット内に轟く。

 同時に左上段から容赦なく振り下ろされるRev1のツイステッドブレード。


「――分かってる」


 刀道先輩はいつもより低い声で呟く。そして流れるような動作で刀、愛紗真打を右肩に担ぐように右腕を掲げた。

 機体背部の全天モニターで眼前に迫る一号機のブレード。


 ――金属同士が擦り合わさったような音が鳴り響く。


 先輩は肩越しに背部へと動かした刀でブレードを受け止めると、全く意に介さない様子で掲げていた右腕を戻す。すると――Rev1のブレードが俺達のレヴォルディオンの僅かに隣へと打ち下ろされて虚空を切る。

 俺達の機体は全くの無傷だ。


 先輩が俺を一瞥して囁くように言う。


「――座っていて総一くん。危ないし……出力が足りなくなる」


 刀道先輩はそれだけ言うと、またもや流れるような動作でスラスターを制御し機体を横に回転させる。


「は、はい!」


 危ないのは分かるけど、出力……?


 訳も分からず返事をして、先輩から放たれる記憶に無い迫力に気圧され急いでパイロットシートへと座り直す。


 全天モニター正面にRev1の姿が映る。

 必中と思われた背部への一撃。

 それをいとも容易く受け流された一号機は呆然と、先輩が機体の向きを変えるのを見ているだけだった。

 しかしこちらが完全に正面に向き直ってしばらくすると、また猛烈な勢いで斬撃を加えてきた。


 ――斬撃、斬撃、斬撃、刺突。


 けれどその攻撃の全てを、一歩も機体を動かさない刀道先輩に受け流される。

 最初は警告を発していたAIちゃんでさえ、三撃目からは音声出力をやめてしまった。

 眼前に映るRev1はまるで肩で息でもしているかのように、その無力さを漂わせるばかりだ。


 そして通信が入った。


 映像が繋がってすぐ、石動会長の端正な顔が崩れる。


「ちっ、急に動きが変わったわけだ。

 やはり操縦しているのは愛紗か、システムを発動させやがったな……!」


 不愉快そうにそう言い放った石動会長。

 それに先輩が応じる。


「――だから前に言ったじゃないですか石動先輩。

 わたしが剣を教えてさし上げましょうか、と。

 あれだけ気に入らない気に入らないと啖呵を切って襲ってきた割にどうです。

 わたしが相手になった途端に手も足も出ない……よもやリーヴァーであるわたしを忘れていたというわけでもないでしょうに。

 挙げ句の果てには通信で恨み言ですか? 無様ですね……実に、無様です」


 唾棄するような声色で先輩はそう言い捨てた。


 えーっとあの、刀道先輩?


「フンっ! お前は相変わらずだな。だが接近戦で、ブレードで勝ったからっていい気になるなよ愛紗。だいたい僕にはまだ――」

「――を使うんですか? そうすれば、もう後には戻れませんよ石動先輩。

 わたしもアレに加減をすることはできません。

 そうなれば……わたしは自分を、そして総一くんを守るために先輩を倒すしかなくなります。

 本当にやるつもりですか――」


「――どうしますか?」と刀道先輩は嘲るように会長に問うた。

 それに会長が肩を震わせるようにして、ギラギラとした目で操縦桿を握り直したその瞬間。


「待ってください! これは……我々の他に熱源反応があります!」


 唐突に、押し黙っていた副会長が声を荒げた。


「今更なにを言うマリエ、奴が見ているとさっきお前が――」

「いいえ、そうではありません会長。協力者らしき熱源ともまた別に、微弱ではありますが接近する熱源を探知しました」

『こちらでも確認しましたーっ! 識別不明の熱源がこちらへと徐々に接近中。これは……海中ですっ! 海中からアンノウンが接近ですよっ愛紗、総一さん!!』


 AIちゃんが通信に割り込む。


「ふん……運の良いやつらだ。演習陣地に連絡を取れマリエ。

 こんな状況は想定されていないはずだ。

 この海域は協力者によって確保されている。それがこの演習の大前提であるはずだ。

 計画に支障が出る可能性が大きい。急ぎ対応を確認しろ」

「了解です」


 AIちゃんの声は会長達にも伝わっていたようで、平静を取り戻したように見える会長がそう指示を飛ばすとマリエ副会長が頷く。

 そして会長がなにやら操縦桿を動かす。しかし一号機の機体は動かない。


『飛翔物体高速で接近ですっ!』

「……大丈夫」


 AIちゃんの警告に先輩が囁く。

 そして飛翔物体が俺達の前に姿を表した。


 鮮血のような赤色。二つの刃が連なり螺旋を描く。


「……これは、ブレード?」


 俺がぽつりとそう言うと、


「そう、がロートシルト先輩の能力アビリティ

 ブレードを自在に自律兵装として扱う事ができるようになるわ。

 それも近接攻撃だけに留まらず、ブレードを多彩な形態に変化させ遠隔攻撃も可能」


 刀道先輩がそう教えてくれる。

 高速で接近してきたワインレッド色のブレードは、Rev1へとゆっくり近づくと背部ウェポンホルダーへとがしゃんと結合。

 そして鮮血のワインレッドから金属的な普通のブレードの色へと戻った。


 けど、おかしいじゃないか。

 だって、いま目の前にいる一号機の腕にはもう1本ブレードが握られている。


「ブレードが二本――?」


 俺が不思議そうに首を傾げると、


「……ぺらぺらとこちらの能力を気安く喋るな愛紗。システム発動中のお前はこれだから困る。

 それと新入り、おまえ隊長機の仕様も頭に入ってないのか? 隊長機はブレードを二本携行してるんだよ。

 せっかく愛紗に助けられたしょうもない命。それくらいは覚えておくんだな」


 あざ笑ってそう会長が言うと、先輩が俺を庇うように切り出した。


「わたしはこれでも人は選んでいるつもりです石動いするぎ先輩。それに、仲間を本気で殺しにかかってきた頭のネジの外れた生徒会長に言われては、総一くんも呆れるばかりでしょう」

「……邪魔がなければ仕留めていたさ、例えお前が相手でもな、愛紗」


 二人の間に険悪な雰囲気が流れる。

 そんな中、副会長はなにやら別の通信先と話をしているようだった。演習陣地って言ってたし八枷や信子が相手だろうか?


 それにしてもだ。

 さっきから先輩の様子がおかしい。

 いやだって、刀道先輩って言えばこう、小動物的な愛らしさを醸し出す女の子女の子して俯きがちな……。

 先程から俺の後ろで石動いするぎ会長とやりあっている先輩はまるで別人である。


 余程、会長と馬が合わないということなのだろうか?

 でもいま会長が『システム発動中のお前は』とか、重要そうなワード言ってなかった?

 まさか……まさかね……。


『Rev1からの通信リンク要請を承認ですっ』


 俺がそんなことを考えていると、AIちゃんの音声が鳴る。

 そして全天モニターにのぶねぇの映像が映し出された。


「この馬鹿共がなにやってんのよ、全く。さっさと帰還してればこんなことにならなかったのに――」


 ぶつぶつとのぶねぇの小言が並べられる。


「――とにかく、送られてきたデータをこちらで解析した結果、あれは某国の潜水艦だと判明したわ。それも7、80年は前の第一次冷戦時代の骨董品よ。

 よくもまぁあんな骨董品が今も稼働しているものだと感心するくらいよ」


 のぶねぇは呆れるように首を振る、そして神妙な表情になって姿勢を正した。


「――命令を伝えます。Rev1及びRev2は、すみやかに潜水艦を破壊。

 その後ただちに今度こそ帰投すること」

「……へ?」


 あまりの唐突さに素っ頓狂な声を出してしまった。

 俺は確認するためにその言葉を復唱する。


「……破壊?」

「――そう、破壊よ」


 しかし返ってきたのはのぶねぇによる肯定だ。


「だって、そりゃ日本にとっては敵性国なんだろうけど、あれには……あの潜水艦にだって、たぶん人が乗ってるんだろ!? 80年前の骨董品だって、いまそう言ったじゃないか。

