第ニ章

第16革 生徒会合宿

「生徒会合宿をしようと思います!」


 生徒会室で初めての会合、各々の軽い自己紹介が終わった直後。

 のぶねぇの発案からそれは始まった。

 

「はぁ? 何言い出してんだ信子」


 のぶねぇの突然の提案に、石動いするぎ新志あらし会長が凄むように続ける。


「お前、元会長だからって調子に乗るなよ?

 今の生徒会長は僕だ、この石動新志が決めたことこそが絶対だ。

 合宿だぁ? そんなもんは却下だ却下。

 僕は今期の生徒会を、お前がそうしていたように慣れ合いオママゴトにするつもりはない」


 手をひらひらとさせながら、気怠そうに生徒会長はのぶねぇの提案を却下した。


 うへぇ、こいつ、のぶねぇ相手に容赦無いなぁ。

 だが俺は知らんぞ、相手はのぶねぇだからな……。

 というか、のぶねぇって会長やってたのかよ……!


「アラシさぁ、あんた馬鹿なの?」


 のぶねぇは一応生徒の、石動生徒会長に対して罵倒する。


「調子に乗ってんのはどっちだか、現実を教えてあげましょうか?

 確かに生徒会長はあんたよアラシ。

 革命科三年で今年度の初模擬戦も制したしそこに文句はないわ。

 でもわたしは顧問! ただの生徒に過ぎないあんたと、革命科講師で更に生徒会顧問の私。一体どっちの権限が上だと思ってんのよ」


 勝ち誇ったのぶねぇの声が生徒会室に響き渡る。

 石動会長はぐうの音も出ないようだったが、


「ハッ、好きにしろ。

 ……ただし強制力はないはずだ。僕は欠席させて貰うからな! あとは任せたぞマリエ!」


 と言い放つと立ち上がって、生徒会室から出ていことする。

 その石動会長の背中にのぶねぇの台詞が飛ぶ。


「別にいいけど――あんたがレヴォルディオンに乗りたくないならね」



   ∬



 2051年4月8日。土曜日。快晴。

 俺たちは天閃学園革命科棟からオーカーで更に北へ。

 特区と新潟県の県境付近の山中。そこに造成された大きな池――野外体育館のような施設もある場所に来ていた。


 のぶねぇは演習場と言っていたが、そんな看板は一切ない。

 辺り一帯はすべて学園の保有したり借り受けたりした土地であるようで、周りに家屋は全く見当たらない。


 まぁそんな看板があったら、それはそれで物騒すぎるか。

 堂々とそんなものがあれば、市民団体が騒ぎ始めるのも時間の問題だろう。


 本来、今日は休みの日であるはずった。

 しかし、のぶねぇ発案での生徒会合宿となれば俺が逃げられる道理はなかった。

 とはいえ、元から逃げるつもりもなかったけどね。


「はぁ、三機も運搬するとなれば一大作業ですね」


 八枷が俺の隣でそうこぼす。


 演習場には何台もの大型トレーラーが次々と入ってきている。

 その中身は紛れも無く、レヴォルディオンの実機だ。

 トレーラーには大きくローマ数字で1、2、3とナンバーが振られている。


「ハカセも来たんだな?」

「それはそうでしょう、なにせ初めての実機稼働演習です。開発者であるわたしが同行するのは当たり前じゃないですか」


 八枷は当然のようにそう述べる。


 そう――今日の演習ではレヴォルディオンの実機に乗れるのだ。

 俺にこの魅力的な提案を断る理由がない。

 これが実機に乗れる初めてのチャンスなのだ


「いや俺達は生徒会合宿だって建前でここに来てるからさ」

「それは信子の無駄なこだわりという奴でしょう。

 毎年、生徒会の生徒たちはあまり例外なく、革命科上位の革命力を持った生徒たちで構成されていますからね。

 今年は最初から、革命科上位生徒を集めての演習が予定されていたのです。

 ですからほら、生徒会以外の生徒も何人か来ているでしょう?」


 八枷の視線の先には、何人かの役員以外の生徒がいた。


 エルフィさんと話す刀道先輩。

 そして、そんなエルフィさんを微笑ましく見守るようにするアイン。


「レヴォルディオンに乗るのです、動かないのでは話になりませんからね」

「……それでアインと刀道先輩もきてるってわけか」


 アインはエルフィさんと、そして刀道先輩は俺とペアを組むということだろう。


「お! なになにー。なーに話してんのよ総一くん!」


 俺とハカセがそんな話をしていると、そこに沢森さんが割って入る。


「いえ、生徒会合宿って聞いてたけど、それぞれのペアの相手も来ているんだなって話をしていたんですよ沢森さん」

「あー、あたし達のペアは両方とも生徒会入ってるからね。

 ホントはあたしじゃなくて、愛紗が生徒会に入るはずだったんだけど、あの子がどうしても嫌だって言うからあたしになったのよねー。

 そだ、総一くんにはちゃんとした紹介まだだっけ、ちょっと待ってて!」


 沢森さんは思いついたようにそう言って、俺たちから離れる。

 そしてすぐにもう一人を連れて戻ってきた。


「この子は《なつき》! あたしの双子の弟! あたし達は二人でペアやってるのよ」

「はぁー!? ちょっと待てよ、かなみ。俺が兄でお前が妹だっつの!

 母さんからも父さんからも何度も言質とってんだろ、先に生まれたのは俺、その後に生まれたのがかなみ!!」

「ばっかねぇ、男が小さな事にこだわるなっつの。そんなだからあんたいつまで経ってもあたしがリーヴァーなのよ。それに先に生まれたかどうかよりも、どっちが姉や兄らしいかってのが問題じゃない? そこから行くと、どう考えてもあたしが姉であんたが弟でしょ」

