第6革 旧首都の二人
革命力の為のデータ取りがやっと終わった。
身体測定のように身長、体重、視力検査、聴力検査といった基本的なものから始まり、IQテストやEQテストのようなもの、その他に思想検査のような好き嫌い問答のような電子ペーパーチェックシートを終えると、脳波検査、脳画像診断
これら基本的な検査が終わると、検査用スーツと称する薄手の素材に機械類のコードがぎっちりと組み込まれたスーツを装着、頭部になにやら脳波検査の時のような検査機器を取り付けられると、卵型の検査機器に押し込まれて蓋をされた。
中はなかなか座り心地の良い椅子といった感じで、目の前にはなにやらボタン類が並んでいたが、入る前に検査員に『決して、触れるな』と言われていたこともあり身を竦めていた。
もしかしたら、あれはパイロットシートなのかもしれない。
シミュレーターのようにも思えた。
検査漬けの数時間を終えると、もう外は日も暮れているだろう時刻となっていた。
データ取りを終えたものたちは、最初にレヴォルディオンを見た地下3Fの講義室へと集められていた。
俺が講義室に戻ると、もう皆が検査を終えた後のようで先ほどと同じ席に座って談笑を始めていた。どうやら俺は最後だったらしい。
俺も入り口すぐにある最後列右端のテーブル、その左側の椅子へと腰を落ちつける。
「ふぃ~」
おっさんのように声を上げると、アインが声をかけてきた。
「遅かったですね総一くん、僕たちはみんな30分ほど前には検査を終えて戻ってきていたのですよ」
なんと、俺だけがみんなを30分も待たせていたらしい。
革命機構に関する説明など、俺には端折られている部分が多いようなので、検査に関してもそうだったのかもしれない。
「それは申し訳ない事をしたな。あー、あと総一でいいよ。『くん』付けはいらない、俺もアインって呼ぶからさ、改めて友達としてよろしくな」
俺が一人だけ悪目立ちしている事に頭を抱えたくなりながらそう言うと、アインは「友達として……分かりました、こちらこそよろしく」と言うと嬉しそうな笑顔を見せる。
俺の中でアインがアインという呼称で定着しつつあったのでそう言ったのだが、アインは妙に嬉しそうだった。
俺達がそんな会話を交わしていると、アインの隣で様子を窺っていたエルフィがアインの袖を引っ張る。
「わたくしにもご紹介して頂いてもよろしいかしら?」
流れるように美しい金髪をツインテールにして従え、高校生にしては小柄な体。しかし出るところはしっかりと出ていて、気品漂うような言葉遣いに違わぬ女性らしい人だ。
真正面から見たのはこれが初めてである。
横からは既に何度も見たことのある碧眼が、こちらを見据えて恥ずかしそうに目を伏せていた。
「もちろんですよ。総一、紹介します。こちらはエルフリーデ・アイゼン。
僕の姉上です。姉上、こちらは織田総一。今しがた僕と友人になってくれたのですよ」
アインは嬉しそうに俺をエルフィ――エルフリーデに紹介した。
ん? ちょっと待ってちょっと待って。
いま姉上って言わなかったかい? 俺の聞き間違いかなー。
だってどう見ても、ほら、ね?
「えーっと、アインのお姉さん? 妹さんではなく?」
俺がきょとんとした顔でそう聞き返すと、エルフィが少し頬を膨らませるようにする。
「妹ではありませんわ! わたくしはアインの3ヶ月も前に生まれているんですもの、れっきとしたアインの姉です!」
「もちろんです姉上! 姉さんは僕の姉上ですよ。きっと総一は姉上の体が小さいからそう思っただけですよ。そうですよね、総一?」
エルフィさんがきっぱりと言い切ると、アインがフォローするように言った。
俺もなにかフォローしなければ……!
