第17革 実機稼働演習

 ひたすらに山中を駆ける。

 レヴォルディオンに搭乗して旧長野県である特区を抜けて新潟県へ、目指すは日本海だ。


『演習のターゲットは日本海、そこに一号機から三号機それぞれのターゲットが協力者によって用意されているはずよ。海上の目標を撃破、帰還することが今回の演習における任務よ。

 それじゃ、座標データを各機に転送っと。

 以後、一号機から順にRev1レヴワンRev2レヴツーRev3レヴスリーと呼称します。んじゃ! 演習開始!』


 機体搭乗後、のぶねぇによる説明はあっけなく終わり、すぐに演習が始まった。

 3機のレヴォルディオンがそれぞれ別のルートで山間部を超えて日本海を目指す。


「だだっ広い演習場用意しておいて、その場所は使わないんだもんな……」


 前方を遮る木々の合間に機体の足を運びながら、俺は独りごちる。

 それを聞いて、背後のシートに座る刀道先輩がクスッと笑い声を上げたようだった。

 すると全天モニターに映像が浮かび上がった。八枷だ。


「それは当然といえば当然です。広い演習場とはいえレヴォルディオンの実機演習を行うとなれば、あれでも狭すぎるのですよ。それに――音だけは面倒ですからね」

「あぁさすがに127mmライフルはなぁ……」


 あれを一度でもぶっ放せば、その音は山々に木霊こだまして広い範囲に轟くだろう。

 それを防ぐための海上演習ってことでもあるらしい。


「ですからあの場所はあくまでも、レヴォルディオンがあまり人目に付かず山中に入れるようにする為だけに用意された場所なのですよ。先ほど説明したように最新鋭のステルス機能が働くので、レーダーに捕捉される心配はありませんからね」


 八枷は「できるだけ人目に付かない事が重要なのです」と言う。


「でも今時、みんなガジェットみたいな携帯端末持ってるだろ。山中であまり人目に付かないって言ってもレヴォルディオンの大きさだぞ? 気付いた人が写真や動画を撮ってたらまずいんじゃないか?」


『それには心配及びませんよ総一さんっ! レヴォルディオンの《EWS電子兵装》は非常に強力です。EWSを使っている限り、一般的な撮影機器なんかじゃこーんな風にモザイクだらけになって撮影なんて無理ですよー!』


 八枷の映る画面の横に現れたAIちゃんがそう説明してくれる。AIちゃんはこんな風にと言いながら自分のグラフィックに一部モザイクをかけて笑う。


「証拠がなければ20m級の二足歩行ロボットを見たなどと、アニメを見過ぎの世迷い言だと判断されるのが必然的でしょう。

 最低でも5、60年は前の年代物の撮影機器ヴィンテージでもない限り、レヴォルディオンが撮影される心配はないということになる。そんな物好きがほいほいいるとは思えません」


 八枷が「それもこんな山中に」とAIちゃんの説明に淡々とした表情で付け加える。

 

「……のぶねぇ投げやりすぎだろ! そういう説明一切なしだぞ」


 AIちゃんとハカセ、二人の説明がなければ間違いなく。人目に怯えながらの山中強行軍だった。


 にしても最新鋭のステルス機能を始めとしたEWS電子兵装、ね。

 小等部の寮時代から無駄にネットで情報収集を続けていた程度の俺でも、それが常軌を逸した技術であろうことは分かる。

 レーダーに捕捉される心配はない――そう八枷は言ったのだ。


 特区内にも自衛軍駐屯地は存在する。

 加えて21世紀初頭に起きた超震災以降、新たに旧長野県に設置された米軍基地まであるのだ。そこではもちろん対地対空における各種レーダーシステムを稼働させているに違いない。

