第5革 レヴォルディオンと革命力とDr.博士

「全長17.6メートル、本機重量21.5トン、装甲材及びメインフレームは《ツイステッドメタル》、主動力炉は《AGNドライブ》、そして動力源は《フォルツリーヴェ》。えーっと携行武装はなんだっけ」

「127mm遠近両用ライフル、それに《ツイステッドブレード》ですよ織田先生」

「そうそれそれ! さっすがカミール先生」


 信子とカミール先生、両講師によって目の前の巨大ロボットの説明がなされていく。

 革命の手段へと目をギラつかせていた俺たちだったが、さすがに唖然としている者が多かった。


 目の前にあるのは紛れも無く、ロボットアニメに出てくるような全長20メートルクラスの巨大ロボットなんだから仕方がないかもしれない。

 その中にはギラついた目をより一層厳しく細める者、そして輝くような瞳で巨大ロボット、レヴォルディオンと紹介された機体を見る者もいた。


 ここから見える限りでは、全体が黒に近い濃い灰色に塗装されていた。

 頭部には目が2つ、広い額、側頭部にセンサーのようなブレードが2つ設置されて、突き出されるような角ばった顎が引かれて胴体に鎮座する。

 どう見ても人の顔を模して作られたであろう巨大な顔を持つロボットだ。


 革命科の皆がロボットに釘付けになるなか、飽くことを知らない貪欲な目を維持していた内の一人、俺の隣に座るアインが挙手し立ち上がって質問を投げかけた。


「申し訳ありませんが、僕達では理解に及ばない単語がいくらか混じっているようです。

 それらに関して聞いてもよろしいでしょうか? 厳密には装甲材のツイステッドメタル、そして動力源のフォルツリーヴェというものに関してです。

 後者はドイツ語で愛の果実、愛の結晶といった意味になることは分かるのですが……」


 ドイツ語とか知らんがな。

 え? なんか他の生徒たちが同意を示すように頷いてるんですが、もしかしてドイツ語知らないの俺だけだったり?