「あーもちろん! お姉さんですよね! だってほら体は小さいけど出るとこ出てるし!」
エルフィさんの態度に焦った俺は咄嗟に適当な外見を褒める。って、出るとこ出て!?
え、初対面の女の子にそれ言っちゃうの俺……。
だが、もう言葉にしてしまった……後の祭りである。
「出るとこ出……、総一さんはそういう殿方ですのね……」
エルフィさんは俺の言葉を理解したのか、顔を赤らめると一歩下がった。
ふぃ~、なんとか機嫌を直してもらえたようだが、今度はなんか別方向で不味い気がする。
ここは話題を、話題を変えなければ!
「ええっと、二人は中等部から学園にいるんだっけ、アインから聞いたよ」
「えぇそうですわ。わたくし達は3年生のときに特区へ来て天閃学園へと編入したのです」
「僕たちは中等部2年までは東京で暮らしていたのですよ」
アインがエルフィさんの説明不足分を補うように言う。
「東京……っていうと第二東京のこと?」
「いえ、そちらではなく、僕達が住んでいたのは《旧首都東京》です」
「あーそっちの方か、どうも特区にずっといる俺にとっては第二東京のほうが身近でさ」
俺が何気なくそう言うと、エルフィさんが怒ったような表情で語気を荒めて俺に語りだした。
「今では東京の復興はかなり進んでおります!
第二東京にいる人達は時折、わたしたちの住む旧首都を廃墟呼ばわりして馬鹿にするような物言いをする方がいらっしゃいますが、決してそのようなことは事実ではありませんわ!
そもそも第二東京なんて元々は山奥の――」
思わず荒ぶるエルフィさんに俺がどうしたものかと困っていると、アインが仲裁に入った。
特にまずいことを言ったつもりはないんだが、話題を変えようとしてこの有様である。
「まぁまぁ落ち着いてください、エルフィ姉さん。総一はそういう意味で言ったわけではありませんよ」
アインが荒ぶるエルフィさんを落ち着かせるように肩を抑える。
これではやはり、どちらが姉でどちらが弟なのか分からないというものだ。
しかし旧首都東京か。
西日本を初期の震源とする連鎖巨大地震による津波で、多くの地域が浸水の被害に苛まれた東京。
災害の混乱の最中に首都機能を一時放棄され、その機能の大半を第二東京に譲り渡して尚、その周辺に留まる者達は多かったらしい。
首都機能が放棄されたとはいえ、浸水被害を免れた周辺都市群では多くの人々が生活を送っていた為、旧首都東京の復興までを放棄するわけには行かなかったのである。
おそらくはそれこそが、特区が設立時から煮え湯を飲まされ続けることになっている所以だろう。
突如始まった寒冷化の影響で当初復興はかなり遅れた。
しかし今ではかなりの復旧作業が終わっていて、首都を第二東京から旧首都東京に戻すといった待望論が強固に出始めている始末である。
そして今の日本の首相、鳥山佳人総理大臣はまさに、旧首都の再首都化における急先鋒だ。
首相は第二東京にある本来の官邸を利用せず、再建した旧首都に設置させた家屋を官邸と言い張り、わざわざ国会の隙を見て訪れるなど、旧首都東京の再首都化活動を熱心に展開している事で知られる政治家だ。
本来の首都や国会を空ける行為には批判も多いが、旧首都周辺に住まう人々からはそこそこ大きな支持を寄せられている。
アインがエルフィさんを落ち着かせることに成功すると、そこにぐったりとした八枷を抱えた信子とカミール先生が入室して来た。
カミール先生は運搬に使う台車のようなものを2台伴っている。
「んじゃ、これで今日のノルマはひとまず達成だね。今から実習と共通科目の必要教材を配るのでそっちの子から大体順番に取りに来て」
「それから、こちらには皆さんが入学式前に本校舎に預けておいた荷物がありますので呼ばれた方は取りに来て下さい。AIちゃんおねがいしますね」
『まっかせてくださいっ!』
信子とカミール先生が教材を取りに来た生徒たちに渡していく。
そして台車の引き手部分の中央に設置されたディスプレイにはAIちゃんが表示されていて、AIちゃんが生徒の名前を呼ぶとそこと電子黒板の左右から音声が出力され、生徒達に預けていた荷物が渡されていった。
そう言われてみれば、入学式の前に荷物を預けたままだった。
貴重品なども含まれているのでしっかり確認しなければ。
AIちゃんに呼ばれて自分の鞄を探り当てると、それを持って席へと戻る。
といっても俺にとっての貴重品とはこれ、眼鏡型ガジェットが主であるのだが。
「織田総一くん」とカミール先生に呼ばれて教材も受け取った。
中身は電子教科書の入った電子書籍端末と付属品一式、そして電子書籍端末で使うだろうメモリーカードが1つ、後は新しい眼鏡型ガジェットだった。
何故、眼鏡型ガジェットが?