 なのに、ステルス機能が働けばレーダーに捕捉される心配がないっていうのだ。

 それはつまり――自衛軍、米軍、両軍に対して圧倒的技術的優位を確信しているからこそ言える台詞だろう。


『そりゃあもう! 何と言っても、のぶねぇですからねっ』


 俺がレヴォルディオンの驚異的EWS電子兵装について思いふけっている間。

 AIちゃんが信子の傍若無人ぶりを表す逸話を音声出力して笑いながら胸を張る。

 そんな様子を見ていると、なんとなくAIちゃんの人格形成には先輩の性格が色濃く反映されている気がする。先輩とのぶねぇはかなり仲が良いっぽいしな。


 それと――刀道先輩が背後にいるのに、同じ声をしたAIちゃんが画面に現れてまるで人間のように振る舞う様子が、なんだかとても不思議な感覚だった。


 先輩はAIちゃんが現れている状況ではあまり表立って接しては来ない。

 いまも俺の背後のリーヴァー用シートで黙り込んでいる。

 なにか個人的な取り決めでもあってそうしているかのようだった。


 きっとAIちゃんを作ったのが先輩だという事。

 それを俺が知らないと思ってそうしているのではないだろうか?

 刀道先輩がAIちゃんの作成者であるという秘密を、AIちゃんが俺に暴露してしまったことをまだ先輩に知られてはいないようだ。


 黙ってさえいれば、二人の声色が同じであるとは早々気付かれない――たぶん刀道先輩はそう思っているに違いない。普通はそうだ――普通は。


 俺は先輩とAIちゃんのことに考えを巡らせながらも、できるだけ機体が目立たないように背を屈め、そして眼前に迫る森林山岳地帯を踏破していく。

 透き通るような純白の機体装甲を土色が汚す。


「まぁ信子の説明不足感は否めませんが……。時間が時間ですので仕方がありません」


 モニターに映し出される八枷がふるふると首を振る。


「時間? ……あぁ! さっさと終わらせてアイン達にも演習させてやりたいもんな!」

「それも勿論あるのですが、重要なのはそちらではなく……」


 八枷がそう言ったところで、通信映像にジリジリとノイズが混じり始めた。

 

 ちょうどそれと同時に、延々と続いた山肌と鬱蒼とした木々が目の前から消え去った。

 そして全周囲モニターには碧々とした美しい海が広がる。


 急に崖から宙に放り出された機体を制御するのにちょっと焦った。


「……もう山を抜けて海上ですか。人目に付きにくい山中ばかりの迂回路でしたが、さすがはレヴォルディオン、速いものです」


 八枷はウンウンと満足気な表情で頷く。


 レヴォルディオンの開発者である八枷にとっては、その性能を遺憾なく発揮するレヴォルディオンの勇姿は心に響くところがあるのだろう。


「ハカセちゃ~ん、もうすぐ量子通信機が限界距離みたい~」


 機体搭乗前に紹介を済ませた宇野女シアさんらしき声が、八枷の後方から聞こえた。

 そのセリフが聞こえたのか、はっとしたような仕草を見せる八枷。


「そうでした。海へ出てしばらくすれば演習陣地のこちらとは通信圏外となります。

 機体の完成を急ぐばかりに量子通信機の調整が不十分でして……いえ、とはいえRev1の周囲に居れば問題はありません。隊長機仕様のRev1には通信機能を始めとして数々の強化が……」


