三
家の軒先には以前買った風鈴が静かに音を鳴らし、自分の存在を忘れるなと云わんばかりに躍っていた。
天の雲が流れる速さを変えながら移動している。陽の光は昼の絶頂期を過ぎ、暖かな空気を広げている。
びしょびしょのぼくと来訪者は着ていた服を脱ぎ捨て、陽向の縁側へと移動した。一度寝間に行き、服を持ってきた。上背が同じくらいなので、ぼくの服を引っ張り出して渡した。
「ありがとぉさん。……えぇんか、借りてもぉても」
陽の光で反射する来訪者の素肌に動揺を隠せずにいた。顔を背けると、ぼくの心の内を探り当てたと言わんばかりの不敵な笑みを零している。
「はーん、自分恥ずかしいんかいな」
多分図星だ。何だか顔が熱くなっている気がして、急いで手で覆い隠そうとするも、来訪者は容赦なく遠慮なく、ぼくの手首を強く掴んで顔をさらけ出させていた。
「大丈夫や大丈夫。少し腫れとるくらいやし、何ともない。可愛えぇ顔なんやし、笑いぃ」
恥ずかしくて目を見ることが出来ない。目の前の来訪者の声は心地よく響き、家の柱や天井と共鳴している。最後の可愛いは聞き捨てならなかったものの、この声をもっと聴いていたくて黙った。手首を掴んだ手は、冷たい水に手を入れた感覚に酷似していた。
「何や、次は自分が黙(だんま)りかいな。・・・・・・何かしたかいな、自分に」
少し困ったように、頭を左右に動かしてから、何を思ったのかぼくを懐へと誘った。目を瞑れば、先刻の溜まり池のことを思い出す。
「大丈夫やよ。何も怖いことあらへんから・・・・・・なぁ」
肩をゆったりと叩き、時計のように規則的なリズムで繰り返す。波が押し寄せては引いていくように、静かに。
こうしてもらうと、怖いことなんてない気になる。今までこんなことをされたことが無かったから、新たな感動を覚えた。
どの位の時間が過ぎたのだろうか。ぼくが心地よくうっとりとしていると、鳥の羽ばたく音で目を覚ました。
もう夕方がそこまで迫って来ていた。
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