七
外の風鈴が夜の中で怪しく響き、それは悲しくも二人の心にも届いた。
「なんでなんか、教えてくれへんのか」
「いいだろ、どうでも。帰れ、帰れったら」
ぼくは厨に行きって少しへこんだ薬缶に水を注ぎ、火にかけた。
「どうしてなんや、何でや。わいが・・・・・・そないに嫌いか」
愚図るようにして居座り続け、悲しくてか泪を浮かべている。ここから動こうという気はないようだ。
薬缶の笛がけたたましく鳴り響き、慌てて火を切った。予め用意しておいた茶器の中にたっぷりの茶葉を匙で入れて、湯を注ぐ。
「あぁ、嫌いだね。何度でも言ってやる・・・・・・大嫌い大嫌い大嫌い、大嫌いだ」
蓋を開け、茶葉が開いたのを確認すると、カップに湯を注ぎ入れて、その湯を薬缶に返す。温まったのを確認したら、お茶を淹れる。ぼくの好みで温めた牛乳を入れたカップにお茶を淹れた。
「自分、名前。なんて言うんか教えてぇな」
お茶の薫りが広がる。漂う薫りに落ち着かされている。
「自分から名乗ったら。それよりも帰れよ」
「じゃあ、名乗ったら答えてくれるんか」
人が来て喜んでいる犬のように、来訪者の目が光る。
「・・・・・・教えないことも、ない」
来訪者の名前が気にならない訳では無かった。本人はにっこり顔をこちらに向けて、嬉しそうな表情をしている。
「名前やあらへんけど、〈
言い終わると、ぼくの目を見て訴えている。ねだるように見つめられ、どうしようも無いので答える。
「・・・・・・〈
その刹那、この名前を聞いて驚きを隠せないようだった。それは仕方のないことだ。
「自分……ほんまに、神狩なんか」
開いた口が塞がらないといったようで、ぼくの方を見ている。
「そうだ、神狩だ。・・・・・・何度も言ってるだろ、帰れよ」
「そう言わなあかんて、誰か言ったんか」
怒気を込もった声で水生はぼくの方へと歩み寄り、肩を掴んで引き寄せた。
「わいは離れん。・・・・・・絶対・・・・・・離れんよ」
抱きしめる腕が確かなものであるのを感じながらも、それでも、水生の背中に腕を回せない。
「本当に、本当に・・・・・・帰って・・・…よ」
泪が止めどなく流れ出す。ぼくにはまだ、秘密がある。
淹れたお茶が冷めてゆき、薫りは薄くなっていく。外の温度が風に運ばれ、家の中へ流れてゆく。
天はまだ、暗いままだ。
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