 八枷が言い終える前に通信が途切れた。


『陣地からの通信途絶ですっ』


 AIちゃんが報告してくれた。

 先輩はいまだ沈黙している。


 レヴォルディオンのサポート・システムとして搭載されるAIちゃんは特区や革命科棟で稼働するそれとは違い、その性質上、ある程度のスタンドアロン型となるらしい。

 陣営からの通信が途絶えたところでAIちゃんによる機能補助が途切れるというわけではないのだ。


 海の上を滑るように飛んで演習目標を目指すが、まだ結構な距離がある。

 俺はずっと聞かなければならないと思っていたことを先輩に聞くことにした。


「あの刀道先輩、ちょっといいですか?」

「……ふぁい! ……はい、えっとどうかしましたか総一くん」


 いきなり話しかけられて驚いたのか、ドギマギとした様子が背後から伝わってくる。


 まぁさっきからずっと黙っていたんだから無理も無い。

 でも、うーんやっぱり先輩は小動物みたいで可愛いなぁ。小等部の頃に男友達が飼っていたハムスターを思い出す。


「いや、どうでもいいと言えばどうでもいいことなんですが……。

 先輩たちって、俺に会う前からのぶねぇに俺の事を聞いてたんですよね? それがどんな感じだったのかなぁーと」


 さっき初めてあった宇野女さんも、初めて会った時のかなみさんも、更には先輩に初めてあった模擬戦の時も。

 彼女たちはしきりに俺のことを『噂の』『あの』などといった言葉をまるで接頭語のように名前の前に付けて呼んでいた。これではあたかも俺は珍獣である。


 まぁ宇野女さんに限って言えば、模擬戦の事を指してそう呼んでいたのかもしれないが、先輩とかなみさんはそれとは違う気がした。


「はい! それはもう! のぶねぇから総一くんの話が出ない日はありませんでしたよ?」


 先輩から弾むように帰ってきた第一声に、俺は頭を抱えたい思いだった。


 それから滔々とうとうとひたすら先輩がのぶねぇから聞いた話が繰り出される。

 その話は俺の小さい頃の話から多岐にわたった。


 俺が1歳くらいから言葉を理解した様子を見せていたという、のぶねぇですらまた聞きのような話。俺の記憶力はとてつもなく良い、などなど子煩悩の親が言いそうな台詞から、いつだって一番を目指す努力家、なにをやっても上位の成績を納める、とっても優しい――Etcえとせとら


 のぶねぇによる美化された総一おれ感がフルスロットルで花咲いていた。

 俺は呆れる以前にあまりの荒唐無稽ぶりに唖然とする。

 それは本当に俺の話なのか?


 俺の考えを汲みとってか、先輩が続けて言う。


「わたしも最初に聞く内は半信半疑だったんです」


 背後から届く刀道先輩の声には少し微笑が混じっている気がする。


「でもですよ? のぶねぇが嘘なんて一つだってついてないって表情で言うんです。あの何でも優秀に出来るのぶねぇがですよ? 何度も何度も聞く内に、もしかしたら、そんな凄い人が本当にいるのかもしれないって思っちゃうじゃないですか」