 うん、辛うじて分かりそうなのはAGNドライブくらいなもので、それ以外はさっぱりだった。

 無知でごめんなさい。

 ツイステッドメタルってのは英語を直訳すると、ねじれた金属――日本語では螺旋らせん金属ってとこだろうか。

 なるほど分からん。俺なんてせいぜいこの程度だ。


 「それに関してはわたしがお答えします」


 アインが質問を終えると、タイミングを見計らったかのように俺の右側にある講義室の入口が開き、現れた少女がそう言った。


「おぉー! ハカセちゃんやっときたかー。

 ちょっといま迎えに行こうかなーとか思ってたとこ。説明めんどくさいなーって思ってたから大歓迎だよ~」


 講義室に現れた少女へと信子が歓声を上げる。

 信子に呼び込まれて俺の横を通り過ぎて講義室の中央に立ったのは、かなりの小柄で小学生くらいにしか見えない少女、幼女と言っても良い小さな女の子だった。

 地面に付きそうになるほどの漆黒の黒髪。

 それを真っ赤なリボンで束ねてハーフアップにしている。

 琥珀色の瞳を潤ませている表情は実に愛らしい。

 だがそんな少女が身にまとっていたのは、彼女には似合わない白衣だった。


「まず始めにツイステッドメタルですが……これはわれわれ革命機構が研究開発により独自に生み出した、ここ以外では誰にも知られていない金属です。

 これまでの研究結果において、無機物でありながら有機物のように振る舞う特殊な性質を持ち、その形態はほぼ常にこのような螺旋構造を示すと判明しています」


 俺達よりも明らかに下の年齢に見える愛らしい少女がアインの質問に答える。

 時折、電子黒板の一部を活性化させては資料を提示までしている。

 その様子にはさすがの革命科の生徒たちも驚きを隠せない表情をしていた。


「そして次にフォルツリーヴェですが……先ほど貴方がおっしゃった事そのままです。レヴォルディオンの動力は愛の結晶、愛の果実、まさにそれということです」


 アインやその他の生徒たちがいまいち飲み込めないような表情を見せると、少女は続けた。


「フォルツリーヴェはわたしが……いえ、わたしのかあさまと父様とうさまが発見した未知の物質、エネルギーです。

 それは人間の女性の記憶や意思、そういったものから抽出、生成され、そのエネルギー量は今のところ無限大である事が分かっています」


 女性の記憶や意思を源とする未知のエネルギー。

 それを聞いた最前列の女生徒が、「はい」と声を上げ、控えめに手を上げると質問した。


「記憶や意思がエネルギー源ってことは、それがエネルギーに変換されると元になった記憶や意思はどうなっちゃうんですか?」


「女性の方々はご安心下さい。エネルギーに変換されても、意思や記憶そのものが消え去ることはありません。

 元々からして無限大が推定されるエネルギーが抽出可能だからでしょうか、源となるそれらには全くと言っていいほど変化が確認されていません」


 そう少女が言うと、控えめに手を挙げていた女生徒はほっとしたように挙げている手を下ろした。


「これでよろしいでしょうか?」


 少女が質問をしたアインを見やってそう言うとアインが応える。


「大体のところは分かりました、僕達にとっては未知の事だらけということですね。ですが今のお話で新たな疑問が生まれました」


 未知の事だらけだ、と言って少し笑顔を作ったアインが続けて少女に問う。


「動力源が女性であるということは、レヴォルディオンを動かすパイロットは女生徒と言うことでしょうか? では何故ここには我々男子生徒も集められているのでしょう?」


 その通りだ。俺もそう思った。もしかして男子生徒たちは別の目的で革命科に属することになるのだろうか、整備兵とか?

 しかしアインの問いに少女がふるふると首を振る。


「いいえ、レヴォルディオンを稼働させることはできません。レヴォルディオンを稼働させるためには、男性が搭乗する必要性があるのです」


 少女がそう言うと信子が補足する。


「ん~とね、フォルツリーヴェは確かに女の子から作られるエネルギーなんだけど、それを扱うには男が必要になってくるの。

 だからレヴォルディオンを動かすためには動力源たる女性、私たちは《リーヴハーヴァー》――略してリーヴァーって呼んでるけど、その女の子。

 それからフォルツリーヴェをバイパスしてAGNドライブへ伝える役目の男、これがメインパイロット」


 補足に割り込んできた信子が、「つまりレヴォルディオンは複座式の人型機動兵器ってわけ!」と締めくくる。

 アインが「なるほど……」と頷きながら顎に手を当てた。


「んまぁそういうわけで、女の子はリーヴァーとして、男共はメインパイロットとして二人セットでレヴォルディオンに乗り込むことになります!」


 それに横からカミール先生が付け加えた。


「動力源たる女性、そしてそのバイパス役となる男性。

 これには当然ですが男女の相性が重要になってくるのです。

 僕達はこの男女のシンクロ率を《革命力》と呼称しています。

 この説明が終わった後、みなさんにもそれぞれ男女全員との革命力を測る為のデータを取ってもらうことになります」


「カミール先生の仰る通りです!

 ちなみに革命科の上級生とも同様にマッチングが行われるんで承知しといてね。

 愛は革命、革命は愛! あぁ……革命は革命力あい無しに成し遂げることはできないのです……!」


 信子が「よよよ」と大袈裟に崩れ落ちるが、当の俺たち革命科1年生は笑えない。

 そりゃあ急にパートナー決めるぜ! 相性診断だぜ! とか言われてもなんとも言えない。

 俺たちが信子の一人芝居を見せつけられていると、話は終わったとばかりに中央にいた少女が講義室を出ていこうとする。


「ととと、忘れてた忘れてた」


 崩れ落ちていた信子が体制を立てなおすと、素早い動きで俺のすぐ隣で講義室を出ようとしていた少女をむんずと抱え上げる。

 そして電子黒板の中央へと戻ってきて言った。


「この子は八枷はちかせ声凛せりん

 わたしたち革命機構の主任研究員で、もーすっごい天才です。普段はハカセとかハカセちゃんって呼ばれてます!」


 そう信子が紹介すると、俺の中でバラバラだったパズルのピースが1つ枠にはまった。

 八枷声凛、八枷だからハカセ。ドクター八枷、ドクターハカセ。


「それと、こんなちっちゃくて可愛いけど、今ここにいる皆と同い年の15歳です!

