第11革 革命とはいつだって
総長室。
ふかふかなソファ、シックな木目調の家財で統一された落ち着きのある空間。
今そこで俺は、総長と八枷の二人に向かい合っている。
「それで、俺がここに入学できたってことはつまり……学園が――革命機構が、本当の革命を起こすつもりだっていう、俺の推測は当たっていたという事でいいんですか?」
俺の推測が、妄想が、正解だったのかどうか。
俺にとって、それはすごく重要なことだ。
その質問に、ひとしきりの沈黙を貫いた八枷と遠野恭一郎総長。
八枷がそのか細い首を右に少し向け、総長の顔色を窺う。すると総長が口を開いた。
「そうだ……。我々、革命機構ヴァランシュナイルは革命を――レヴォルディオンを武力として用いた暴力革命を、現日本政府に対して敢行する」
総長はそう述べると、何かを思い起こすように目を瞑る。
「貴方が《ドゥーイング》でわたしに送ってきた内容は、基本的にはほとんど正解と言っていいでしょう。
わたしがあのトピックを建てたのは、総一さんのおっしゃるように革命の同志を募る目的がありました。
けれど、まさか……まだ同志になり得る者が残っているとは思っていなかったのです。
先日お話したように、革命機構とは教育特区信州そのものであるというのが正しい。
それはつまり、わたしたちは特区に所属する学生たち全員の動向を把握しているということです。《ドゥーイング》のトピックは遊び半分、わたしの最後の気まぐれだったんです。
よもや、わたしたちの同志足り得るような人材が埋もれているとは、夢にも思っていなかったのですよ」
八枷は「それもこんな革命力を秘めた人が……」と強い意思を宿して見えるその眼差しを俺に向けた。
しかし、その説明に俺は違和感を覚える。
「でも、俺だってずっと特区にある学校にいたんだ。それはおかしいじゃないか」
なぜ俺だけが、彼らの網を知らず知らずのうちにすり抜けてしまっていたのか。
「貴方の動向も、私たちは間違いなく把握していました。
入学初日の検査で様々なチェックシートや思想検査に答えて貰ったと思いますが、あれが革命力を測定する指標となっているのです。
その結果と革命力との相関率は統計上、99.99999%を超えています。
総一さんは気付いていないとは思いますが、特区の学生は一定のタイミングでこれらと同じテストを行っていました。もちろん総一さん、貴方も例外ではなく。
その結果によれば、貴方の革命力は『中の上』といったところで、高くはあるがそれほど特筆すべきものではないということになります。
しかし、総一さんは検査での実地測定で、驚くべき値を叩きだした。
貴方だけが、現在見つかっている、レアケースということになります」
えーっと、99.99999%か。
つまり……1千万人に一人以下しか例外がでないってことか!
確かに、それならその指標に頼るのは当然だ。
でも、1000万人に1人の逸材を逃しているのは結構痛いんじゃないか。
今の日本の人口で言っても、6人くらいは例外が見つかることになる。
模擬戦の組み合わせから考えると、革命科は1年から3年まで合わせて64人。
それもレヴォルディオンが満足に動かせないような生徒も含めてだ。
人材は圧倒的に不足している。
指標に頼らない人材集めも必要なのではないだろうか。
「うーん、革命科って本当に人材不足に見えるんだけど。
1千万人に1人くらいで例外がいるならそれも考慮した方がいいんじゃないか」
「それは違います、総一さん。
確かに日本の現在の人口である6千万人に照らし合わせれば、そう思うでしょう。
しかし革命力には同時に年齢――25歳付近を境にどんどんと低下していくという特徴もあるのです。無論、多少の個人差はありますが……。
そして、2051年の日本における、25歳以下の人口比率は10%。
ですから、600万人の中から、わたしたち革命機構は同志を探さなければならなかったのです」
えぇ! 25歳なんて年齢制限まであるのか。革命力恐るべし。
それだと1000万人に1人なんて探している場合ではないな。
25歳までの人が完全に入れ替わるのには当然25年かかる。
そんな人材を探していては、革命の計画が何十年も後ろへとずらされて間延びしていく。
革命って瞬発力だと思うんだよな。それじゃだめだね。
うん? 待てよ、待て待て。
1000万人に1人のレアケースが俺で、日本では600万人の中からそれを見つけなければならなくて……。
つまりあれか、俺って今のところ、日本でたった1人の逸材ってこと!?
「な、なるほど……それなら納得。俺がレアケースか……」
「そうなります。わたしたちの革命を推測で当ててみせたことで、物は試しという感覚で入学を総長に願いでたのです。
その貴方が、総一さんがまさかレアケースで、しかも現時点で最高の革命力を叩き出すことになるとは、わたしは夢にも思ってもいませんでしたが……」
八枷の視線が、なにかを思い出すかのように左上へと昇る。
「それでも、信子くんだけは君がレアケースであると豪語していたのだよ」
総長がいつの間にか瞑っていた目を開けていて、そう言って笑った。
その時、俺の後方でドアがコンコンと叩かれる音がした。
「失礼」
総長は俺たち二人にそう言うと、「入りたまえ」とドアへ向けて答える。
総長室のドアが開かれ、入ってきたのは20台前半に見える聡明そうな美女だった。
肩の少し下まで伸びる亜麻色の髪が、髪留めで一纏めの
通った鼻筋にはアンダーリムのメタルフレームが乗り、彼女の知的な雰囲気を更に際立たせていた。
「総長、次のご予定のお時間です。これ以上はもう待てません」
彼女がそう言うと、総長は早すぎる時間の経過を惜しむように立ち上がる。
「済まないね総一くん、どうやら時間のようだ。なにか私に聞いておきたいこと、要望したい事などはあるかね? なんでも言ってくれたまえ」
「――それでは一つ」
俺は入学許可証が届いた時から、いや、八枷にメッセージを送った時から思っていた疑問を口にする。
「何故、どうして武力による解決なんでしょう。
暴力革命がダメだとは、俺は言いません。けれど暴力革命を敢行すれば、犠牲になる人の中には、腐敗しきった既得権益とは縁遠い人も含まれることになるはずです、それなのになぜ?」
勿論、革命機構が話し合いという手段を怠っていたとは思わない。
それでも、これは聞いておかなければならなかったのだ、俺にとってそれは……。
「天閃学園――この名は本来は『点線学園』なのだよ。我々が線を引き、日本の腐敗しきった暗部を容赦なく断ち切る。
革命を起こすのは、いつだって正論ではなく
それが全てだよ総一くん。それに我々はもう、これ以外の手立てはとうに尽くしている」
総長は言いながら、デスクにあった自身の荷物を手早く手にすると、最後には俺の目をじっと見つめる。
総長の表情には一点の迷いもなく、そしてかすかに唇の端を上げていて、まるで俺の問いに喜んでいるかのような、かつての記憶を思い返すような、そんな複雑そうな顔をしているにように見えた。
言い終えると、総長は八枷になにやら目配せをして、八枷がそれに頷く。
そして総長は、眼鏡の女性を連れ立ってどこかへと行ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます