夕(ゆう)星(づつ)の見え始めた天(そら)は、群青と紫と黄が混ざり合った色をなしている。雲は急ぎ足で蛍光ピンクの衣装を纏い、木々の端に消えていった。


 家の中は暗く、外の空気がどんどんと冷えてきた。頬に触れる風が切なく心を冷やしてゆく。

 早めに蚊帳を張り、来訪者を起こさないように中に入れると、布団を引っ張り出した。

「一体何者なんだ」

 茣蓙(ござ)を下に敷き、夏掛けを掛けた。規則的な寝息と共に、にこやかな寝顔を浮かべていた。顔を覗き込むと、睫毛が頬の上に落ちていた。顔を近づけ、睫毛を払い除けた。立ち上がり、厨(くりや)へと向かおうとした。しかし、それはかなわなかった。

「・・・・・・な」

 小さく声を上げ、ぼくは来訪者の方へ倒れ込んだ。来訪者がぼくの腕を掴み、引っ張ってきたのだ。

「ふふ、ちゅう……してくれるんと違うん」

 甘くはない、透き通った声で尋ねてきた。顔が熱い。言葉を発したくても声にならない。口を動かすだけで、音が出ない。

「何、誘っとるん」

 否定も肯定も出来ず、躰は震えるばかり。気が付けば来訪者がぼくの上にまたがるように覆い被さっている。身動きが取れない。

「なぁ、自分無自覚か。その可愛さ」

 ぼくの長い前髪を優しく払い除け、来訪者は目許と口許を弛ませた。輝く二つの目が、揺らめき、ぼくを捉えて離さない。ゆらゆら不安定な鼓動が高鳴る。白く冷たい指先が頬を捉え、その整った顔が近づいてきた。

 外からは虫の鳴く音と、たまに聞こえる獣の遠吠えが微かに聞こえる。

 来訪者の髪がぼくの顔にかかる。その背後には不気味なほど綺麗に浮かび上がった、不鮮明な月が見えた。

周りはもう、紺青の世界が広がっていた。

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