第10革 共鳴の向こう側、創造の遥か果て
「ところで沢森さん、さっき言ってた《具現武装》って」
沢森さんが先刻話していたワードが気になっていたので、質問してみることにした。
「うん? 総一くんさっき愛紗の刀使ってたよね」
俺は肯定するように頷く。
「あれが具現武装、
ふむふむ、能力で形を変えたブレードをそう呼ぶのか。
「総一くんはすっごい当たり前みたいに使ってたけど、あれ使えるペアってそんな多くないから、つかあたし達も
沢森さんは苦い顔で腕を頭の後ろに回して溜息をつく。
『あたし達』とは沢森さんたちのペアのことだろうか。
「ほら、具現武装ならあれもそうよ。あんた達を倒したエルフィちゃんたちの」
のぶねぇがそう言って顎をしゃくるようにしたので、俺達はモニターを見た。
そこに映っているのは紺碧のレヴォルディオン。
Rev4と頭上に表示された機体だった。あれにアインとエルフィの二人が乗っているらしい。エルフィさんの碧眼と同じ色かな。
「あれも具現武装なの?」
「そうよ、総一達は見てなかったようだけど、ブレードから創りだした銃型の具現武装ね」
具現武装って剣だけじゃなかったのか。
アイン達Rev4はツイステッドブレードの面影を残しつつも、筒状に変化した銃を右脇に抱えていた。
「銃型は結構珍しいですね、剣タイプは私をはじめとしてありふれていますが」
刀道先輩がそう言うと、沢森さんがからかうような目つきになって先輩に背後から襲いかかった。
「ありふれてるって何言ってんだろこの子は全く、あんたにはまだ『あれ』があるでしょうが『あれ』が」
背後から覆いかぶさるようにした沢森さんは、『あれ』という台詞に合わせて、ジャージの上からでも分かる先輩の決して小さくない胸を2回揉みしだいた。
「ひゃっ! やめぇ、やめてよかなちゃん……!」
……っ。
「やめんか」
その光景に目を奪われていた俺が生唾をごくりと飲み込むのと間髪を容れずに、のぶねぇが沢森さんの額を横から素早くペチンと叩く。
「痛ったぁ! のぶねぇ仮にも教職者なのに生徒に対して手あげすぎ! ていうか、あたしだけなんか暴力振るわれる頻度高くない!?」
横暴だー横暴だー、と沢森さんはのぶねぇに抗議したが、それが当然であるかのように振る舞うのぶねぇに観念したのか、刀道先輩へと向き直って話を戻した。
「まぁほら、愛紗にはあれがあるんだしさ! システ――」
「――さぁ、かなちゃん、ちょっと向こうでお話しようねー」
「んー! んぅーー!!」
沢森さんが何やら言いかけたところで、刀道先輩が彼女の口を塞ぐ。
そして、ずるずると沢森さんを引き摺るようにして、俺とのぶねぇから離れていった。
すると、モニターを見ている生徒達から歓声があがった。
『決着です! 銃型武装で果敢に善戦したRev4でしたが、Rev15には敵わず! 後半戦勝者、Rev15!!』
AIちゃんの試合終了を告げる音声が地下訓練場を打つ。
アインたちは残念ながら、最終勝利者にはなれなかったようだ。
「まぁ頑張ったほうね」
のぶねぇがぽつりと呟く。
「総一、あれを倒せるとしたら――いや、なんでもない」
そう言ってのぶねぇは俺の側から離れると、シミュレーターによるデータ収集を行っていたであろう白衣の研究員たちの一団へと向かっていった。
俺は試合を終えたアイン達の姿を探す。
4番シミュレーターから顔を出したアインは、酷く悔しそうな表情をしていた。
「これで模擬戦は終了だ、今日の講義もこれで終わり。
各自思うところはあると思うが今後に活かして欲しい。先輩たちは後輩からの質問には答えてやれよー。では、解散!」
体育講師の一言が終わると、生徒たちがそれぞれのペアで反省会を始めだした。
俺も刀道先輩を探さなければならない、聞きたい事と聞き出さなければならない事があったのを思い出したのだ。
沢森さんと消えた先輩の姿を探そうと、辺りを見回し始める。
しかしそこで、後ろからジャージの裾を引っ張られる感触がして振り返った。
「お話があります総一さん」
八枷だった。
「おぉ八枷。お前さっき訓練場から出て行かなかったっけ?」
「確かに、機器類のチェックを終えた後に訓練場を退出しましたが、試合はしっかり見ていましたよ」
あそこで、と広い地下訓練場フロアの上部にある長方形の部屋を八枷は指し示す。
