第4革 革命科

 4月のまだ肌寒い風が自動運転車の窓を叩く。


「特区では自動運転車にもしっかりと屋根が付いているから快適ですね」


 走りだしてすぐに、金髪くんが綺羅綺羅と輝く目で誰に言うでもなくそう言った。


「あぁ、《オーカー》に屋根や窓が付いていないことも多いですからね。

 日本は天候が非常に移ろいやすい土地柄ですから、特に特区のある旧長野県では屋根は必須なのですよ」


「そうでなければ冬には雪に埋もれて全く使い物になりませんからね」と金髪君の感想に初老の男性がにこやかに応え、金髪くんも思いつく節があるように「そうですね……」と頷く。


 オーカーとは自動運転車の事だ。

 何の捻りもなくオートカーの略称であるが、特区設立と同時に導入されたこれの最初の利用者のほとんどが、現地に住んでいたご老人達だったのである。

 洒落た名前を付けても覚えてもらえないといった理由で、名称にはオーカーが決まりそのまま定着したという。


 ちなみに雪以外にも特区のオーカーに屋根や窓がしっかり付いている理由はあると思う。

 旧長野県の山間部を買い取って造成された特区は、自然をそのまま残した都市設計となっている。

 それは動物や昆虫たちが身近にいるということだ。

 仮にオーカーがオープンカー仕様だった場合を考えて欲しい。

 野鳥のフンが降り、蚊柱に突っ込んで、蜂が横から追突してくるのだ。大惨事である。


 この屋根付きのオーカーは特区内の誰もが自由に、そして無償で利用できる一番ポピュラーな交通手段である。

 特区設立と全区域へのオーカーの導入。

 それらと同時に、特区内では基本的に旧来の人が操縦する自動車の通行は制限された。


「そうですね……」


 オーカーの助手席に居る初老の男性講師がバックミラーの位置を助手席用に調整しつつ、そう小さく発して続ける。


「まだ暫く到着まで時間がありますから、お二人には先に自己紹介をしておきましょう。

 僕は《備前びぜん守維流かみいる》と申します。

 織田先生と共に皆さんを担当させて戴く講師です。どうぞ備前先生と気軽にお呼びください」


「よろしくお願いしますね」そう柔和そうな笑顔を、バックミラー越しに俺達へと浮かべた。

 苗字はともかくとしてまた凄い名前だ。ハーフ……には見えないし、21世紀初頭に流行ったというキラキラネームってやつだろうか?

 彼の年齢を考えればだいたいそのくらいの年代だが。


「僕は《エインハルト・アイゼン》と申します、以後お見知り置きください」

「どうも、織田総一です。よろしく」


 俺と金髪くんも備前先生の自己紹介を皮切りにして名乗る。


「じゃあ君が……」


 そう言いながら備前先生がミラー越しに俺へと視線を向けたが、俺がふるふると首を横に振ると、察してくれたように喋るのをやめてくれた。


「えっと、エインハルト君だっけ、さっき先生と最初に行ってしまった金髪の女の子がいたと思うけど、あれはもしかして?」


 俺は自分から話題を逸らす為にエインハルト・アイゼンへと話を振った。

 自分のことは話さずに相手に話させる、どう見ても嫌なやつである。

 ふふふ、だが自らの手の内はそうそう晒すものではないのさ!


「《アイン》でいいですよ。えぇ、先ほどの彼女は僕の身内です」


 その後も俺はアインに対して質問を繰り返した。

 何人なにじんなの? から始まり、どうして日本へ来たのか、何故この学園へ入ったのか、さっきの彼女と眼の色が違うね、モテそうで羨ましいなぁ、などなど質問攻めに処した。


「れっきとした日本人ですよ、父と母が外国人なのです。

 日本へ来たのは両親の仕事の都合ですね、天閃学園には中等部で3年生から所属しています。 彼女と眼の色が違うのはいろいろと事情があるのですよ……」


 アインは特に嫌な顔もせずに答えてくれたが、眼の色が違うことは込み入った事情があるらしく詳しくは教えてくれなかった。あとモテそうって部分はオールスルーである。ちっ。


