第3革 天閃学園

「天閃学園、総長式辞」


 司会者の女性徒のアナウンスが流れる。

 壇上に登っていく男性。年は……30中盤ってとこか? 天鵞絨びろうど色のモーニングコートを着込んだ男性で、佇まいは悠然としていて気品が感じられる。

 俺でさえそう思うってことは、本当に格式高い雰囲気を醸し出しているってことだ。


「たった今、君たちはこの天閃学園てんせんがくえんの学生となった……」


 ……うわ、すっごいイケメンボイス。響きの深いバリトンが体育館中に反響してうわんうわんといっている気がする。先ほどから司会を務めている女生徒も落ち着いた印象の愛らしい声だと思っていたが、総長と紹介された男性の声はそれ以上に本職の声優地味た声だった。

 俺の中で完全に素敵おじさまとしての総長の印象が確立される。

 こんな響きのあるイイ声で喋られれば誰だってそうなる、男の俺だってそうなる。

 勘違いされては困るが、俺は普通に女性が好きだからな。


「天賦の才と類稀たぐいまれなる閃き、それらを持つ者達が多く集うこの天閃学園に君たちは足を踏み入れた。

 ここに来るまでには天から与えられたものだけでは到底足り得ない。多くの者が血の滲むような努力を繰り返し、我が天閃学園への入学を果たしたのだろう……。

 だがこれで終わりではない!

 君たちは未だ道半ばにいる。この日本を、いては世界すら変革し、良き方向に導く。それこそが君たちが成すべき事である。

 ご来賓の皆様方は、お忙しい中でのご出席を賜り感謝致します。

 ですが、いまここに新たに我が学園に加わる者達と出会えたことは、皆様方にとっても類稀なる機会となることをわたしがお約束致しましょう。

 また保護者の皆様方、彼らをここまで導いてくれたことに感謝を、そして心からのお祝いを申し上げます」


 ひたすらに学園を褒め称えた内容だが、実のところ全く大袈裟ではない。

 天閃学園――それは《教育特区信州》、その高等部における最高学府である。

 特区外にも以前から続く伝統校が一部残ってはいるが、基本的に大学以上になる。例えば、《第二東京》にある《東王大学》、《第二京都》にある《京王大学》などがそれだ。これら2校は数百年も続く伝統ある特区外の最高学府で、西の京王大きょうおうだいと東の東王大とうおうだいといえば、30歳以上の者ならば誰もが知る有名大学である。


 そしてそれ以下の年代にとっては教育特区信州の教育機関のほうが馴染み深く、この天閃学園が最も有名な学校なのだ。

 もちろん特区内には大学もあるものの、やはり一番の権威ある学校としては天閃学園が挙げられる。卒業生のほとんどが優秀な研究者、新進気鋭の政治家、そして敏腕若手経営者として名を馳せている。


「――最後に、2051年度新入生諸君、入学おめでとう! 我々は君たちを歓迎する!!」


 2051年4月3日、天閃学園総長、遠野とおの恭一郎きょういちろう

 そう結んで総長は式辞が書かれていたであろう紙を丁寧に丸めて胸の内側へ収め、壇上を去っていく。

 やっぱりあれが遠野恭一郎さんか。


 つい先日、入学許可証に総長として名前が書いてあったのに5日後に変わっているとは思わないが、小学部や中学部では学園長が入学式のその日に就任したばかりの人であることも多かったのだ。

 だからこの人が俺の入学許可証にかかれていた名前と同一人物なのかどうかが、はっきりとは分からなかった。もちろんガジェットを使ってネットで調べはした。

 錚々そうそうたる遠野恭一郎氏の功績がずらずらと並び立てられていたが、しかし遠野恭一郎氏の姿を写した写真、画像ファイルの類が一つとしてネット上には転がっていなかったのである。

 故に俺が遠野恭一郎氏の姿を見たのはこれが初めてだ。

 彼がDr.博士なのだろうか?


「総長、ありがとうございました」


 壇上から総長、遠野恭一郎氏が降りたところで司会の女生徒がそう言って続ける。


「本校に校歌はありませんので、わたくしのこのご挨拶を以って閉会の挨拶と変えさせて頂きます。ご来賓の皆様、そして保護者の皆様方、本日はご来場ありがとうございました。これにて、天閃学園2051年度、入学式を閉会させて頂きます」


 保護者や来賓が総長に誘われて体育館を出て行く。

 俺は決して短くはない入学式を終えた事で、少し肩の荷が下りた気分だった。なにせ入学式の5日前の朝にこの学園への入学が決まったのである。


 中学の進路担当に進学先が変わったことを連絡すると、既に根回しは天閃学園側からされていたようで、すぐに中学へと呼び出され、『一体何があった!?』と物凄い剣幕で迫られる事になった。

 適当にお茶を濁して、まだいろいろと準備があるので……と言って抜け出すことに成功。


 そして中学の寮から本来通うはずだった高校の寮へ送ってしまった荷物を送り返す算段、天閃学園の制服を急遽あつらえる為に特区内の制服専門店へ行って採寸、そして入学許可証と一緒に添えられていた必要書類の記入をし、祖父と祖母へ保護者欄への電子署名を頼むメールを送るなどなど、てんてこ舞いの5日間だったのだ。


「新入生の皆さんは講師の先生方の誘導に従って、各講義室へと移動をお願いします」


 保護者や来賓の人達が退場を終えるのを確認した司会の女生徒がそう言うと、マイクの電源が切られてブツっという音が体育館に響いた。


「はーい、では移動をします。ここからここまでの生徒はわたしたちの誘導で向かいますよ~」


「ここまでの人達は僕と彼女の後に続いてくださいね。あぁそこの貴方、急がなくてもいいですよ、足元にお気をつけて下さい」


「おーし、この区画にいる奴等は俺とこいつについてこい。遅れるんじゃねーぞ」

「誰がこいつだ、生徒の前でその呼び方はやめろ」


 複数の講師に先導され、後列側から順々に生徒たちが体育館を去っていく。

 それにしてもこの学校の講師たちは若い人がほとんどだ。

 だいたいが20代前半から30代前半、平均して20代後半といったところではなかろうか、一人だけ50歳以上に見える物腰の柔らかそうな初老の男性がいたくらいで、その殆どが若者と言っていい人達だ。


 こんなに若い人ばかりということは、この学園の講師はほぼ特区で教育を受けた人ということになる。

 天閃学園らしいと言えば聞こえはいいが、若すぎる気がするのは俺だけだろうか。


「あーあーマイクテスト~マイクテスト~。のぶねぇこっちのもまだ使えるっぽいよ」


 司会をしていたのとは違う女生徒の声が急に体育館中に轟いた。

 新入生たちが続々と体育館を去っていく中、先程から数人の生徒が入学式会場の片付けを始めていたようだがその一人のようだ。

 どうやら入学式で使ったマイクとは違うマイクのテストをしたみたいだ。

 気付けば、周りにはもう新入生はあまり残っておらず、残されているのは俺を含め二十数人だけだった。


 ん? えぇ! なんか金髪の子が二人もいるんですが! お母さんは貴方たちをそんな風に育てた覚えはございませんよ! 入学式に髪を金色に染めてくるだなんて、まぁ! はしたない! いやお母さんじゃないけどね。

 壇上ばかりをチェックして、あまり周りを良く見ていなかったので気づかなかった。こんな金髪の生徒が二人もいたのか。

 しかし茶髪なら分かるけど金髪は不味いんじゃないですかね奥さん。

 あーでも――。


 ごつん。

 

 そんなことを考えていると軽い打撃音と、「あっ痛~」という女生徒の呻き声が聞こえた。

 マイクテストをしていた女生徒がいた方を見ると、女性講師にマイクで頭を小突かれている。


「あ……」


 俺はそう咄嗟に声を漏らし、目を見張った。


「先生と呼べと言ったろうが」


「ちょうど良いからちょっと貸しな」と発すると、小突いたマイクで講師は喋り始めた


「あー、どうもー《織田信子》です。今残ってるみんなの担当講師ってことになるんでよろしく」


 やはり、そうだった。

 俺は大きく見開いたままだった目を意図的に何度かぱちぱちさせ、大きく息を吐くとようやく平静を取り戻した。

 いま自己紹介をした女性講師、あれはたぶん、いや間違いなく……。


「んじゃ、移動しようか。

 えーっとじゃあ、そこの端にいる金髪ツインテの子。……わぉ碧眼へきがんじゃん。

 とと、あなたを先頭にしてきっちり並んでついてきて下さい。沢森は片付けが終わったら、あとでわたしのとこに報告ね」


 金髪ツインテの女生徒を先頭に残された生徒達が席を立ち、先ほど小突かれていた女生徒の事だろう、沢森と呼ばれた女生徒が、「はぁい」と返事をして項垂れた。




 信子と金髪のツインテを先頭に体育館を後にした俺達は、ある講義室に行き着いた。


「ここがみんなが普段使うことになる講義室になります。

 共通科目の授業はだいたいここでやるかな。3階にあるからちょっとばかり良い運動になるけど、学年が上がる度に2階、1階と段々と下に降りてく感じになるんで暫くは我慢だね。

 あーまだ座んないでね、んじゃ次行きます」


 信子は俺を含め、椅子に座りだしそうになっていた男子生徒にそう注意すると、そそくさと講義室を後にする。

 教室に辿り着いてそこに落ち着く、と思っていたのだが別の場所に移動するらしい。

 移動中には他の新入生たちがいる講義室もあって、そこで着席しなにやら説明を受けていたようだったので俺たちもそうなるのかと思っていた。


 3階の講義室を後にして1階まで降りる。俺達の講義室のあった校舎棟を離れると、そこから学園の校門へ、信子は警備のおっちゃんと兄ちゃんに「どうもでーす」と挨拶をすると学園の外へと出た。


 へ? 学園の外に出るのか。

 校門を出ると、そこには停留所があった。

 信子は停留所の前に立つと、地図のようになっているその停留所の一部分にタッチし、俺達の方へと振り返って「ひーふーみー」と人数を数えると、もう一度停留所にタッチして5台と入力して決定する。

 1分ほどすると、自動運転車が2台到着した。

 

「んじゃ行き先は設定してあるので、5人ずつ乗ってきてね!」


 そう言うと、最初に来た車へとツインテ他3名の女生徒ばかりを押し込み、自分も運転席――停車と発車の指示を行うタッチパネルがついている、それへと乗り込んで行ってしまった。


 離れていく自動運転車を残された生徒達が若干困惑するような表情で見送るが、当の信子本人はまるでそんなことは意に介していないようだった。


 信子たちが乗った自動運転車を見送ると、残った1台へ我先にと席につく者が3人。なにかを諦めたような顔で一緒に乗り込む女生徒が2人、5人が揃ったことで、2台めの自動運転車も信子が設定した目的地へと出発していく。

 おいおい信子先生や、普通は教師ってのは最後まで見守って、自分は最後に乗り込んでいくものじゃないかね。


「遅くなりました。申し訳ありません」


そんな事を考えていると、一人の男性が門から小走りで出てきて、残った十数人である俺たちに声をかけてきた。

 入学式に唯一いた、初老といっていい年格好に見える男性である。


「いやいや、担任講師の方が一人遅れているクラスがありまして、初めてクラスを受け持つ女性講師一人に任せるのも忍びなく、私が暫く付いていたのです」


 急いで来たのだろう、上着のポケットから取り出したハンカチで汗を拭いながらそう述べて、初老の男性講師は俺達の一団を見回す。そして気がついたように、「あれ? 織田先生と……あと何人か足りないように思いますが」と俺達に疑問を投げかける。


 誰か説明しろよ、という雰囲気が残された生徒たちの中で駆け巡る。そのとき信子が停留所で呼んでいた残りの3台の自動運転車が続けざまに到着した。

 それでも暫く誰も何も言わず、観念して俺が言うしかないよな……と心を決めたその時、一人の男子生徒が男性講師に口を開いた。


「織田先生は自動運転車で先にいかれました。僕達にも5人ずつ乗って来いと言付けをされていったのです」


 生徒たちの大半をすっぽかして、先に行ってしまった講師をどう形容したものか。

 誰も男性講師の質問に答えたがらないなかで口を開いたのは、先刻、体育館で見た二人の金髪の内、もう片方の男子生徒だった。眼の色は明るい茶色で光の差し込み加減によっては金色にも見える。


 さっきの金髪ツインテールとは血が繋がっているのだろうか? んーでもさっきの子は碧眼だと、すっぽかし講師が言っていたっけ。俺はまだ正面向かって金髪ツインテの顔を見ていないのではっきりとしない。

 ただこっちの金髪男子はすっごいイケメンである。

 同じ男としては細部にまで態々言及したくない。

 くそうハーフか、ハーフなのか。


「はぁ、そうですか。それでは私達も早く追いかけなければなりませんね」


 金髪くんから事情を聞いて察しが付いたのか、男性講師はやれやれといった表情を隠しきれずにそう言うと、順々に生徒たちを男女のバランス良く配して自動運転車に乗せていく。

 女生徒ばかりを連れ去った誰かとは大違いである。

 そうして2台の自動運転車が女子強奪犯を追っていき、残されたのは俺と金髪くんと男性講師という事になった。


 5人ずつ乗ってこいっていったじゃないですか、やだー! くっそぉぉおお許さんぞ! 絶対に! 絶対にだ!!

 男性講師に非はない、悪いのはヤツである。

 女子との接点を減らしてくれた強奪犯に心のなかで恨み言を述べた。


「男ばかり残ってしまいましたが仕方ありませんね。さて僕達も参りましょう」


 男性講師に促され、俺と金髪くんが残った1台の自動運転車の後部座席に乗り込むと、最後に初老の男性講師が助手席に乗り込み、運転席にあるタッチパネルをよいしょと押した。

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