葉桜が一迅の風に煽られ、その青々とした葉を落とした。


 天上高くには、夜を切り抜いたような白い光の塊が燦々とかまえている。

 ぼくは夢を見ているのだろう。目の前の人は、自らのことを神だと言った。

「嘘・・・・・・だ」

 ぼくは来訪者の顔を、目を見据えた。畳の上で握った手が汗ばみ、躰は冷たい汗で覆われてゆく。鼓動はだんだん早くなる。

「嘘やあらへん」

 強い目でこちらを見ている。

「わいは、神や」

 木々がうねりを上げ、音を立てる。

「んでもって、土地神統一委員会のもんや知らんかもしれんけど、ここにおった前任の神様が失踪してもうたんや。で、わいが後釜で来てん」

 流暢(りゅうちょう)な言葉に気圧されて、動けない。

「後釜言うても神社の境内におるだけやけど」

 照れくさそうに話す来訪者は、朗らかに笑いながら語る。

「自分ずっとあっこ来てたやろ、何やおもろいんか思て・・・・・・座っとったら自分来るし、気まずぅなって黙もてもうて。おまけに神様やのに熱射病やなんて恰好悪・・・・・・」

「帰れ」

 ぼくの一言で、薄く笑いを浮かべた来訪者の顔が引きつった。

「もう、その面見たくもない。帰れよ、二度と来るな」

 来訪者は目に見えて顔色を失った。何かを言い掛けたが、ぼくはその猶予を与えなかった。

「ぼくは、神なんて信じない」

 震える声で畳み掛けるように追い討ちをかけた。

「神なんて、大嫌いだ」

 蚊取り線香が燃え尽き、月は雲に覆われた。

 ぼくは立ち上がり、蚊帳を出て行灯に火を灯した。家の中はぼんやりと明るくなり、橙の灯りに包まれた。そして、目で訴える。〈早く帰れ〉と、

「帰るんも信じひんのもえぇけど、二度と会われへんのは嫌や。・・・・・・絶対に」

 座ったまま、来訪者はぼくを振り仰ぎ、訴えかける。

「そんなの、口で言わなくてもいいくらいの強制力があるくせに」

 来訪者の顔が見られない。顔を背け、しかめる。どうしても胸が痛くて仕方ない。

「そんなもんあるかいな、わいには拘束する力も強制する力もあらへん。あるんは水を使えるんと、浄化する力がちぃとあることだけや」

 頭を垂れ、来訪者は力なく答えた。


 ぼくは、ぼくには秘密がある。それは知られたくない。知られたら、きっと会いたいだなんて思わないはずだ。でも、言えない。言いたくない。ぼくはこの気持ちの名前を知らない。

 行灯の明かりが風でゆらり、揺れる。茫々と、音も無く。

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