「あぁ、アインくんは中等部から学園にいるのですね。高等部は転科でしたか、それはまた珍しい」


 アインのことを珍しいと言いながらも、備前先生のバックミラー越しの視線は明らかに俺へと向かっていたが気にしない。気にしたら負けだ。


「ええ、だから僕にとってもこれからは未知の領域ですよ。総一くんも、お互い初心者のようなものですからよろしくお願いします」


 爽やかな笑顔で俺に少し向き直って右手を差し出して来た。

 拒むわけにもいかないので、俺も右手を出して応えた。


「よろしくな」


 ミラー越しで、いつも笑顔を貼り付けているような備前先生の表情が更に緩んだ気がした。


「さぁ、そろそろ到着ですよ」


 備前先生がそう俺とアインに告げると、すぐに目的地の停留所へと到着した。

 10分弱といったところだろうか、オーカーはそれほど速く走るわけではないが、結構な距離だったと思う。歩いてこようと思えばかなり時間がかかるだろう。

 俺たちはオーカーを降りて、備前先生に付いて左手にあった建物へと向かった。

 建物の入り口付近には、信子と生徒達が集まっていた。


「揃ったみたいね。あれ《カミール先生》、合流するのはもっと後になるかと思ってました」

「あぁ、いやいや、僕もそう思っていたのですが意外と早くに彼女が来てくれたので助かりました。それよりも織田先生、生徒たちを放っておいて先行するというのも考えものですよ」


 備前先生がそう注意をすると、信子は入学式会場の片付けをしていた生徒のように「はぁい」と答えて肩を竦めた。

 どうやら備前先生の方が信子よりも権限が上らしい。ところで信子は備前先生の事をカミール先生って呼んでいる。


「それと僕の事は備前先生と……」

「んじゃ皆にも紹介しようと思います。こちらは備前守維流先生です。

 わたしが主担当講師、備前先生が副担当講師ってことになります。

 そ・れ・と! わたしも含めて先生を素敵だな~とか、凄いな~とか、尊敬してるな~って思う人は親しみを込めて、カミール先生って呼んでます! みんなもそう呼んであげてね!」


 備前先生が言い終える前に信子が喋り出して備前先生を紹介し、備前先生の方へ向き直ると、してやったりという顔をして笑った。

 それを見て諦めたような笑顔で備前先生が話始めた。


「ご紹介に預かりました、備前守維流と申します。皆さんの副担当講師ということになりますので、織田先生共々どうぞよろしくお願い致します」


 柔和そうな先生だったからだろうか、ようやくまともなのが来たという歓喜からだろうか、備前先生が自己紹介すると、パチパチと少なくない拍手が辺りに広がった。


 俺とアインは既にオーカーの中で備前先生と自己紹介を終えていたが、確か自分のことを、「備前先生と呼んで下さい」と言っていたはずだ。

 だが備前先生は俺とアインに言ったように、そのフレーズを口にだすことはなかった。

 信子の様子を見るに、おそらくほとんどの生徒がカミール先生と呼んでいるのだろう。

 それにしても、信子が主担当でカミール先生が副担当だって?


「んじゃ自己紹介も済んだところで、中に入ろっか。わたしがするようにして付いてきてね」


 信子がちらりとカミール先生に目配せをすると、カミール先生は「分かりました」と頷いた。信子は建物の入口の前へ行き、右手に設置されたカメラレンズのようなものが付いている大きな装置へと顔を寄せる。


『生体認証システム作動しましたぁ。認証開始でぇ~す。認証終了♪

 信子先生、ちゃんと休めてますかー?

