第15革 学級委員と生徒会

第15革 学級委員と生徒会




 水曜日、校舎棟講義室。

 昨夜、AIちゃんとはしゃぎ過ぎてあまり寝られなかった俺は、うつらうつらとしながらよく分からない授業を必死で受けた。

 必死で授業に取り組んだからといって、一朝一夕に理解できるわけではないのだが……。


『総一さんには特別レッスンが必要なようですねぇ……』


 AIちゃんの囁き声が聞こえる。

 今日俺は新型ガジェットを装着して授業を受けていた。

 電子書籍用端末は配布されているものの、ガジェットで教材を表示しつつ授業を受けることもきっちりと学園では認められている。


 これは特区でもかなり場所による、俺が通っていた中等部では電書端末のみが許可されていた。故に授業中の眼鏡型ガジェットの使用は禁じられていたのである。

 天閃学園はかなり柔軟な教育方針をとっているようなので、当たり前の光景なのだろう。

 俺の他にも、新型ガジェットを装着して授業を受けている生徒が数人いるようだった。


「総一、寝不足ですか?」


 隣のアインが俺に微笑ましく声をかけてくる。


「ん……昨日ちょっとAIちゃんと遊びすぎてさ」


 アインは「なるほど」と頷いているが、その横にいるガジェットを付けたエルフィさんは興奮気味に、


「分かります! わたくしも昨夜はとても長い時間AIちゃんと語らってしまいましたわ」

『エルフィが寝かせてくれないんですっ』


 AIちゃんが態とらしく潤んだ目をするが、エルフィさんもそれに負けじとAIちゃんと何やら話し込んでいた。

 うん? AIちゃんってそれぞれの端末でスタンドアロンというわけではないのかな。

 俺の画面上でも、エルフィさんとAIちゃんが楽しそうに戯れているので気になった。


「はーい、んじゃ今日は学級委員を決めまーす」


 いつの間にか教室に入ってきていたのぶねぇがそう大声で言った。

 カミール先生も信子に続いて、教室へと入ってくる。


「今日で革命科での生活も3日目。

 そろそろ皆さん少しは馴染んできたのではないでしょうか。いきなり学級委員を選べと言われても困惑してしまうでしょうからね。

 少し間を開けさせて頂くのが、革命科のしきたりとなっているのですよ」


 カミール先生がそう説明すると、信子が再び喋り出す。


「んじゃ、まず立候補者を募ろうかな」


 信子の一声に、席決めの時と同じような反応を俺は予期していたのだが、その予想はまるっきり裏切られた。

 誰一人として立候補するものがいない。

 なんでや、みんな席決めの時はあんなに貪欲だったじゃないか!


「んー、それじゃ誰かを推薦する人はいるかな?」


 のぶねぇがそう言うと、今度は先程とは打って変わって、教室中の生徒が手を挙げた。

 そして、彼らの視線が教室の後方に一気に集まる。

 彼らの視線の先に居るのは俺たち、俺とアインとエルフィさんの3人だった。


「私はエインハルトくんが良いと思います!」

「俺は織田総一かなぁ、彼が良いと思うな」

「あの、わたしはエルフィちゃんが良いと思うんですっ」


 口々に生徒たちが俺たち3人それぞれを推す声を出し始めた。


「はいはい、指名されてない人は喋らないでねー。

 ふぅむ、どうやらそこの3人が大方の人気を集めてるようね。

 どう? 御三方。自分がやりまーすって言っちゃえばたぶん決まるよ?」


 のぶねぇの言葉に俺たち3人は苦笑いを浮かべる。


 俺は正直に言って、普通の座学ですらままならない状況で更に厄介事は抱えたくはない。

 ていうか、なんで俺とアインとエルフィさんに人気が集中しているんだ?

 あーもしかして、模擬戦のせいかな……。

 どうも模擬戦で強烈な印象を、俺たちはクラスメイトたちに与えてしまっているらしい。


「はい!」

「おぉエインハルトくん、やってくれる?」


 何を思ったのか、アインが勢い良く挙手する。

 フフ、さすがは俺の認めた友よ! やってくれるか、アイン!

 といっても、友達(三日目)であるが。


「いえ、そうではなく……。皆さんのご期待に応えられず申し訳ありませんが、僕は辞退させて頂きます!」


 アインがきっぱりとそう言った。


 え!? ちょおおお、ずるいぞアイン!

 なにしてやったり顔でこっちに笑いかけてんだよ、抜け駆けは卑怯だぞ!