「うっるせぇ、戸籍上は俺が兄だっつの!」


 あぁ素晴らしきかな姉弟漫才。

 もう正直どっちが姉でも兄でもいいよ。


 八枷はそれに呆れるようにして、さっさと自分の仕事へと帰ってしまう。


 俺は二人が言い争っているのを見ながら微笑ましい気分になっていた。

 二人共双子だけあってよく似た顔立ちをしている。


「もういいわ! どっちでも!」


 沢森弟? が話を区切ると、


「俺は沢森なつき! って、それは生徒会室の自己紹介でも言ったっけ、よろしくな総一くん。

 あー呼び方はかなみと被るから、俺の事はなつきって呼んでくれ」

「わかりました。よろしくお願いします、なつきさん」

「あー良いって良いって、なつきで。なんか『さん』付けされるとむず痒い!」


 先輩は慣れないからやめろ! と言っていた沢森さんと、似たような事を言う沢森なつきに少し笑ってしまう。

 とはいえ、上級生をいきなり名前で呼び捨てするのも気まずい。

 一応さん付けで呼び続けることにしよう。


「ちょっと総一くん! あたしは『沢森さん』でなつきだけ名前なわけ!?」

「いやさすがに女の人を名前で呼ぶのは……」


 俺がそう答えると、沢森かなみは気に入らないという感じの表情を見せる。


「ふーん、そう。総一くんはそうやって男女差別するんだぁ」

「だ……男女差別とは違います、区別ですよこれは」


 俺はそう反論するが、彼女は不満そうな視線を俺に向けるのをやめようとはしない。


「か・な・み……! あたしのこともそう呼んでくれていいからね総一くん!」

「はぁ……えっとじゃあ――かなみさん」


 諦めて俺が沢森かなみをそう呼ぶと、「さん付けは許してあげる!」と言って彼女は気恥ずかしそうに笑う。相変わらず毛先をくるくるっと指で巻き取るようにしている。

 彼女が照れ隠しをするときはいつもこの動作が一緒のような気がする。


 だが……さすがにちょっと俺も恥ずかしいな、女の子を名前で呼ぶってのは……。


「はいはーい、談笑はそこまで」


 俺のそんな心情を知ってか知らずか、タイミング良く信子がパチパチと何度か手のひらを打ちつける音を鳴らす。


 生徒たちが信子の元へと集まる。

 アイン、エルフィさん、かなみさん、なつきさん、刀道先輩、マリエ副会長。

 そして行かないと言っていたのに何故かいる、石動会長。そして俺。


 全部で8人、それに加えてのぶねぇ、八枷。

 その他研究スタッフや整備スタッフなど、革命機構のスタッフが勢揃いだ。


「これより天閃学園生徒会、レヴォルディオン実機稼働合宿を始めます!」


 のぶねぇがそう宣言して続ける。


「今ここには大体4ペア組めるだけの人数がいるけど、残念だけどいま演習に使える機体は3機だけなのよねー」


 のぶねぇは殊更残念そうに胸の前で腕を組むと、俺達に指示を出す。