 疲労が感じられます。女の子に徹夜は禁物だぞ!』


 システム音声がとっても可愛らしい女の子の声で作動し、認証を終えた信子は「はい、はい」とシステム音声に返事をして入り口の自動ドアが開いた建物の中へと入っていく。

 どうやらあれが入り口と連動した認証センサーらしい、色々と突っ込みどころが満載だ。


「それでは皆さんも織田先生のようにして中へ入って下さいね」


 カミール先生がそう述べると、校門でオーカーに一番に乗り込んだ3人組が飛びつくように認証を終えて中に入っていく。それに続いて女子が何人か、そして金髪ツインテが認証を終えて建物へと入っていく。


 ちなみにここに来てからちらちらと横顔を拝見したのだが金髪ツインテは超美少女でした。うん、知ってた。だって兄貴がイケメンだもの。

 そうこうする内に、また取り残されてしまったのは俺と金髪くんとカミール先生という結果となった。

 なんだかなぁと思ってアインを見やると、「お先にどうぞ」と言ってくれたので俺が先に入ることにした。

 俺相手にすら譲ってくれるとかいちいちカッコいい奴だ。


『生体認証システム作動ですよぉ♪ 認証開始ですっ!』


 しかし凄いなこの認証システム、さきほどから聞いているがAIが声色まで自由自在だ。


『認証終了しましたぁ~織田総一さんようこそぉ!

 あれ? 織田って、のぶねぇと同じ名字ですねぇ……仲良くしてあげてくださいねっ』


 俺はAIの言葉に自重気味に薄く笑顔を作ると、無言のまま建物の中へと入った。

 うおおおお、すげーAI子ちゃんすごい! なんか俺と信子が同じ名字なことに言及してくるし! 既にこちらの情報はある程度入力済みなんだろうな。

 入学書類には写真も必要だったので送ってあるから当然だが、しっかり俺のことも認識してた。賢い! なにより声が可愛い。声が可愛いのは正義だ。ぐへへ。


 俺に続いてアイン、そしてカミール先生が建物内へと入ってくると、「んじゃ行くよ~」と宣言して信子が建物の奥へと歩き出す。

 建物内は特に変わったところがあるでもない普通の感じだ。特区の講義室と変わらない内装である。

 少し歩くとエレベータがあって、信子が昇降ボタンの『降』を押すとドアが開いた。


 入り口のドアの大きさからも大きいと思ってはいたがでかい。

 エレベーターは頑張れば100人くらい乗れるのではないか? という大きさで8畳部屋くらいの広さがあった。

 信子を先頭にカミール先生を殿として全員がエレベーターに乗り込むと、信子が、「3階へお願いね、あいちゃん」と誰に言うでもなく喋る。

 するとエレベーター入り口の反対の側面に、エレベーターガールのような制服を着込んだ、若緑色の髪を腰まで携えた少女がアニメチックなCGの等身大で表示された。

 生徒たちからは「うわっ」とか、「すごーい」「かわいい~」といった感嘆が漏れる。


『地下3Fへ参りまーす♪』


 CGの少女がそう音声を発すると、エレベーターの入り口が閉じて下へと向かい出す。


『みなさん初めまして♪ わたしは天閃学園高等部革命科、その実習棟であるこちらの管理を任されている人工知能ですっ!

 気軽にAIあいちゃんって呼んでくださいねっ』


 《AIちゃん》マジやばい。え、これ人工知能ってことはガジェットに入れて持って帰れたりしたり? お持ち帰りは可能ですよね!?