 漁船のようなオートパイロットってわけじゃないんだろ?!」

「……そうよ。急に初めての実戦ってことになったのは謝るわ。けれど今ここであの潜水艦をこの海域から離脱させるわけにはいかない」


 隠し切れない苦悶の表情を浮かべながらも、のぶねぇは説明してくれる。


「レヴォルディオンのEWS電子兵装は強力よ。わたし達がいま使っている量子暗号通信以外に、その干渉をかいくぐって通信を行う事は不可能。

 けれどデータベースとの照合によれば相当の旧式潜水艦。あれにはかなり原始的な偵察機器が搭載されている可能性が高い」


 聞きながら、俺は八枷の言葉を思い出していた。


『最低でも5、60年は前の年代物の撮影機器ヴィンテージでもない限り――』


 のぶねぇは更に説明を続ける。


「――わたしたち革命機構が動く日は近い、けど今の段階で彼らにレヴォルディオンの情報を渡すわけにはいかない。ここで艦艇を破壊すれば、彼らの本国に情報が届くことはないでしょう」


 説明は分かった。

 分かったよ。けどさ。


「……なんで! そんな可能性のある場所に演習なんて!」


 俺は声を絞りだすように叫ぶ。

 だってそうじゃないか、なんでそんなところで馬鹿みたいに演習なんて……。


「協力者によれば……っ!」


 俺の取り乱した台詞に、信子は言葉を詰まらせながらも続けた。


「この海域は彼らの制圧圏内にあるはずだったのよ……」


 そこに、これも一号機を経由しての通信だろう。

 信子の通信の横に八枷の映像が表示された。


「総一さん、信子の言っていることは事実です。この事態は我々にとって全くの想定外なのですよ、あまり信子を責めないでやってください……」


 くっそ。別にのぶねぇを責めたいわけじゃない。

 そんな事は自分でも分かってる。

 八枷もそう言うならそうなんだろう。

 これは本当にイレギュラーな事態だったのだ。

 だが、だからって……。


「……総一くん」


 刀道先輩も後ろから俺に声をかけてくれるが何も答えられない。


「ふん、臆病者が。機体が震えているぞ忌々しい……」


 通信映像で石動会長が嘲笑する。


 どうやらいつの間にか、機体に俺の心が伝わって震えてしまっていたようだ。

 《システムKATANA》。

 それが発動中とはいえ、フォルツリーヴェをバイパスする役目は依然として俺が担っている。たぶんそういうことなんだろう。

 だから機体のコントロールが先輩にあるとはいえ、俺の心境が大きく反映されているのかもしれない。


 全く、恥ずかしいな。

 操縦している刀道先輩は機体の震えを明確に感じ取っているだろう。

 そして俺の今の混沌とした心情も。


 先輩は機体の左腕で、刀に変化させたブレードを持つ右腕を抑えるようにするが震えが止まらない。

 それを見た石動会長は嫉妬に滾るようなおぞましい表情をしていた。

 そしてしばらくして俺に言い放った。


「僕らがやる、臆病者は引っ込んでいろ」


 そう言うと、会長は持っていたブレードを潜水艦が探知されている方向へと投擲。

 そして徐々にワインレッドに染まったブレードが海上で停止した。

 Rev1の開かれた右手が胸の前で左から水平にすっと切られる。

 すると、海上で停止していた鮮血色のブレードが弾けた。


 無数の小さな球体状にバラバラになったツイステッドブレード。


 Rev1が開かれた右手を目の前に掲げる。


「ふんっ、前世紀のボロ船が! 素直に海の藻屑になっていろ!」


 会長の台詞と共にRev1の右手が、ぐっと握りこまれたその瞬間。

 恐ろしい速度でバラバラになった球体が海中へと没して行く。


 そして少しして、海表面に大規模な爆発が起こる。


 某国の潜水艦は沈められた。

 たったいま海面で起こった爆発がその残滓だ。


 最低でも50人、そのくらいの人数が潜水艦に搭乗していたはずだ。

 それをこうもたやすく破壊してしまった。


 この日。2051年4月8日。土曜日。

 直接手を下したわけではないが、初めての一方的な殺戮を俺たちは経験した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る