「んじゃとりあえず、マリエとアラシが一号機、総一と愛紗が二号機で、かなみとなつきが三号機で行くわよ、エルフィちゃんたちはとりあえず待機!

 日程が順調に進めば交代して演習を行ってもらうことになるかもだけど、もしかしたら見学だけってことになる可能性もあるので、そんときは素直にごめん!」

「僕はここに同席できるだけで光栄ですので」


 南無三といった感じに片手を顔の前に立てて謝るのぶねぇ。

 それにアインが爽やかな笑顔で答えると、エルフィさんも「わたくしも構いませんわ」と頷く。


「それじゃ、いま言った番号のトレーラーへ行って準備してちょうだい」


 再び俺たちを集めた時のように、信子が手を叩くとみんな各々のトレーラーへと移動を開始した。

 俺も刀道先輩に声をかけると二番トレーラーへと向かった。



   ∬



「おぉぉぉぉお! なんと! なんとなんとな~んと! これはこれは~。噂の総一くんじゃないですか~」


 俺と刀道先輩が二番トレーラーにたどり着くなり、気怠そうな声が上がった。


 噂……噂ね、またこれか。そうだ先輩に確かめなければ……。

 ――声の主は、整備スタッフだろうか? エンジ色のツナギを着込んだ女性だ。


 開いているのか閉じているのか良く分からない目。

 そしてその目の下にじわりと広がるクマ。

 髪はぼさぼさで余り手入れが行き届いているようには見えない。

 にも関わらず、そのぼさぼさの髪が長く腰まで伸びていた。


「これはまさかのアタリを引いてしまったのでは~! あらら、ごめんね~。わたし二号機の現地整備を担当します、《宇野女うのめシア》と申します~よろしくね~」


 自身をそう紹介すると、宇野女さんはぺこりとゆっくりお辞儀。

 俺もそれに習い、挨拶と一緒にお辞儀をする。

 刀道先輩は宇野女さんに、「お久しぶりです宇野女先輩」と声をかけていた。

 俺達二人の挨拶を聞いて宇野女さんは、にやら~という感じに笑みを浮かべる。

 そうこうしていると、俺達の元へと八枷がやってきた。


「わたしが二号機を担当させて頂きます。愛紗、総一さんどうぞよろしく。宇野女さん、遊んでいる場合じゃありませんよ、ハッチオープンです」

「分かってるってば~。ハカセちゃん急ぎ過ぎだよぉ~」

「……宇野女さんはゆっくりすぎです」


 八枷と宇野女さんは既知の中であるようで、そんなやり取りをするとトレーラーの運転席部分へ宇野女さんが向かう。


「おやっさ~ん、ハッチ開いてくださ~い」


 宇野女さんがトレーラーにのろのろ駆け寄りながら、運転席に座る男性に声をかける。


 そしてしばらくすると――トレーラーの側面が開き、仰向けに横たわったレヴォルディオンの機体が――ねずみ色の右腕装甲が俺達の目の前に顔を出した。

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