『地下3Fは天閃学園高等部革命科の一年生が使うフロアーとなってますよぉ♪ みなさんこれから1年間一緒に頑張りましょうねっ!』


 AIちゃんがそう言い終わると、エレベーターの扉が開き、信子の案内で俺たちは校舎棟にあった講義室と似たような部屋に辿り着いた。

 そこそこの長さのテーブルに席が2つ、そしてそのテーブルが横に3つ縦に4つ電子黒板を中心として緩い孤の扇状に並び講義室を形成していた。

 ここで何をやるのかは知らないが、AIちゃんの登場で俺のやる気は俄然高まっている。今ならなんだってやってやろうじゃないかって感じだ。


「んじゃー、みんな適当な位置に座ってー」


 講義室の電子黒板の前に居座った信子の合図で、生徒たちがみな思い思いの席へ座って行く。

 俺は最後列の右端のテーブルの左の席へと即座に陣取った。

 人の視線を気にするのは馬鹿らしいので、自由席ならば最後列と決めている。無論、俺の通っていた中等部では最後列は人気席だったので毎回取れるわけではないのだが。


 しかし、

 全員が全員競いあうように最前列を奪い合った。

 ある男子達はじゃんけんで最前列の占有権を巡って軽く争い合う。

 傍から見ていたのは早々に最後列へと陣取った俺、後ろで見守るようにしていたアイン、そしてアインの横に付いている金髪ツインテである。

 見事に開いている席は俺の右隣を含む最後列のみとなって、アインは俺の方を見ると笑顔で俺の左側の最後列中央テーブルの右席へと落ち着いた。

 そしてそれを見た金髪ツインテールはアインの横の席へと座る。


「おしおし、やっぱ皆やる気があっていいねぇ。革命科に来るようなのは違うわー」


 信子が満足そうに「うんうん」と頷く。


「んじゃ、革命科の説明をしまーす。みんな既にご承知の通り、皆にはこの日本を革命するために実習を行って頂きます」


 いやいやちょっと待って初耳だよ? だって俺はいきなり来た入学許可証にそのまま流されてきたようなものだからね? 一から説明求む、プリーズ! エクスプレイン!

 心のなかで戯けて見せるが、それはそれこれはこれ。

 きっといま俺の目はギラギラとしている。


 席取りではクラスメイトたちに意識の差を見せつけられた感があるが、この点は同じだった。

 周りを見渡すと、どいつもこいつもギラついた目で信子を見ている。

 それは俺の隣のテーブルに居る二人も一緒だ。


「質問があります!」

「はい、どうぞ。《エルフィ》ちゃん」


 手を挙げて質問をしようとしているのは、信子にエルフィと呼ばれた少女、アインの隣に座る金髪ツインテールだった。


「ありがとうございます織田先生。その前に……《エルフリーデ・アイゼン》と申します、どうぞ皆様お見知り置きを」


 アインが俺とカミール先生にしたのと同じように、エルフィ――エルフリーデが名乗った。

 改めて見ても透き通って美しい碧眼だ。今なら顔に注目しても文句はあるまい。


「それで質問ですが……革命科の主旨、目的は事前の説明で存じています。ですけれど目的を達成するための手段が分かりませんわ」


 エルフィの意見に同感だったようで、何人もの生徒たちが同意するように首を縦に振る。

 俺も全くの同感である、というかエルフィのいうところの主旨すら分からないし、事前の説明なんて受けてない。


「ん~その質問に答える為には、まずはみんなに最後の確認をしなきゃダメかなぁ」


 信子がエルフィの質問に答えを濁すと、カミール先生が喋り出した。


「皆さん、ここから先はもう後戻りはできません。もしめると言うのならばこれが最後という事です。そうであれば僕が建物の外までお送り致しましょう。……止めるという方は手を挙げてください」


 そう言ったカミール先生には、先刻までの貼り付けているような笑顔はなかった。

 だが、誰ひとりとして手を挙げる者はいなかった。

 こんなとこで逃げ出す奴はいないさ、そりゃ目を見りゃ分かる。

 こいつら全員俺と同じような目をしていやがる、こんな目をした奴に俺はいままで特区で出会ったことはなかった。

 俺だけが異端だと思っていた。

 けどここに、こんなにもたくさんの、俺と同じ目をした奴等が居る。


「おーけー、みんなの意思は分かりました。それではエルフィちゃんの質問に答えましょう。AIちゃん、講義室前面の遮蔽解除」


『了解ですっ信子先生!』


 そうAIちゃんの声が中央にある電子黒板の左右から出力されると、黒だけが表示されていた電子黒板のディスプレイが透明度を増した。

 そしてそこに新たな視界が開ける。


「これがその答え。わたしたち革命機構が建造した兵器、《レヴォルディオン》よ」


 俺達の目の前にあったのは巨大な顔。

 巨大ロボットの顔から肩にかけてが視界に広がっていた。

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