 そう言う先輩の声は恥ずかしげだ。


 確かに、確かにだ。

 ――織田信子は完璧超人である。

 昔から俺にさえ構っていなければなんでもぱぱっとこなす秀才だった。

 けれど俺の知っていたのぶねぇはそこまでだ。


 しかしその後に――革命科で優秀な成績を納め、更には生徒会長にまでなり、飛び級で大学部の修士課程まで修了――そして今では革命科の講師として君臨している。


 そんなのぶねぇが、嘘なんて微塵も感じさせない顔で俺のことを語るのである。

 のぶねぇを慕っているらしい刀道先輩が信じてしまうのも無理のない話ではないか。


「模擬戦の時――やっぱりのぶねぇの言っていた事は本当だったんだって思ったんです」


 後部シートから聞こえる先輩の声はとても嬉しそうだ。

 きっと模擬戦の時のように目をキラキラとさせているのではないだろうか……。


「あははは……有難うございました」


 かろうじて、そう先輩に返す。

 信子のとんでもない放言でイメージが作られていたと知った俺は、驚愕なんて通り越して呆然とするしか無い。

 眼前のモニターに広がる、心が落ち着くような碧々とした海だけが俺の救いだった。


『さぁさぁ思い出話もそこまでですよっ! 標的が近づいてきましたよ!』


 そんな俺の哀愁を打ち破るように、コクピット内にAIちゃんの音声が出力される。


「――標的をレーダーで捕捉しました。どうやら漁船のようです」


 先ほどまでとは打って変わって、緊張した先輩の声が後ろから聞こえる。


「漁船!? まさか人が乗ってるとかないよな。演習だぞ」


 俺も緊張して少し言葉が乱れる。相手は刀道先輩なのに。


 演習とはいえ、機体搭乗前に宇野女さんと八枷から聞いた話によればレヴォルディオンに――127mmライフルに搭載されているのは実弾である。

 練習用装備なんてものは用意されていない。撃てば物は壊れる、人に当たればまず間違いなく死ぬだろう……。


「センサーで確認しました、安心してください総一くん。あの漁船ターゲットは完全に無人です」

「了解!」


 先輩の一言でふぅっと息を吐き出す。操縦桿を握る手に力が篭もる。


 さて、あの漁船を撃破して演習陣地まで帰還すればミッションコンプリートだ。

 まだ距離はあるし、127mmライフルで撃ち抜けばいいだろうか。

 俺がそう思った直後――レヴォルディオンの全天モニターに赤いエフェクトが表示され警告音が鳴り響く。


「回避、間に合いません!」


 先輩がそう言った瞬間、機体に被弾。装甲に小さい何かが当たって跳ね返るような音が繰り返し鳴り響く。小さな振動が多数コクピットにも伝わってくる。

 咄嗟に機体の軌道を左に変えて回避運動を取ると、モニターの右後方で外れた何かが海水を叩いて飛沫を上げたのが感じられた。

 そのまま射程外まで一度機体を後退。


『右腕及び胸部に被弾! ダメージ極軽微っ!』


 AIちゃんの音声により被害状況が報告される。


「いきなり撃ってきたのかよ、無人だってんじゃないのか!?」

「無人なのは間違いありません、漁船後方を見てください総一くん!」


 言われて漁船後方をよく見ると、そこには二機のガトリング砲が設置されていた。

 人影は見えない。

 回転していたバレルがゆっくりと回転をやめると上に銃身が跳ね上がった。


「くっそ、自動で撃ってきてるってわけかよ」


 漁船はオートパイロットでかつ、AIちゃんほどとは行かないまでも人工知能を搭載しているのだろう。それが武器管制も担っているようだ。


 無論、あの口径のガトリング砲程度ではレヴォルディオンにまともな損傷を与えることはできない。しかしだからといって攻撃を貰うのは面白くない。

 

 なら……!


 俺は海表面ギリギリを滑っていた機体の高度を一気に上げる。

 そして漁船の直上へと機体を進めた。


 急激な動きにより、機体のスラスターが稼働する音が強く感じられる。

 その間、俺たちRev2を追随するように撃ちながらガトリングの砲身が上がっていくが、ギリギリのところで被弾は回避できていた。


 漁船の直上へとたどり着いた。

 ……思っていた通り、かなり接近しているはずだがガトリング砲からの攻撃はない。


 ほっと一息ついて、直下の漁船を見下ろす。

 漁船に設置されているガトリングは全部で5機。前方に一機、左右にそれぞれ一機、そして後方に二機。

 しかし漁船の直上へと上がった今、そのガトリングすべてが、俺たちの機体を捉えられずに悔しげに上顎を上げていた。

 きっと急ごしらえの演習ターゲットとしてこの漁船が用意されたのだろう。設置されていたガトリング砲の射角はそれほど広くはないようである。


 無防備となった漁船に安心して鉄槌を下せる。

 先輩の能力アビリティを使うまでもない。

 俺は左肩に備え付けられていた127mmライフルを構えると、漁船に三発の弾丸をくれてやった。あっけなく、漁船は爆発炎上して海へと沈んでいく。


『演習ターゲットの撃破を確認ですっ! おめでとうございます! 後は帰還するだけですよ総一さん!!』


 AIちゃんによって画面端でCGのくす玉が割られ、祝福を受ける。

 後方に座る先輩も安心したのか、「はぁ~」と息を吐き出した音が聞こえた。


 しかしまだ演習は終わっちゃいない。帰るまでが遠足って言うだろ?


 俺が帰りの方角へと機体を向けたその時、


「待ってください! こちらに接近する熱源反応あり! 識別確認しました。これは……レヴォルディオンのようです。Rev1がこちらに向かってきます」


 刀道先輩による管制報告が入る。

 

 突然の報告に身構えてしまった、けれど……なんだ、味方か。

 Rev1ってことは石動会長とマリエ副会長ってことかな。


「よぉ、新入り」


 俺がちょうど彼らの顔を思い浮かべていると、石動生徒会長からこちらへと通信が入る。

 そして会長が駆るワインレッド色のレヴォルディオンが、俺達の前に降り立った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る