第14革 記憶 / 新型ガジェット

「んじゃ、もう一度マリエが巡回に来る前にさっさと帰るわよ総一」

「はいはい、分かったけど、のぶねぇは一度更衣室から出ような?」


 俺がそう言うと渋々、のぶねぇは男子更衣室から出て行く。

 閉じられたドアを確認すると、俺は急いで制服へと着替えを済ませる。

 そして帰り支度を済ませるため、のぶねぇと共に講義室へと向かった。



   ∬



 講義室にたどり着き、学園指定のトートバッグタイプのスクールバッグを抱えた。

 持ち帰る荷物などは模擬戦の前に整理してある。これで準備万端帰れるってわけだ。


 さて、帰るか! と講義室を出ようとするが、のぶねぇが横から講義室に入ってきて教壇へと向かい、何かを手に取った。


「総一、忘れ物忘れ物」


 のぶねぇが俺に手渡してきたのは、新型の眼鏡型ガジェットだった。


「模擬戦のあとに一応みんなには返したのよね。総一は居なかったら渡せなかったけど」


 おぉ! 我が愛しのガジェット! やっと手元に戻ってきたのか。


「ウィルスチェックやセキュリティ上の問題がないかの調査は済んでるわ。それと……まぁ後で起動してみれば分かるわよ、たぶん総一は喜ぶんじゃないかな」


 物知り顔でのぶねぇが微笑む。


「んじゃ帰ろっか」


 のぶねぇがぎゅっと俺の右腕を脇に抱えると、その胸を押し付けてくる。


「……また副会長さんの巡回に会うかもしれないんだぞ」


 誤解を招くような行動はやめていただきたい。


「だいじょーぶよ。マニュアル通りなら彼女は今頃もっと低層にいるはずだし? 一度巡回の終わったこの階層には当分来ないって!