 学校の方はだいぶ前に特区の大学部で博士過程を修了してるので、一般校舎棟にはいかないけど、実習科目はみんなと同じ天閃学園革命科1年生として受けることになります! ちょっと病弱がちで無愛想な子だけど仲良くしてあげてねー」


 信子に抱え上げられたまま人差し指でぷにぷにと頬を突かれながら、八枷声凛は嫌そうなジト目で信子の暴虐に耐えていた。


「よいしょっと。他になにか質問あるかなー? なければこのまま革命力のデータを取りにいきますよー」


 抱え上げていた八枷を下ろすと、信子はみんなに質問を取る。

 しかし誰も手を挙げることはない。

 だけど俺にはまだまだ分からない事が多い、俺はみんなが沈黙を貫くなか質問した。


「その、さっきから話題の節々にあがる革命機構ってのはなんですか?」


 俺がそう質問すると、「信じられない」「何言ってんだこいつ」という感じの表情で呆然とクラスメイト達がこちらを見た。こればかりは俺の隣に座るアイン達ダブル金髪も一緒だったようで、驚いたように目を見開いて俺を見ている。


「あぁ、総一くんにはその説明がまだでしたね……他の皆さんには既に説明は終わっているのですが……申し訳ありません」


 カミール先生が面目なさそうに俺に謝ると、先程まで抱え上げられていた八枷声凛が説明してくれた。


「革命機構とは教育特区信州そのものである、と言うのが一番正しいのですが……総一さんにはそう言われても分からないでしょう」


 そう言うと八枷は続ける。


「2034年、教育研究特区信州が旧長野県北部から中部一帯に制定されました。

 これは一部の慈善活動家が中心となり、2030年代までに起こった地球規模の大災害、そして堕落した政治による人災によって、教育に齎された甚大なダメージを補うためという名目でした」


 そうだ、中等部までの日本史の授業で習った。

 21世紀初頭に日本を襲った数度に渡る巨大地震と大津波、これらによって日本の沿岸部一帯は大打撃を被ることになる。

 これらの被害を受け、臨時政府は浸水した首都東京を一時放棄。

 長野県諏訪富士見町付近を第二東京と改名し首都とした。


 名古屋大阪京都といった、東京同様に巨大津波で浸水してしまった都市群も、第二京都、第二大阪といった具合に新しい地にて立て直しを図る。

 四国地域は、津波による大打撃で殆ど全域が封鎖。

 言い過ぎも偽りもなく、四国は《死国》であると揶揄されるようになる。


 だが、天災はそれだけで終わらなかった。

 2020年頃、温暖化しているとされていた地球は突如としてその様相を変えた。

 起こったのは20年に渡る過酷な地球寒冷化だったのである。

 この影響は世界中に及び、食糧不足による多くの餓死者を出す。

 教育特区が設立されたのはその寒冷化の最中だ。


「――そうして教育特区信州は設立されました。それも国の威信をかけて。ですが有能な者達を多く失ったままに、堕落した無能な政治家達により運営される政府に、特区は煮え湯を飲まされる日々が続きました」


 八枷はそう言うと目を伏せる。「続きは僕が……」そう言ってカミール先生が語り出す。


「端的に言えば性急な立て直しを求めるばかりに、特区に優秀な人材を集めすぎたのです。

 無能な臨時あがりの政府に苦しめられた特区の者達は、2039年、革命機構ヴァランシュナイルを設立します。そして同時に、この天閃学園が設立されたのです」

「んで創立者は我らが総長、遠野恭一郎その人! 総長は特区設立の中心となった慈善活動も行っていたって言われてるねー」


 信子が割り込んできてそう説明してくれる。


『つまり! その革命機構に所属する人材を育成していくのが、わたしたち天閃学園革命科の役目ってわけですっ♪ お分かりいただけましたか? 総一さん』


 ドヤ顔でAIちゃんが電子黒板に乱入して来て、そう音声出力して締めくくった。


「よく分かりました、説明ありがとうございました」


 俺は説明してくれた人達にお礼を述べる。

 なるほど、そういう事情があったのか。

 しかし設立からたった12年で、これほどの兵器を開発するまでに至る革命機構は本当に優秀だ。普通そんなことは無理である。


 というか知らなかったのは俺だけとかなんかすっごく恥ずかしいが、入学許可証をぽーんと放って来たのは俺じゃないし! 俺のせいじゃないもんねー。

 八枷へと視線を向けると、目元を袖で拭っていた。

 うぐ、なんか俺が悪いことしたみたいじゃないか……。

 再び信子が質問が無いか確認するが、もう質問をする生徒は誰もいなかった。


「んじゃ、革命力用のデータ取りに向かいますよー」


 俺たちは再び信子とカミール先生について移動を開始する。

 信子の腕には八枷が抱えられていた。

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