「へぇ、あの部屋でも見れるんだ?」
「厳密には革命科棟であればどこでも見ることは可能ですが、スタッフがシミュレーター映像を見る場合に際しては、あの部屋が主に使用されます」
淡々と八枷は述べる。
「そっか。すまん、話だったっけ。
俺もお前には聞きたいことが山程あるにはあるんだが、いまはちょっと先約があるわけだが」
刀道先輩との反省会をしなければならないだろう。
八枷の話とやらが後に回せるのであれば、先輩との反省会が終わった後にでもじっくりとすればいいのではないか。そう思った。
「――反省会ですか。
残念ながら後に回すことはできないお話ですので、こちらを優先して下さい」
周りを見た八枷が、俺の先約が反省会であることを察したのかそう言った。
反省会よりも優先すべき話、どんな事だろうか。
「分かった、先輩には悪いけど八枷の用件を優先させよう」
「では、付いてきて下さい」
ここで話をするのではないのか。
先輩を放っておく事になってしまうがしょうがないな。
八枷に連れられて訓練場を出て暫くして、目的地へと到着した。
部屋の入り口のドアを八枷が叩く。
「入りたまえ」
聞き覚えのある
「失礼します」
「ども、失礼します」
八枷と俺がそう言って入室すると、待ち構えていたのはやはり遠野恭一郎、総長だった。
総長は大きなデスクから腰を上げると、俺の前へと進み出る。
「やぁ、初めまして織田総一くん。私は遠野恭一郎、この天閃学園の総長をしている」
「初めまして、織田総一です」
よろしく、と右手を差し出されたので俺も手を差し出して、総長と二人がっちりと握手をした。そして総長に促されて、俺と八枷は部屋の右側にある来客用ソファへと腰を
「先ほどの模擬戦。私も見ていたよ、八枷くんと共にね」
「それは……お恥ずかしい所をお見せしました」
総長はふっと笑みを見せるが、すぐにそれを消すと俺の言葉を訂正した。
「ふむ、君は確かに先ほどの模擬戦では敗れてしまったが、シミュレータで得られるデータと共に見ていた我々にとっては、驚くべき結果だったのだよ」
だから決して、恥ずかしいものではない。そう総長は強調して言う。
驚くべき結果? はて、さっき沢森さんが言っていた具現武装を使えたという事だろうか。
俺が何の事か分からないと言った表情をしているのが伝わったのか、八枷が口を開いた。
「……総一さん。レヴォルディオンに搭乗中、機体と一体になるような感覚に陥りませんでしたか?」
「あぁなったけど。オーバーシンクロだったっけ、刀道先輩が何か言ってたな」
「はい、ですがあれは――」
「――あれは通常起こりえる現象ではないのだよ、総一くん」
総長が口の形だけの笑みを浮かべ、そう言った。
「シミュレータも含め、まだレヴォルディオンの稼働実績はそう長いものではないが、しかし我々は、過去に2例しかその現象を確認していない。
その内の1例は、起動実験時における暴走事故で観測されたものだ。
そしてもう1例では、シミュレータで観測こそされたものの、ほんの一瞬の出来事。
つまり――今回の君の模擬戦におけるオーバーシンクロナイズド状態は、初めて観測された、まともな稼動状態における事象ということになる」
今まで殆どない現象が起きたってことか? けど俺にとっては最初からそうだった、珍しい事なんだと言われてもしっくりこない。
それよりも具現武装の方が、沢森さんの言い分からして凄い事だと思っていた。あぁそうか! そもそも沢森さんは俺がオーバーシンクロしていたことを知らないんだ。
「しかも君はその状態のまま戦闘状態に突入して、具現武装まで使ってみせた。我々は本当に驚かされたよ」
「はは、俺はてっきり具現武装の事で驚かれたのかと思っていました」
「あぁ……君の具現武装による攻撃、あれもまた素晴らしいものだった」
総長は模擬戦を思い出すようにして、こくこくと頷いていると八枷が喋り出す。
「具現武装への変化そのものはそこまで珍しいものではありません。後半戦のペアの半分ほどが使えると思っていただいて構いません。……しかし、普通の具現武装ではあんな
八枷が「あれは一体何ですか」と尋ねてくる。
何のことだ? 具現武装でやった事といえば、居合抜きのことかな。
「あれって、居合抜きのことか?