俺達が既に持っている支給されているガジェットとは形や色が異なっている。
新型だろうか?
疑問に思っていると信子が声を発した。
「新しいガジェットが入っていると思うけど、古いガジェットは明日こちらで回収することになってます。データの移行をする人はやっておいてね、これが今日の宿題かなぁ。
新しいガジェットも明日一度こちらで回収するので忘れないように。
それじゃ今日はここまで! 革命科1年生かいさーん」
信子の一声で、皆いそいそと帰り支度を始める。
俺も特にやることはない、検査で相当体力を消耗したのでとっとと帰るべきだろうが……。
「総一、僕達と一緒に帰りましょう!」
「そうですわ、寮までご一緒しましょう」
アインとエルフィさんが一緒に帰ろうと誘ってくれる。
「あーいや、おれ高等部では寮じゃないんだ、ごめんな、誘ってくれてありがと」
アインが殊更に残念そうな表情を浮かべる。
「でも校門までは一緒にいこうか、寮って学園の隣にあるやつだろ? 俺も方角は一緒だからさ」
俺がそういうとアインの表情が明るくなる。
「天閃学園寮ではありませんでしたのね。それでは仕方がありませんわね、校門までご一緒しましょう」
エルフィさんがそういうと、俺たちは荷物をまとめて講義室を後にし、エレベーターへと向かう。
「ところで総一さん、わたくし先程から気になっていたのですが、総一さんの苗字は《織田》ですわよね? それって……」
エルフィさんが俺に質問を投げかけようとしたその時、ガシッと背後から首に腕が回される。俺はよろけるようにして前のめりになった。
「そぉーいちぃー……あんたまさか、久しぶりの再開を果たした家族になーんの断りもなく、挨拶すら無く? 同級生の女の子と仲良くお家に帰ろーなんて事するわけないわよねー?」
「うぐっ信子、ギブ! ギブっギブ」
というか色々とまずい部分が当たってる、おもいっきり当たってるからやめて!
薄くなる酸素よりもそちらのほうが気になるお年ごろなんだよ。
というかアインとエルフィさんがめちゃくちゃ驚いた表情でこっち見てるだろ!
「んー? なんか今、信子とか聞こえたんだけど、誰かわたしの事呼んだかなぁー?
弟は姉のことをなんて呼ぶんだったっけー?」
「のぶねぇ……やめ、やめて」
「よろしい」
「ぷはぁっ」俺は襲撃者のヘッドロックから開放されると、おいしい空気を満遍なく肺に満たした。
「んじゃーそれで? 総一は誰と帰るんだっけ?」
花が咲いたかのような笑顔で信子が俺に問うた。
蛇に睨まれた蛙のようになった俺に、言うべき台詞は一つしか無い。
「すまんアイン、エルフィさん。俺、のぶねぇと帰るから一緒にはいけない……」
重い空気の中、俺はアインとエルフィさんの二人に謝罪の言葉を吐き出した。
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