 ……それよりなによ、総一。久しぶりにお姉ちゃんと二人きりになれて興奮しちゃった? わたしはいつでも準備おーけーだからねっ」


 後半部分を熱の篭った声で言いながら、信子は俺の腕により一層そのたわわな胸を押し付ける。


「はいはい……」


 久々にのぶねぇの発情モードを、それも更衣室に引き続いて2回も相手にするハメになるとは……。まるで今日は俺にとっての厄日である。

 こうなったのぶねぇは昔から自分で納得するまでは絶対に離れようとしない。引き剥がすことができるのは家康爺ちゃんの容赦無い一喝のみだ。


 はぁ、やっぱりこちらに帰ってきてこの方、のぶねぇの発情モードの発生頻度が記憶にあるそれより遥かに上がっていると思う。

 まぁそりゃあ、何年も離れていた反動ということもあるのだろうが……。


 俺は離れるのは諦めて、のぶねぇの豊かな胸が接する触感を抱えたまま、織田家への帰りを急いだ。



   ∬



「――ただいま」

「たっだいまぁ」


 オーカーの中でもひとしきり俺にくっついていたのぶねぇは、とても上機嫌だ。


「あらあら、遅かったわねぇ。もう私達はお夕飯頂きましたよ。ハカセちゃんなんて『今日は疲れました』って言いながら、さっきご飯を食べてすぐに寝ちゃって」


 居間で出迎えてくれた江子婆ちゃんが、俺達の夕飯を用意しようと立ち上がる。

 そういえば総長室で別れて以降、ハカセの事をすっかり忘れていた。

 どうやら俺たちが更衣室や講義室でウダウダとやっている内に、さっさとオーカーで帰ってきていたらしい。


「ごめん婆ちゃん。ちょっと学園の総長と話をしてたら遅くなっちゃって」

「あらそうだったの? 恭一郎さんは元気だったかしら? あの子は昔から自分の体調管理に雑な部分があって心配だわ」


 心配そうな顔をしながら、婆ちゃんがご飯を持ってきれくれた。今日はどうやら豚汁がメインのようだ、芳しい信州味噌の香りが鼻孔をくすぐる。

 さきほど八枷が食べる時に温めたせいか、すぐに用意ができたみたいだ。


「婆ちゃんって、総長のこと知ってるの?」

「それはそうでしょう。恭一郎さんの事を何も知らずに、ハカセちゃんをただ預かるなんてことあるわけないじゃないの。

 恭一郎さん達がまだ学生をやっていた頃からの知り合いよ。うちに遊びに来たことだって両手で数えられないくらいあるもの! あれはもう30年近く前になるかしら……」


 どうやら婆ちゃんと総長は古くからの付き合いがあるらしい。

 総長の事を恭一郎さんと親しげにと呼びながら、婆ちゃんは寂しげに遠い目をしていた。


 そんな婆ちゃんの様子を見ていたら、脳裏に思い出したくない情景が浮かぶ――。


『――いいか総一、何が何……一……目……、出来――関……――だから……さんは――』


 ……ズキリと胸が痛んだ。


「総一?」


 のぶねぇが俺の変化に気付いたようで、心配そうに声をかけてくる。


 ――全くどうして、のぶねぇはいつも気付いて欲しくない事に気付いてしまうのか。

 きっとのぶねぇに言わせれば「当たり前じゃない!」と胸を張るのだろう……。


「……なんでもないよ。――婆ちゃん、ごちそうさま!」


 味わう間もなく、ご飯と豚汁を掻き込むようにして平らげると、足早に自室へと向かう。


「なんでもないって答えるってことは、なんでもなくないってことじゃない……」


 背中越しに、のぶねぇらしくない小さな声が聞こえた。


 自室へとたどり着くと、荷物をベッド脇に放り捨てるように置く。

 そして即座にベッドへと体を投げ打ち仰向けになった。

 それからすぐに、右腕を額の少し下にあてがう。

 右腕の隙間から頬を伝いこぼれ落ちた水滴が枕を濡らす。


「またかよ……まったく久しぶりじゃねーか、くそっ」


 一人でそう呟く。そうして小一時間ほど俺はベッドに寝転んでいた。



   ∬



 体を起こす。もう大丈夫だ。大丈夫。

 ふと、先程乱暴に置いたトートバッグから眼鏡型ガジェットが顔を見せているのが視界に入った。さっきのぶねぇから返して貰ったんだっけ。

 眼鏡型ガジェットをバッグから取り出して、主電源をオンにすると頭部に装着する。


「起動」


 そう命じるとガジェットがかすかに鳴動。

 起動画面が表示されるが、なにやら俺の知っているガジェットの起動画面とは少し違う。

 ユーザーインターフェースのデザインが変わっている。もしかして、最新型のOSが搭載されているのかもしれない。


 すぐに起動が終わったようで、俺が設定してある黒を基調としたホーム画面が表示され――、


『じゃーん! じゃーん!』


 ――突然、眼鏡型ガジェットから音声が漏れる。

 ピコンというエフェクト音で現れたのは、既に見慣れ始めた顔。

 ホーム画面には若緑色の長髪をなびかせた女の子型人工知能、AIちゃんが表示されていた。


『電源入れるの遅いですよぉ、総一さん! みなさんはもうとっくに入れてくれてたのに、総一さんが最後ですよ……!』


 AIちゃんがぷんぷんという擬音を、自らの周囲に文字エフェクトとして表示させながら俺を指差す。


 俺はというと――あんぐりと口を開いたまま呆然と停止していた。


「どどどど、どうしてAIちゃんがガジェットに!?」

『ふふふ~ん、それはですねぇ。なんと! 革命科生徒の新型端末には、今年度から私が標準インストールされることになったのですっ!!』


 ドヤァという擬音を周囲に明朝体フォントで大きく表示し、AIちゃんは片手でピースサインを決める。パンパカパ~ンというファンファーレも同時になっていた。


「そりゃ、凄いな……」


 淡白に呟いた俺だったが、内心はさっきまでの陰鬱な気分もかき消して、踊りだしたいくらいに嬉しかった。

 だってそうだろ? 入学初日にお持ち帰りしたい! なんて我ながらふざけた希望が叶っちゃったんだからさ。


「そうだ、AIちゃんには具体的にはどんな機能あるの?」


 手始めに簡単に質問を投げる。


『それはですねぇ、革命科棟やレヴォルディオンでの機能補助、コンシェルジュ要員としての機能はもちろん、なんと今のわたしには、特区内全ての場所におけるコンシェルジュ能力まで備わったのです! もちろん処理能力も従来端末に比べて一気に向上していますよ! なんでもわたしに聞いてくださいねっ!!』