 俺はアインの突然の辞退宣言に絶句する。

 どうやらアインの左隣にいるエルフィさんも俺と同様だったようで、アインの虚を突くような辞退宣言にぽかーんとしてアインを見上げていた。


「ふむ、そうなると残るは総一くんとエルフリーデさんの2名ですか。あぁ、いやいや、幸いな事に学級委員も男女それぞれ1名ずつということになっておりましてね……」


 カミール先生がにっこりと俺とエルフィさんに笑いかける。

 いやいや、いやいやいや、嫌だって! 学級委員とか絶対それ面倒くさいやつじゃん!


「お二人にお願いしてもよろしいですか?」


 さも決まったかのように、カミール先生が俺とエルフィさんに問う。

 いや俺まだやるって言ってないからね!?


「……はい。わたくしは、総一さんと一緒ということならば……お引き受けしますわ」


 と、エルフィが唐突にそう答えた。

 ちょ、エルフィさん!?


「総一くんはいかがですか? やって頂けませんか学級委員」


 カミール先生は相変わらず貼り付けたような笑顔でこちらを見ているが、なんか凄く強引じゃない!?


 のぶねぇはと言うと、進行をカミール先生に任せたままに、とっても綺麗な笑顔で固まっていた。俺は知っている。今の信子は滅茶々々不機嫌である。


 しかし……しかしだ。エルフィさんが俺と一緒ならやると言ってくれているのに、ここで俺が「嫌だ!」なんて、声を大にして言ってもいいものだろうか。

 それは男が廃るというものではないだろうか。

 いや別にエルフィさんが嫌なんじゃなくて、めんどくさいことが嫌なんだからな?


 暫く考えこんでいたが、エルフィさんの恥ずかしそうな流し目の視線が自分に向いていることに気付いた時、俺は諦観の念の何たるかを知った。


「……はい、では俺もやります」


 2051年4月5日。

 俺は人生初めての大役を、革命科1年生、学級委員を拝命した。


「それでは、織田総一くんと、エルフリーデ・アイゼンさんに本学級の学級委員をお願いすることになりました。皆さん、盛大な拍手をしてあげてください」


 校舎棟講義室にはアインを始めとして、同級生たちによる、ささやかならざる大きな拍手が響いていた。



   ∬



「んじゃ、学級委員とみんなが所属する委員会が決まったので、これから生徒会オリエンテーションに向かいます。講堂にいくよー」


 あれから学級委員以外の役割も各々決まり、のぶねぇとカミール先生に先導されて、俺達は校舎棟の講堂へと向かう事となった。


 ちなみにアインの奴は図書委員になった。裏切り者め!


 名残惜しいが眼鏡型ガジェットは外してAIちゃんと別れる。

 はぁ、革命科棟だけじゃなくて、校舎棟でもAIちゃんがどこにでも居ればいいのにな。


 数分歩いて講堂へと到着すると、そこには既に大勢の生徒たちが集められていた。

 入学式で見たことのある顔がちらほらと見える。

 俺たち革命科の生徒だけでなく、普通科の学生たちも集められているようだ。


「んじゃ、総一とエルフィちゃんはこっちね」


 のぶねぇに手を引かれて、俺とエルフィさんが他の生徒達から離されていく。


「みなさんはここに学籍番号順に着席なさってくださいね」


 カミール先生が残ったクラスメイトたちへ椅子に座るように指示を出す。


 エルフィさんと俺はのぶねぇに連れられて、生徒たちの前方左手へと到着すると、のぶねぇによりそこある椅子に座るよう促された。


 なんでこんなところに学級委員の俺達が?

 これからやるのは学級会ではなく生徒会だろ?


 俺たち二人が席についたのが合図であったかのように、会場にマイクの音が鳴った。


「それでは、これより2051年度、天閃学園生徒会オリエンテーションを開始します」


 声の主はマリエ・ロートシルト副会長である。

 今回も司会進行役をしているのは彼女だ。生徒会主導のオリエンテーションらしいので当たり前なのかもしれないが……。


 オリエンテーションの内容は委員会活動の紹介がメインだった。

 またそれらに応じて、各委員会の委員長らしき上級生が壇上に上がりつつ説明が行われていく。


 かなり事務的な内容に段々飽きてきた俺は、小声で隣りに座るエルフィさんに問いかける。


「ねぇエルフィさん。なんで俺らは皆と違うこっちの席なんだろうね?」


 俺の言葉を聞いたエルフィさんは眉をしかめる。


「総一さん……学園から配布された生徒手帳ファイルはご覧になりまして?」

「入学式の日は、ばたばたとしてたから全く」

「はぁ……そんな事だろうと思いましたわ」


 いやそんなの読まないって、大体ガジェットはすぐ一度回収されたし、読むチャンスは昨夜と入学式の夜しかないじゃないか。

 そんな短時間に生徒手帳ファイルなんて読むわけ無い。

 両日共にものすごく疲れていたのだ。

 正確に言えば昨日の夜はAIちゃんと戯れるだけの時間があったのだが……。


「……総一さんはなぜ学級委員をお受けになったのです?」


 俺が生徒手帳に関して顔をしかめていると、エルフィさんが俺に聞いてきた。


 エルフィさんの視線が……と答えるわけにもいくまい。はてどうしたものか。


「エルフィさんと一緒ならやってもいいかなーって」


 俺は取り繕うように、彼女が「総一さんと一緒なら」と言った言葉を同じように言う。

 ただのオウム返しに辟易するかと思っていた。

 しかし、エルフィさんは、「そんな……」と言いながら顔を真赤にしてしまった。


「……総一さんはもっと女性に対して、遠回りなアプローチを学んだほうがいいですわ!」


 顔を真赤にしたまま、表情だけは怒ったエルフィさんが、言葉を絞りだすように俺をやんわりと批難する。


 うん、俺はエルフィさんの台詞をそのまま言っただけなんだけどね。

 なんで怒られてるんだろう俺。


「とにかく」


 エルフィさんは仕切りなおすかのように咳払いをすると続ける。


「革命科の――Sクラスの学級委員とはすなわち、自動的にということですわ。

 一年生であるということから察するに、わたくしたち二人が拝命する役職はたぶん書記といったところでしょうが、大変な役職であることには変わりありません。

 総一さんも今後は生徒手帳ファイルに目を通すことをお勧めしますわ」


 はぁ!? 生徒会メンバー!? ていうかSクラスってなに!?


 中学まで日陰者として過ごしてきた俺にとって、まるで関り合いのないことだった。

 学級委員ですらとんでもない大役を仰せつかったと思っていたのに、一足飛びで生徒会のメンバーだって!?


「えっ、それって……」


 俺がエルフィさんから更に詳細を聞き出そうと、若干彼女の方へと体を乗り出すようにすると、副会長の台詞がそれを阻んだ。


「それでは、本年度、天閃学園生徒会役員をご紹介致します。

 役員の皆さんは壇上へと上がってください」


 マリエ副会長の凛とした落ち着きのある声が入壇を促してくる。


「さぁ総一さん、行きますわよ!」


 エルフィさんに後押しされるように、訳が分からぬままに俺も壇上へと上がる。

 俺とエルフィさん、そしてマリエ副会長を含めて、総勢5名の生徒たちが壇上へと揃った。


「それではご紹介します。一年生、書記、エルフリーデ・アイゼンさん。

 同じく一年生、書記、織田総一くん。

 続きまして二年生、会計、沢森かなみさん。同じく二年生、会計、《沢森なつき》くん。

 そして、わたし、三年のマリエ・ロートシルトが副会長をさせて頂きます。

 どうぞ皆さんよろしくお願い致します」


 副会長が礼をしたので、それに合わせて紹介された俺たち一年生、そして二年生も続くように頭を垂れる。


「また、生徒会顧問は織田信子先生にお願いすることになりました。織田先生よろしくお願いします」


 のぶねぇは壇上には上がらず、先ほど俺達が座っていた近くで立ち上がると、生徒たちへ向かって会釈をするように頭を下げる。


 うげぇ、顧問がのぶねぇとか正気か天閃学園! 遠野総長はなに考えてんすか、マジで!

 生徒会活動の先行きが不安である……。


「では最後に、天閃学園生徒会、生徒会長よりご挨拶があります――」


 そうだよ、副会長はいるけど肝心の生徒会長がいない。

 顧問であるのぶねぇすら紹介されたのに、壇上には生徒会長の姿はない。


「――生徒会長、三年、《石動いするぎ新志あらし》」


 副会長がそう言うと、


「はい」


 と、控えめでハスキーな中性的な声が、壇上でも、そしてのぶねぇのいる生徒たちの前方左側でもなく、生徒たちの一団の中から講堂へと響いた。


 一人の男子生徒が立ち上がる。

 かなり強いウェーブのかかった癖っ毛っが目元まで覆っていた。高校生、それも三年生の男子生徒にしては小柄な体躯。


 生徒会長と紹介された男子生徒は、生徒たちの一団から抜け出ると、壇上へと上がる。

 そして俺たち生徒会役員の中央前方へとたどり着くと、両手で撫で上げるように自らの癖っ毛をオールバックにした。


 前髪に隠れていた獣染みたギラついた目元が、先程までとは変わって挑戦的に歪む口元が――隠されていたそれらがあらわになる。


 斜め後ろから見ている俺でさえ、その雰囲気の変わりように息を呑んだ。


「ご紹介に預かりました、僕が、この学園の支配者。生徒会長、石動新志です」


 生徒会長は堂々と、そう言い放った。

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