なにって言われても、ただ刀を振った瞬間だけ刀身を伸ばして、市街地ステージを全部切っただけだけど」
俺の説明を聞いて、額に手を当ててふるふると首を振る八枷。
まるで呆れるような様子だ。
「んー? だって具現武装って、自在にアビリティでブレードを変化させた武器なんだろ。長さも重さも、自由自在じゃないか」
俺の台詞を聞いた側から、総長が堪えきれずに笑い出した。
「フフフッ。ハハハハハ、これは良い。……いや、失礼」
「……総一さんはそうおっしゃいますが、本来ブレードの長さを伸ばすにせよ、せいぜい数十メートルがいいところです。
それにそんなに動的に大きさや重さを瞬時に操れるものでもありません。
ステージ全体に一瞬だけ伸ばすなんて芸当、一体何kmあるとおもっているんですか、際限なしなんて本当に滅茶苦茶です。前代未聞の驚天動地です」
処置なしと腕を無造作に前方に広げて、やれやれといった様子を見せる八枷。
「え、いや、だって……動力は無限大だって言ってたろ、別にそれくらいできたって」
二人の反応から、俺との解釈の恐るべき乖離を感じ取り狼狽する。
「えぇ無限大ですよ、フォルツリーヴェが秘めるエネルギーは。
ですがそれを引き出す為には、尋常ではない高さのリーヴハーヴァーとメインパイロットとのシンクロ率、革命力が必要になるんですよ総一さん」
「そして君は刀道君とオーバーシンクロナイズドして、その尋常ではない高さの革命力を叩きだした」
「事前のデータでさえ、貴方は数人のリーヴァーとの間で史上最大の記録更新値を連発していたんです。そして刀道さんとのシミュレーターでは更にその上を行った」
尋常じゃない、史上最大、記録更新。二人から続々と俺の規格外っぷりを披露される。
そう言われてもまるで俺には自覚がない。ほら、だって座学は酷かったし、いきなりそう言われても、ね?
「八枷くん達から、唐突に君を入学させて欲しいと頼まれた時は、実は私は不承不承だった。
それに加えて君の姉、いや、正確には従姉だそうだね。織田信子くんまで君の入学を後押しした事で、君はこの学園へと来ることになったわけだが」
総長は「彼女たちの言う通り、正しい選択だった」と述べると、感慨深そうに薄っすらと笑みを浮かべながら、端正に整った顎を撫でる。
「八枷が頼んできたってことは、やっぱり八枷が――」
「えぇ、わたしがドゥーイングから貴方にコンタクトを取りました」
そして八枷は「わたしがDr.博士です」と正体を明かす。
やっぱりそうだったのか。
昨夜の織田家では歓迎会のさなかに尋ねられるタイミングが無く、今朝は寝坊とトラブルとで時間がなく、初日以来ずっと気になっていたのだ。
個人的にそうだろうと確信してはいたが、明確な答えが欲しかった。
そしてそれがようやく手に入ったことに俺は感動を覚える。
「ハカセというのは、愛称でね。『ドクター八枷』と呼ぶのが面倒になったスタッフが最初に考案したものだが、彼女はあまりお気に召していないようだ」
「もう諦めました。それに――今ではそこまで嫌いというわけではなく、むしろ気に入っています」
八枷が微笑んでそう言った。
もしかして、八枷が笑った顔を見るのは初めてではないだろうか。
見てくれはどう見ても幼女なのだが、話してみれば俺と同じ年齢とは思えないほど理知的で、そして今の笑顔はすごく大人びて見えた。
もし数年して今の華奢な体躯が成長すれば、八枷はとても素敵な女性になる気がして、そんな空想が、俺の脳裏を明確に一刻支配した。
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