 AIちゃんのドヤ演出がとどまるところを知らない。


 ふむふむ。なんでも聞いていいのか、それならば――。


「聞きたいんだけど、AIちゃんって誰が作ったの?」


『う~ん、残念ながらそれはお答えできませ……って、うぇ!? 総一さんの権限が革命科の普通の生徒達より数段上がってる!? 誰ですか、一体こんなことしたのは!』


 AIちゃんは一度驚きの表情を見せると、暫く停止。

 数秒すると、がっくしという擬音を表示させながらその場で項垂れる。


『――の、のぶねぇ……弟可愛さってやつなんでしょうか。これいいのかなぁ勝手にこんな設定しちゃって、わたしは知らないぞぉ……』


 そうしてAIちゃんが俺に――正確にはガジェットの視界正面に向かってだが、再び向き直ると、


『お答えできるようです……どうしますか総一さん』

「教えてくれるかな?」

『絶対に、他言無用でお願いしますよっ!』

「うんうん」


 すぐそう答えると、音声会話を認識したAIちゃんが仕方なしといった様子で覚悟を決める。


『わたしの作成者は……サブプログラマーが八枷声凛博士、そしてメインプログラマーは革命科2年生――刀道愛紗ですっ……!』


 AIちゃんはきつく目を瞑りながらもその台詞を吐き出した。


「……へ? 刀道先輩!?」

『はい……そうですっ。これはわたしにとってトップシークレットに該当する情報なんですよ。それはもう革命科におけるレヴォルディオンと同じように……!』


 刀道先輩がAIちゃんの作成者だって!?

 いやいや、だって先輩って言えば、その愛らしい見た目に反して刀道流剣術免許皆伝。正真正銘の体育会系のはずだ。

 その先輩がAIちゃんのメインプログラマー? 一体どういうことなのか。


『いいですか、総一さん。この事はくれぐれもマスターには知られないようにですね……』


 マスターとは刀道先輩の事なのだろうか。

 俺の考えなどお構いなしにAIちゃんが口止めをしてくる。俺はその声を聞きながら先輩の事を考えていたせいか、ハッとしてある事に気付いた。


「――AIちゃんってもしかしてさ、刀道先輩の声がベースになってる?」


 おそらくそうだと思う。革命科棟の入り口で初めて聞いたAIちゃんの声。

 それはとても可愛らしくて、強烈に記憶に残っているが、よく考えて見れば先輩の声と声質が全く同じな気がする。

 先輩の声をもっと高音にして、自由奔放な感じで可愛らしく喋らせれば正にAIちゃんの音声になるのではないか。


 そうだ、そうに違いない。

 俺が模擬戦で、刀道先輩に初めて会った時にいだいた得も言えぬ違和感。

 それは先輩の声とAIちゃんの声が同じだったからこそ生じていたのだ。

 自分で言うのもなんだが耳は良い方だと思っていたのに、気付くのがここまで遅いとは……正直言ってショックだ。


『総一さん凄いですね、よく気付きましたねぇ。その通りです! わたしの音声プログラムはマスター、刀道愛紗の声をベースとして作られているんですよっ』


 えへへん、とAIちゃんは胸を張る。

 その胸は現実の刀道先輩とは似つかず、かなり盛られている気がした。


 先輩の名誉のために言っておくが、決して先輩だって小さくはない。あれくらいが今の特区の女生徒の平均ちょい上くらいではないだろうか。


 その後、風呂で、そしてベッドの上で、俺はAIちゃんと楽しく語らって今日を終えた。

 ちょっと寝る時間が遅くなってしまったが仕方ないじゃないか。

 素直に、気兼ねなく喋れるAIちゃんとの会話がとても楽しかったのだ。

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