六
葉桜が一迅の風に煽られ、その青々とした葉を落とした。
天上高くには、夜を切り抜いたような白い光の塊が燦々とかまえている。
ぼくは夢を見ているのだろう。目の前の人は、自らのことを神だと言った。
「嘘・・・・・・だ」
ぼくは来訪者の顔を、目を見据えた。畳の上で握った手が汗ばみ、躰は冷たい汗で覆われてゆく。鼓動はだんだん早くなる。
「嘘やあらへん」
強い目でこちらを見ている。
「わいは、神や」
木々がうねりを上げ、音を立てる。
「んでもって、土地神統一委員会のもんや知らんかもしれんけど、ここにおった前任の神様が失踪してもうたんや。で、わいが後釜で来てん」
流暢(りゅうちょう)な言葉に気圧されて、動けない。
「後釜言うても神社の境内におるだけやけど」
照れくさそうに話す来訪者は、朗らかに笑いながら語る。
「自分ずっとあっこ来てたやろ、何やおもろいんか思て・・・・・・座っとったら自分来るし、気まずぅなって黙もてもうて。おまけに神様やのに熱射病やなんて恰好悪・・・・・・」
「帰れ」
ぼくの一言で、薄く笑いを浮かべた来訪者の顔が引きつった。
「もう、その面見たくもない。帰れよ、二度と来るな」
来訪者は目に見えて顔色を失った。何かを言い掛けたが、ぼくはその猶予を与えなかった。
「ぼくは、神なんて信じない」
震える声で畳み掛けるように追い討ちをかけた。
「神なんて、大嫌いだ」
蚊取り線香が燃え尽き、月は雲に覆われた。
ぼくは立ち上がり、蚊帳を出て行灯に火を灯した。家の中はぼんやりと明るくなり、橙の灯りに包まれた。そして、目で訴える。〈早く帰れ〉と、
「帰るんも信じひんのもえぇけど、二度と会われへんのは嫌や。・・・・・・絶対に」
座ったまま、来訪者はぼくを振り仰ぎ、訴えかける。
「そんなの、口で言わなくてもいいくらいの強制力があるくせに」
来訪者の顔が見られない。顔を背け、しかめる。どうしても胸が痛くて仕方ない。
「そんなもんあるかいな、わいには拘束する力も強制する力もあらへん。あるんは水を使えるんと、浄化する力がちぃとあることだけや」
頭を垂れ、来訪者は力なく答えた。
ぼくは、ぼくには秘密がある。それは知られたくない。知られたら、きっと会いたいだなんて思わないはずだ。でも、言えない。言いたくない。ぼくはこの気持ちの名前を知らない。
行灯の明かりが風でゆらり、揺れる。茫々と、音も無く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます